十九回目のハッピーバースデー!
今日で十九回目の誕生日を迎える僕──、劈要は、〇〇大学の一回生だ。
単に生まれた日というだけでも特別な日付であることに疑いはないが、入学以来初の誕生日という意味でも、結構な特別感はあった。
恋人たちが何でもない日付をバカみたいにナントカ記念日に制定するのを、蛇蝎の如く嫌う僕ではあるのだが、しかし当事者になった途端、似たようなことを言い出しかねないと、大学で初めての誕生日に浮かれている僕なんかは思った。
ともあれ、めでたい日ではある。
十九回目であろうと何回目であろうと、誕生日が得難い物であることに変わりはない。
変わりはないし、代わりはない──当人の思いに拘らず、十九回目の誕生日を迎えられるのは今年だけなのだから、存分に祝われてやろうではないか。
「おまえの誕生日プレゼント、楽しみにしてるぜ!」
「? あなた誰」
おっとそうだった。
僕には誕生日を祝ってくれる友人など、いないんだった。
※
物語は登場人物が一人では成り立たない。
対話がなければ変化は生まれないし、変化がなければドラマは起こらない。
つまり僕の人生において、物語が生まれる可能性というのは、全くのゼロといって差し支えはなかった──そのはずだったのだが、
「アンタなの? 赤の他人に誕生日プレゼントを要求してまわり、そのあげく対象のほとんどが、女子に限定されていたという不審者は」
と、いきなり見知らぬ女子が話しかけてきた。
失礼なやつだ。
好みの男子にプレゼントの請求を忘れる僕ではないぞ。
……なんて、冗談はともかく。
「なんの用だい? この僕に話しかけたということは、地道なプレゼント請求という名の種まきが、ついに結実したと見ていいんだろうけれど」
「見るな、失明しろ。お前の未来は今後百年暗闇に覆われている」
「エコーロケーションはすでに獲得済みだ」
「視力を失う展開を読んでたの!? 未来予知も備えているじゃない!」
とんだ能力者だった。
未来予知で視力を失う展開を避けない点含め。
「で、結局何の用なんだ? 話が逸れてしまったじゃないか」
「九割九分九厘アンタのせいだという点に目を瞑れば頭を下げるに値する事態だわ」
「謝ッ、罪ァ〜い! 謝ッ、罪ァ〜い!」
「ごめんなさい。申し訳ありませんでした。次からは貴方が喋る前に絞め殺します」
初対面の女子に縊り殺す予告を受けてしまった。
こんなだから僕は友達ができないのだ。
「……話を本筋に戻すけれど。用っていうのはね、アンタがこの学校で残した数ある伝説の、不審な行動を受けてなことなのよ」
僕の不審な行動、伝説になってたんだ……。
伝説も何も、友達もいないのだから、僕の振る舞いを伝え説いてまわる、それこそ不審人物がいたと邪推するが。
「アンタが一人で勝手に不審なのよ。……ともかく。学校側からの勧告でね、あまりにも不審な行動が続くようならば、退学処置にさせてもらうとのことよ。今後は大人しくすると約束すれば、その限りではないそうだけれど、それすら嫌なら、或いは……」
「退学の一択か?」
「いいえ、二択よ」
二択? と僕はおうむ返しした。
なんだ? 残りの一択って。
「一つは、もちろん退学の話よ。今までのアンタの振る舞いを鑑みれば、まあ、さもありなんね」
「もう一つは?」
「もう一つは……」
彼女は、いみじくも効果的に間を置いて、
「我らが〇〇大学が開発した新薬の、成功率が未知なる治験に、無償で参加してもらうことよ」
と言った。
……多分、退学の方がマシなんじゃなかろうか。
※
治験についての概要を述べると、彼女は踵を返してこの場から立ち去った。
その去り際に、「名前を聞いても?」と背中に言葉を投げかけたのだが、すげなく断られるかと思いきや、あにはからんや、「……ひより。逆落賭ひより」と返ってきた。
なんだよ逆落賭ってというツッコミを、自分の名前が劈要であることを思い出して喉の最奥に呑み込みつつ、僕は彼女に「変な名前だね!」と伝えたのだが、本当に失明の憂き目にあいそうになったので、今後は自重しようと心に強く決めた。
別にそれ以外が無事とも言っていないが。
「しかし、治験? 治験だぁ?」
成功率以上にその体験が未知だ。
未知であること知っているくらいしか知っている要素がない。
未知の知。
未知の未知。
未知未知ボディ。
は? 殺すよ?
