少年
「実話怪談」とは、実際に体験者さんが体験した実話を元に構成された話である。
「そういえば箱根に住んでいた頃、よく見てたんでしょ?」
母と娘と3人で、祖母のお墓参りに向かう道中、ふと思い出したのだ。
私の母は、二十年程前まで、霊感があり、よくお化けや幽霊といった類のものをよく見ていたというのだ。それは私が幼い頃から、よく聞かされており、私は母のするお化けの話を聞くのが好きだった。
「ああ。あったよ。よく覚えている。」
何でもないことのように母は話し出す。
私は兄と二人兄妹なのですが、兄が生まれるよりも前の事だと、説明してくれました。
「生まれる少し前かな。当時の彼氏と近くのちょっとした広さのあるプールに出かけたのよ。その夏はとても暑くてね、ここ数年みたいな暑さまではいかないけれど、当時にしてはすごく暑くてさ。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「今日どうする?暑いし、プール行きたいんだけど。」
「ああ。いいよ。」
当時の彼氏と他愛もない会話から、近くの施設プールへと出かけた。
その日は、平均気温よりもだいぶ高く、施設内は大変込み合っていた。プールサイドもプール内も人でごった返していた。
泳ぎが得意だったこともあり、25m遊泳できるコースに彼氏と並んで入る。
しばらく泳いでいると、ピーっと笛のけたたましい音が施設内に響き渡る。
施設プールなどではよくある事故防止のための一斉休憩の合図だ。
その音を聞いて、ぞろぞろと周りの人々もプールから上がり各々休憩スペースへと移動していく。
プールサイドで彼氏と会話をするでもなく、休憩していた時。
ぶるぶるっと、全身に鳥肌が立った。
その瞬間は、長く水に浸かり過ぎたせいかとあまり気に留めなった。
しかし、ふっと視線を感じて、人込みへと目を向ける。
じっと誰かに見られている感覚。
どこからだろうかと、視線の元を探ると、意外にも早く、その少年を見つけた。
小学低学年くらいだろうか。背も左程高くないその子は、たった一人人込みの中に立ち、じっとこちらを見ていた。
その視線といえば、無表情で多くの人が詰め寄せている夏のプールには似つかわしくないように思えた。
「ねえ。あそこに男の子いるよね?」
隣でくつろぐ彼氏へ視線を向け、呼びかける。
「なんだよ。気味悪い事言うなよ。」
不機嫌そうなぶっきらぼうな言い方。彼氏が気味悪がるのも当然と言えば当然だった。
その日は七月上旬の平日であり、小学生はもっぱらこの暑い中各々学校にいる時間帯であった。
「え。でも…。」
と、再び少年の方へ目を向けた頃には、少年の姿はどこにもなかった。あれっと。確かに今し方までそこにあった少年の姿をきょろきょろと探す。しかし、どこにも少年の姿は見当たらない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「その時さ、私もおかしいなとは思ったんだよ。でも確かに、視線も感じたし、男の子見たのよ。」
と、母は主張する。
運転中で母の表情を見て取れない私でも分るほどに母は鼻を膨らませる。
「そうなんだ。その子って、水着だったの?」
それがさ、と再び母は話し出す。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そういえば、と翌日ふと思い出した。
あの少年がいたと確かに覚えているのに、姿形が思い出せない。顔も服装も。人込みに紛れていてそもそも前身は見えてなかったのもある。
ぞくっと背筋に悪寒が走る。
「え。なに。」
一人自身の部屋の中で思わず声が出る。
その日は、特に予定もなかったので、自室で書き物をしていた。真夏のとても暑い日。窓を全開に開け放ち少しでも暑さを凌ごうと、うちわで扇ぎながらも、額には汗が伝っていた。
こんなに暑いのに寒い。風邪かな。
ふっと、窓の外に視線がいく。
するとそこには。
「え。」
昨日プールで見かけたあの少年がこちらをじっと見つめて立っていた。
え、何。と内心焦る。なんでここにいるの。
もしかして近所の子供?と思考が巡る。
混乱しながら、しばらく少年と目が合ったまま動けずにいると、少年はおもむろにざっざっと足音を立てながら、立ち去り始めた。
慌てて隣の部屋にいる父の元へと向かう。
「ねえ!今こっちに男の子来なかった?窓の外!」
隣の部屋の扉を開けるよりも早く、声を荒げる。
「何言ってるんだ。窓の外なんて歩けるわけないだろう!」
と、不機嫌に言い返される。
はっと、そこで窓へ駆け寄ると外を覗いた。
そうだった…ここ川沿いだ。
そう。窓の外側はおよそ人が通れるようなスペースなどなく、その下は川べりで、小高い場所に建てられたアパートの端となっていた。
しかもここは2階。小学校低学年くらいの子供が窓の外にいたとしても、窓から顔がのぞけるわけがなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ってね、家まで来ちゃったんだよ。びっくりしたな。」
と少し興奮気味な母は饒舌に語った。
「その子きっと何か伝えたいことがあったんだね。」
と返す。私は母の影響からか、怪談話が今でも好きで、よくあるパターンだなと思ってしまった。
「あ。そうかもね。顔はあまり思い出せないんだけど、なんか言いたそうだった気がする。」
母は納得したように何度も頷いてみせる。
「何も伝えられないのかって、諦めてどっか行ったのかもね。」
と母には冗談っぽく返してみたものの、私には疑念が残っていた。
果たして、母をじっと見つめていたその少年は、何を伝えたかったのか。はたまた、伝えたい事などなく、ただただついてきただけのか。しかし、何故家にまでついてきたのにも関わらず、何事もなかったかのように立ち去ったのか。
実話怪談とは、怖いというよりも不思議な話が大半だと、よく怪談師の方が語っている。
私が母から聞いた話も怖いというよりも、不思議な話が多い。
他にも母から聞いた話があるので、それはまたの機会に。