1. 運命への招待状
閉め切った部屋の中で、赤子はゆりかごに揺られながら眠っている。それを見下ろすようにして、白髪の魔女が口元を震わせながら、何も言わずに立っている。
ゴロゴロゴロゴロ...... 遠くから、雷鳴が唸るように低く鳴り響いた。
薄紫のネグリジェに身を包んだ貴婦人は、震える唇に右手を添えながら、ひどく青白い顔で赤子と魔女を見つめている。
「躑躅の谷の魔女よ、一体この子に何が起こるというのですか」貴婦人はやっとの思いで絞り出した声で背をかがめた魔女に問いかけた。
「恐ろしく、恐ろしく不吉なことじゃ」そう言うと魔女は、赤子を指差しこう続けた。
「そう遠くはない未来...この赤子は白鳥のように美しく育つじゃろう...。しかし、近づいてはならん!青龍に近づいては、決してならん」
そこまで言うと、魔女は目をカッと開いた。赤い目が今にも飛び出しそうだ。
「この子と青き龍は..互いに惹かれあい...結ばれる運命にある......!!」
「二人が、二人が結ばれたとき......!!」
ピカッ
雷が部屋一面を白く照らした。
「この子は死ぬであろう」
「アベリア様!」「アベリア様!?」「隠れても無駄ですよ!!」
アリッサム家の執事マロウは、この屋敷に就いて10年になるベテランだった。
彼の本日最初の仕事は、この屋敷の一人娘を探し出し舞踏会へ引きずり出すことだ。
ゴーーーンッ
ゴーーーンッ
12時を伝える時計の音が屋敷中に響き渡る。出発の時間が刻一刻と近づいていたが、なぜか執事はそれほど焦ってはいない。
それもそのはず、彼女が隠れる場所はいつも決まっているからだ。執事は物置小屋の裏にある林檎の木を見上げた。
緑色の葉を纏った林檎の木の上には、桃色の髪を一つにまとめた少女が座っている。
「やはりここにいましたね。アベリア様、もう出発のお時間です」
「行きたくない」
アベリアと呼ばれた少女が不機嫌そうに答えた。
執事は小さくため息をつく。
「いいんですか!? あなたが引きこもっているせいで、あの令嬢はずっと昔に死んでいて、影武者が屋敷を占領しているとか、狼男に噛まれて昼間は外を出歩けないだとか、変な噂が都中に広まってますよ!」
「行きたくなーい! 絶対行きたくなーい!」
「アベリア様!!」
「わかってるよ。でも怖いの。だって、フロックス家の方々も来るだろうから」
フロックス家...それは別名『青龍』と呼ばれる一族であった。その血が流れるも物は皆、髪も瞳も美しい紺青に染まっている。そう、予言に記された青き龍とは、この一族を指すものであった。
つまり、アベリアはこの一族と結ばれると必ず死ぬ運命にあるのだ。
「それは来るでしょうがね...アベリア様...あなた予言を過度に恐れすぎではありませんか。それに......」
「お父様もそうおっしゃっていた。そして、魔女の警告を無視した結果どうなった?そう...予言の通り亡くなってしまったわ。その姿を間近で見ていたのにも関わらず、マロウ、あなたは信じないのね」
「そうではありません、お嬢様。躑躅の谷に住む魔女ベラドンナの力は本物です。しかしですね、おほん。個人的な意見を述べさせていただきますと、失礼ながら、そのおぞましい予言が的中するのはまだまだ先のことかと......」
ポカン...アベリアは、執事の放った一言の意味を理解し答えるまでに少し時間を必要とした。
そして、その言葉の真意を理解するとボッと頬を赤くした。
「なるほど。」アベリアは湧き上がる苛立ちを抑えながら答えた。
「あなたの目から見て、『白鳥のように美しく育つ』という予言がまだ的中してないってわけね。そんなガチョウレベルの私と、かの有名なフロックス家の人間が結ばれる可能性は、今はまだないに等しいってわけね。」
「いえっそこまでは、わたくしは...!」
「あー、わかったわ。いいわ、行きます行きます。」
アベリアはするりと木から飛び降り、スカートについた木の葉を払った。
「アベリア様、これを」
アベリアは金色の首飾りを執事から受け取った。
この首飾りは、魔女からもらった物だ。アベリアの宿敵、「青き龍」が近くに現れると、知らせてくれるのだ。
アベリアは一抹の不安を抱きながらも、舞踏会へ向かう馬車へ乗り込んだ。