それはともかく。
「実際問題、どうするかねぇ……」
ぶっちゃけ、退学もありだと思うのだ。
一方の選択肢に、命の保障が無さそうというのも差し引いても、どうあれこの大学に友達はいない。
この大学以外にも友達はいないという辛い現実からは一旦目を逸らすとして、だとしたら、この大学にいる意味っていうのは、全体いかほどなものなのだろうか。
大学とは学問の場所であるというのは、なるほど一つ見識ではあるけれど(というかそれがメインという見方の方が正しいだろう)、しかし、友達のいない大学というものは、ことのほか孤独な心に応える……、ともすれば、不意に全部嫌になりかねない程度、広大なキャンパスはぼっちには毒なのだ。
一匹狼。
ソリスト。
男子シングル。
ぼっちの呼称はかように多様なれど、その本質は一つとして違わない。
……一人というものは、寂しいのだ。
僕は大きく嘆息をした。
『ピロン』
と、不意にスマホから音が鳴った。
なんだろう、僕にメッセージを送る人間なんて、相当数限られてくるけれど……。
とにかく不審には思いつつも(不審者だって不審に思うこともある)、僕はラインの画面を開いた。
「!」
母からだった。
僕にメッセージを送ることのできる、数少ない人間の一人……、その人が、現在一人暮らしの僕を気遣ってか、次のようなメッセージを送ってきた。
『要へ。大学は楽しい? 前に言っていた彼女とは上手くやっているの? 気が向いたら、お母さんにも紹介してちょうだいね』
一瞬、呼吸ができない錯覚をした。
彼女なんてのはもちろん嘘だったし、まして紹介などは絶対に無理だった。
虚飾と見栄に塗れた虚栄。
その幻想を──この僕は、罪なき母親にまで押し付けている。
「……よし」
僕はあることを心に決めた。
さしあたり必要な条件を確認するべく、僕は彼女の元へと廊下を駆けずった。
「なあ!」
「プレゼントなら無いわよ」
背後から、しかもいきなり声をかけたにも関わらず、特に驚いた風もなく彼女はそう言った。
僕は続ける。
「逆落賭! 本来なら大学がするべき勧告を、どうして君が、僕にしたんだ?」
「ああ……、そのことね」彼女はなんだ、という顔をした。「新薬の開発をしたのが私だからよ。退学になる生徒がいるって聞いたから、無理を言って融通を利かせてもらったの」
「治験の内容をもう一度教えてくれ」
「だから、一週間大学の施設で閉じこもって、投薬したり、その後の経過を見たりするのよ」
「君は?」
「え?」
「君はその治験に来るのか!」
怪訝な表情を隠そうともせずに、彼女は、
「そりゃまあ、開発者だからね。ついていかないわけにはいかないわ」
と、言った。
これで確認は取れた。
僕は安心して、次のようなことを口走る。
「プレゼントは、君自身だ」
「は?」
「僕は君を、治験の一週間、全霊をもって落としにかかる! ……覚悟しておけ」
意に沿わず僕と付き合う未来をな。
そう言って僕は高笑いした。
彼女は──逆落賭は、ぽかん、と口を開け放している。
むべなるかな、だ。
嘘は、真実にしてしまえば嘘じゃない。
だからその理屈を応用して、母親についた嘘を、君と付き合うことで現実にしようというのだから、君が閉口するのも、まったく無理のない話だった。
だが、付き合ってもらう。
この作戦を成功させて、僕は母に報い、ひいては大学生活を成功させる!
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