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のんびりとゴロゴロしながらぐーたら生活をしていると屋敷内でのフォセットの評判は何故か悪くなっていた。
少し様子を見てみるとそれは姉ノエリアの仕業だった。
「フォセットはあなた達を見下しているから態とダラダラしているのよ」
大まかにはこんな内容で広まっていた。それはフォセットが偶然部屋を出た時に使用人達が話していたのでまずは捕まえて自分の部屋に連れて行ってから確認のために尋ねるとくだらなくて苦笑した。
「ねぇ、君達の名前はシュラム家のルノゼとレノザで合ってるよね?」
「…はい」
捕まえた彼等は双子の使用人だった。青い髪の二人はかなり似てるのでよく間違われていたのだがフォセットに正確に当てられて戸惑っていた。
彼等の実家のシュラム家は平民の家なのだが二人は使用人学校と言う貴族達に仕えるための職業訓練学校のような場所に通いそこでシャルダン男爵家からの雇用があり今ではしっかりとこの家の他の使用人達とも馴染んでいた。
「あの人は昔に自分が出来ない子供だと思ったのか私に無能の振りをして自分の引き立て役になれって言って来た程に困った人なんだけど君達が無条件にそちらを信じるつもりかを尋ねてみたくてこの場を設けてみただけだから深い意味はないのでそんなに緊張しなくていいからね。
これは私の興味本位で君達と話をしたかったからここで何を話しても特に何もするつもりはないから気楽に答えてほしいんだ」
「わかりました」
ここで言うあの人とは勿論ノエリアの事である。二人もそれに気付いて小声でも自分達の話を聞かれた事で少しだけ気まずそうにしていたが何を話されるのかわからないので出来るだけ返答には気を付けなければならずフォセットの出方を慎重に観察しようとしていた。
「有難う。では当時の私の事から話そうか。あの時は彼女の話を聞いて腹立たしさと呆れがあって言葉が出なかったんだけどそれが何故かわかるかな?」
「いえ」
二人はフォセットの話に戸惑いながらわからないと首を振った。その様子を見ながらフォセットは話し始めた。
フォセットが腹立たしく思えた理由は自分のための努力ではなくて先を見ると他人を巻き込んだことで結果的に他人も自分も貶めるための努力をしようとしたからだった。そしてこの時にノエリアの様子で他人を巻き込む理由が良くないと感じていた。
フォセット自身も日頃から他人に世話になっている身なので他人を巻き込んだり頼るなとは言うつもりはないし人間は一人では生きていけない生き物だと理解してるので普通に頼ったり何かしらの理由で巻き込むのは仕方ないと思っている。
だがそれも限度はある。相手が容認してもやり過ぎは良くない。ましてや他人を蹴落としたり蔑んだり等と自分を引き立たせるためだけに利用するのは如何なものだろうかと話すと二人も何やら思案顔になっていた。
二人の様子からまだ聞く耳を持つ者であることを察したフォセットはこの際だからと続ける事にして「もし巻き込まれるなら二人ならどのような形が良いだろうか」と尋ねると二人からは「特に実害がない方がいいと思います」「出来れば褒められることで一緒に行動を共にしたい」と意見が返って来たので「それなら自分が引き立つための役割としてその人に自分よりも目立つなと言う話はどう思う?」と再び尋ねると二人はまた思案顔になり出てきたのは「その意図を尋ねてみたいです」「状況や立場にもよりますがあまり良い気分ではありません」と返って来たので二人はまだノエリアの話は鵜呑みにしてなさそうな気がして安堵した。
「そうだよねぇ。私もそう思うよ。だから誰かに普通に褒められたくて努力するなら良い意味で他の誰かに協力を頼むのはいいと思うしその時には本人も全力で頑張るだろうから私は特に何も言うつもりはないんだよ。その時に世話になった人も含めて皆に恩返ししたいとかの話なら私も普通に協力してたよ。
でも彼女の場合は自分よりも劣る誰かと比較する前提の話なんだよ。それで楽して褒められて優越感に浸りたい、ただ自分だけ良ければいい、自分だけが特別だと思われる感覚に浸りたい等とそんなくだらない下心に囚われてそれだけのために身近な他人である私に姑息な協力を求めた。これはそれまで彼女が積み上げてきた自分の品性や努力を自分の手で汚したことになる事にも繋がるし相手の立場に立てずに欲に忠実になるのは愚かな事なんだよ。
だから私はその時にとても腹立たしくて『今のあんたは一番信じないといけない自分の努力を貶したんだ』って怒鳴ってやりたかったよ」
その表情は『なんともやるせない』と雄弁に語っていて二人は戸惑っていた。
「何故その時に仰って差し上げなかったのですか?」
「言葉を掛けて差し上げたらお嬢様の誤解が解けたのでは?」
