真実の愛の末路〜パトリック&アグネス4
その日、リンデル領は大変な騒ぎとなった。
遂にこの地にダンジョン(仮)の存在が詳らかになったのだ。
発見者のアグネス=ハリソンは当初こそ怯えた様子だったが、落ち着いた今はむしろグイグイと中を探索したがる胆力の持ち主だったようだ。
急遽領主のビアンカも出てくる騒ぎに発展したが、幸いこの洞窟?で確認された魔物“リンデルの雫”は余り強くないらしいと判断された。
しかし、いくら脅威が低いとはいえ相手は魔物である。念の為、周辺は立入禁止の措置がなされている。
「折角の休日に災難だったわね、アニー。」
気の毒そうに言うのは、厨房でよく一緒に働くミリアだ。
「本当。よりによって魔物に出会すなんてね。怪我が無くて良かったよ。」
厨房長のローザさんが心配そうな顔でアグネスに言う。
「はい。遭遇した時は吃驚しましたが、大丈夫です。ありがとうございます。」
アグネスはニッコリ笑って答える。
今日は休日なので本当なら小屋で休むべきなのだが、小屋へ戻ると鬱陶しいのが居座っているので厨房に“避難”しているのだ。
ローザやミリアもその辺の事情は知っているので、快くアグネスを受け入れている。
アグネスはあの洞窟?で騎士たちに軽く事情聴取されたが、ビアンカに後でもう一度話しをしたいと言われ待機中なのだ。
今はビアンカと領民代表、それから騎士団長辺りが話し合いをしている真っ最中だと思われる。その話し合いが終わった後、もう一度自分に話しを聞きたいという事だろう。
「アニー。来てくれるか?」
ジェフリーに呼ばれ、アグネスはビアンカたちが待つ部屋へ案内される。
「領主様、連れて来ました。」
ジェフリーが扉をノックして声を掛ける。
「どうぞ入って。」
「失礼致します。」
ジェフリーがアグネスを伴って入室。
「では、私はこれで。」
ジェフリーは一礼して下がって行く。
「アグネス。どうぞ座って。」
「あ、はい。…失礼します。」
アグネスはソロソロと勧められたソファに腰を下ろす。
「どうぞ楽にして頂戴。」
ビアンカはアグネスの緊張を解すように微笑う。
「さて。今回は災難でしたね。」
ビアンカはニコニコと切り出す。
「あ、はい。…お気遣いありがとうございます。」
アグネスは領主に一体何を聞かれるのか内心ビクビクしている。特別何かやらかした覚えは無いが、やはりこうして呼び出されるのは緊張する。
「貴女に怪我などが無くて良かったわ。それに、早めにあの洞窟が発見されて、大事にならずに済みそうなの。貴女が発見してくれたお陰よ。私からお礼を言うわ、ありがとうアグネス。」
「い、いえ…ほんの偶然です。」
領主に頭を下げられ、アタフタするアグネス。
「では次に」
ビアンカはニコニコ笑いながら
「アグネス。ここに来てからの貴女の仕事ぶりをずっと拝見してきました。」
「はい。」
アグネスは一体何を言われるのかドキドキだ。
「貴女は仕事を真面目にこなし、領民との関係も良好のようですね。」
「あ、はい。皆さん、とっても良くして下さいます。」
そう言うと、ビアンカはニッコリと笑う。
「ついてはこの事を王都の母に報告し、貴女の待遇の改善を申し立て、許可が下りました。」
「え?」
アグネスはキョトンとした表情だ。
「まず。貴女の住まいを屋敷の使用人部屋に移し、雇用条件を他の使用人と同じにします。」
「………」
アグネスは何も言葉が出て来ない。
「それでしばらく様子を見て、ゆくゆくは貴女の身分を元に戻す事を検討しています。」
「!」
それは、もしや…
「その際は特例としてパトリックと離婚する事も認めようと考えています。」
「それは…大丈夫なのですか?」
アグネスの声が震えている。あの書類にサインした時は気付かなかったが、自分とパトリックは今後何があろうとも離婚は叶わない筈だ。
「特例、と言ったでしょう?ここでの貴女の働きを私を始め、母も女王陛下方も認めているのですよ。」
アグネスは涙が零れそうになった。別にそれを目論んで仕事に励んだ訳では無いが、認められるのはやはり嬉しい。
ビアンカとの話し合いの後、アグネスはパトリックが仕事で小屋にいない時を見計らって少ない私物を持ち出し、新たに与えられた部屋に移った。