真実の愛の末路〜パトリック&アグネス5
パトリックは憤慨していた。
この地に送られてからというもの、アグネスはまともに自分の相手をしない。
朝、陽が昇る前に叩き起こされて碌に休憩も無いまま日付が替わるまで肉体労働をさせられる。
それだけでも不満が爆発しそうなのに、そんな自分を支える役目があるアグネスは、自分も仕事が忙しいと碌に自分の傍に居やしない。
毎日毎日扱き使われていい加減ブチ切れそうだが、ここで癇癪を起こせばまたジェフリーに理不尽な暴力を振るわれるだけだ。
そんな時、アグネスは姉ビアンカの許可を得て領民の収獲の手伝いに行くという。
その際、姉から付き添いを一人付ける事を条件に出されたというので自分が付き添ってやろう、と申し出てやったのに…アグネスはにべもなく断りやがった!
折角、領民どもが収獲する間は仕事をサボれると思ったのに…気も頭も回らない女だな、本当に!
結局アグネスはジョニーという守衛を付き添いにして収獲する予定の畑に出掛けて行った。その間、自分は庭の草取りと薪割りをやらされた。本当、ツイてないぜ!
それからしばらくして、何とアグネスは姉から休日を貰ったと言うじゃないか!
そんな事、自分は何も聞いていない。けどアグネスが休みなら自分も休みなのだろうと、自分もその日はゆっくりと惰眠を貪っていた。
すると、鬼神のような顔をしたジェフリーに叩き起こされた。
横ではアグネスがまだスヤスヤ気持ち良さそうに寝息を立てているのに、彼女には何もしない。
何でアグネスは起こさないのかと咎めたら、ジェフリーの奴は無言で自分の首根っこを引っ掴み、小屋から少し離れた場所まで引き摺って行くと、自分を思いっきりぶん殴った!
いきなりの狼藉に自分が熱り立つと、ジェフリーはまたもやぶん殴ってきた。
ジェフリー曰く、今日はアグネスの休日なのだからゆっくり寝る権利はある、と言った。
だったら自分も休みだろうと文句を言ったらまたぶん殴られた。
自分はこれに抗議したが、ジェフリーは鼻で嗤って
“今日はアグネスの休日であって、自分はいつも通り仕事だ”と言った。
そんな馬鹿な!アグネスが休みで夫である自分が仕事なんて意味が分からない!第一それが本当なら、アグネスは自分の休みを自分に差し出す義務がある筈!
妻は夫を支え盛り立てる義務があるのだから!
そう反論すると、ジェフリーは侮蔑の眼差しを送って来たがそれ以上は何も言わなかった。
そしてアグネスは自分を無視して領内を散策したらしい。そして今、世界を騒がせているダンジョンとやらを発見し魔物と遭遇したという。
ざまぁみろ!お前が自分を差し置いて休みなんか取るから罰が当たったんだよ!
アグネスにそう言ってやろうとじっとアグネスの帰りを待っていたのに、一向に戻って来る気配が無い。
その翌日、使用人たちの噂でアグネスが屋敷の中に部屋を貰った事を知った。
何がなんだか良く分からないが、ようやく自分たちは薄汚いボロっちい小屋からおさらば出来るのだと胸がドキドキしていた。
そして小屋でアグネスが戻るのを待っていたのだが…一向に戻って来る気配が無い。
退屈な余り何気なく小屋の中を見回し、ようやく気がついた。この小屋にアグネスの私物が残っていない事に。
“これは一体どういう事だ?”
アグネスは自分にナイショにしてこの小屋を去ったというのか…?
自分は無我夢中で屋敷に向かった。
「おいパトリック!」
パトリックが屋敷に押し入ろうとしていたのを近くにいた守衛が発見。問答無用で取り押さえられた。
「離せ!俺はあいつに、どういう事か問いたださなければならないんだ!」
パトリックは取り押さえられながらもジタバタ暴れている。
「あいつ?」
思わず守衛が聞き返す。まあ予想はつくが。
「アグネスだよ!あいつ、夫の俺に黙って勝手に出て行きやがった!」
そう言えば守衛は自分の味方をしてくれると信じて疑わなかった。しかし…
「あっそう。」
と返され、 パトリックは驚く。
「な、何故?」
パトリックは大混乱に陥る。
「さて、パトリック。」
パトリックは領主である姉の前に引き出され、非常に険しい表情の姉に困惑する。
「ね、姉さん?」
パトリックは何故か非常にお怒りの姉にオズオズと呼び掛ける。
「馴れ馴れしいわね!領主様と呼びなさい!」
「姉さん、どうしたんだよ?」
まだ状況を理解していないパトリックにビアンカは呆れ果てた顔になる。
「あんた。この期に及んでまだ自分の立場が分かっていないの?」
姉の言葉に首を傾げるパトリック。
「はあ…」
ビアンカは盛大に溜め息を吐く。
「あんたはもう私の弟じゃないの。あんたは真実の愛に目覚めて、周囲にこれでもかと迷惑を掛けた挙げ句に下男として下働きをする一庶民に過ぎないの。」
「何でだよ?俺は姉さんの弟だよ。姉さん、もう耄碌したのかよ?」
この信じられない発言に周囲は凍りつく。
「はあ。ひとまずそこは置いておくわ。じゃないと何時まで経っても本題に入れないわ…」
ビアンカは頭が痛いと額に手を当てる。
「姉さん、具合が悪いなら早く休んだ方がいいんじゃない?」
「誰のせいだと思っているのよ?まあ、それは兎も角…」
ビアンカは一々付き合ってられないと強引に話しを進める。
「今回あんたを呼んだのは、アニー…アグネスの事で話があるからよ。」
「アグネス?」
その名を聞いてパトリックの顔が歪む。
「アグネスはここに来てからの仕事ぶりが評価されて、今後は他の使用人と同じ条件で働く事になるわ。そしてゆくゆくは元の身分に戻す事も視野に入れて様子を見る事になったの。」
「え?」
パトリックは目を瞠る。アグネスが元の身分に戻るという事は…
「言っておくけれど、これはアグネスへの対応よ。あんたには一切関係の無い事だからね。」
この言葉にパトリックは目を剥く。
「何でだよ?アグネスが元の身分に戻るなら、夫の俺だって元の身分に戻らなきゃおかしいだろ?」
パトリックは姉に食ってかかる。
「あんた、話し聞いてた?アニーはその真面目で丁寧な仕事ぶりが評価されて、そういう話しが出たの。全くやる気も見せない、ひたすら不真面目なあんたが含まれる訳無いでしょう?」
「………」
「自分もそうなりたければ、まずは真面目に仕事をしなさい!」
姉の厳しい言葉にパトリックは悔しげに俯く。
「ああ、それからね。アニーが元の身分に戻る際は、特例であんたと別れる事が許されるそうよ。」
「な!?」
正直、今のアグネスと離婚出来るのは嬉しいが…この話しを聞いた後では喜べない。
「因みにアニーにどうするか聞いたら、よろしくお願いします。ですって。」
「………」
それを聞いてパトリックは目の前が真っ暗になり、目眩を覚えた。