確かにそれも一理ある。ルノゼとレノザが不思議そうにするとフォセットは困った顔をしながら肩を竦めた。
「君達の話したい事はわかる。私も相手によってはそうしたよ。でも彼女に関してだけはちゃんと様子を見た上で私が話す事ではないと判断したんだ。
彼女はとても努力家でね、ただ少し要領が悪いだけでとても優秀なんだよ。でも困った事に妙にプライドも高いから下に見ていた者がこんな話をすると余計に腹を立てるのは予想出来たし私の言動によっては彼女が余計に拗れて意固地になりかねない。
だから黙って見ている事にして暫くの間は冷却期間を設けるために行かなくてもいい学校に行ったのもそのためだよ。彼女が少しでも私を考えずに過ごせる環境が必要だと思ったから暫くの間は家を空ける事にしたんだけどねぇ…」
普段は飄々として何を考えてるのかわからない様子のフォセットが意外と相手の事も見て考えていた事を知り二人は感心していた。
確かに仕える主人のプライドが高ければ人の話を聞かないので些細な言葉の掛け違いで拗れる場合もあると言う話は他家に仕える友人からも聞いた事があった。
目の前の少女はそれを理解していた事を考えると彼等も考えを改める必要がある事に気付いた。今後はノエリアの話には注意して下手に感情移入せずに出来る限り中立でいる必要性を感じて様子見をすることにした。
「わかりました。では私達は中立でいる事に致します」
「今回は特にそれがいいだろうね。そもそも使用人の立場で主人達の言動に翻弄されるのも宜しくないのは理解してるかな?」
「…はい、申し訳ありません」
「わかってるならいい。君達に尋ねたもう一つの理由はその危機感からなんだ。
もし仕える主人の家族だからという理由だけで彼等の話をなんでも鵜呑みにしてその人に同情して正義感を出したとしてそれを他所で口に出してしまったとしよう。その後に後戻り出来ない状況になってその主から同罪だからと言われてしまうと君達には拒否権がないからその後は彼等のいいように利用される事は考えたかな?私はその可能性を危惧して君達に話をする事にしたんだけど…その様子では大体の予想は出来るよね?」
彼等が真剣な表情で黙って次の言葉を待っていても彼女は二人が口を開くまでずっと黙っているので彼等も自分達の意見を求められているのだと察して戸惑いつつも頷いた。
「…それは…都合が悪くなると我々にも被害が及ぶ…と…?」
なんとなく言いたい事も明確になると二人は改めて居住まいを正したのでその姿を確認したフォレットは満足そうに頷いた。
「そう。君達の立場はどうやってもいざという時には弱いよね。だからこそ雇い主には逆らえないというのは私も理解してるしその辺りは特に何かを言うつもりはないよ。
だからと言って油断してもいいって理由にはならないのはわかるかな」
「はい」
「うちは男爵家だから発言権もないし割と決まり事も緩くてまだマシだけど伯爵家になるとかなり不味い事になるからね。
その場合は例え友人との気楽なお喋りでも内容が他家の事や他者に被害が及ぶことなら君達は常に慎重にならなければいけないということをしっかりと意識する必要があるんだよ。
そうすることで自分を守るために避けられる最悪な事だけは自分達の言動によって避けられるとは思わないかい?」
「はい」
「有り難うございます」
「うん、君達が耳を貸してくれて良かったよ。私は人を貶めるだけしか脳のない人のせいで何かあれば逆らえない君達が知らない間に巻き込まれるのは見過ごせないし許せなかったんだ。
まだそこまでの被害はないしこれから気を付ければいいからね」
「はい」
ただ態度を咎めるわけではなく相手の立場を理解して諭す姿は良い主人の姿だった。
二人は哀れみを誘うように話すノエリアをそのまま信じそうになっていたがここで助言を貰えて思い留まれた事に安堵しつつ感謝した。そして今後の事を考えるとフォセットの予想が当たりそうな気がして危機感を持った。
「出来ればこの事は皆にも伝えて欲しい。皆には何を聞いてもすぐに鵜呑みにはせず自分の目で見て感じた事を信じるようにと話をして欲しいんだ。その上でなら自己責任だからね」
「承知しました」
二人は退室した後にすぐに他の使用人達にもこの事を話した。
話を聞きながら皆も思うところはあったらしく納得した表情になると表向きはノエリアの話を聞く振りはしても本気で相手をすることはなくなった。
「まったく…あの人は我が家を潰すつもりなのかねぇ…」
フォセットは浅慮な事しかしようとしないノエリアに対して呆れながらやれやれと肩を竦めていた。
ここまで読んでくださってありがとう御座いました。
一応、登場人物紹介です。
フォセット・シャルダン…シャルダン男爵家の次女
ルノゼとレノザ…シュラム家は一般の家なのだが彼等は使用人学校に通っていてシャルダン男爵家に仕える事になった双子