真実の愛の末路〜パトリック&アグネス
真実の愛を貫いた結果、領地送りになったパトリック=リンデル公爵令息とアグネス=ハリソン男爵令嬢。二人は馬車の揺れであちこち身体をぶつけながらお互い身を寄せ合っていた。
もうどれくらい走っただろうか…。休憩なのか、何度か馬車が停まった他はただひたすら走り続ける事およそ三日。ようやく馬車が停まり、扉が開けられた。
「着いたぞ。さっさと降りろ!」
馬車の到着を待っていた男にそう言われ、ノロノロと馬車を降りる。約三日もの間、ずっと座りっぱなしだったので身体の動きがぎこちない。
「早くしねーか!このウスノロ共!」
度重なる暴言に、パトリックは憤慨する。
「おい、貴様ら!一体誰に向かってそんな口を…」
と、それを聞いた男は
「ああ?」
とパトリックを睨みつける。
「テメエらは、今日からここで下男・下女として働くんだよ!テメエこそ一体誰に向かって、んな偉そうな口を利いてやがる!」
早速パトリックは男の鉄拳制裁を受ける事になった。
「畜生!何でこんな事に!」
あの後、これからの住まいだというボロっちい小屋で悪態をつくパトリック。
「………」
アグネスはそれを無視し、自分のこれからの事に思いを巡らせる。
“全く。何でこんな事に。こんな事ならこいつになびくんじゃ無かったわ…”
アグネスはパトリックと愛を誓った事を早くも後悔し始めていた。
何はともあれ、明日から下働きである。その為にも早く休もうと、いつまでもグチグチ煩いパトリックを放ったらかして一人硬いベッドに潜り込む。
パトリックとアグネスがリンデル領にやって来て一週間が経った。
パトリックは相変わらずグチグチと文句を言いながら嫌々仕事をしている。そしてアグネスはと言えば…
意外や意外、非っ常に楽しげに仕事をこなしている。
「皆さん、お疲れ様で〜す!」
アグネスの仕事は主に調理場や洗濯に庭の掃除、その他雑用等色々あるが、何処の仕事場に顔を出しても必ずそう挨拶する。
最初は訝しげな表情だった仕事場の人たちも、そう呼びかけられる内に
「お疲れ様。」
と返してくれるようになった。
“やっぱり仕事は楽しくやらなきゃね!”
アグネスはそう思い、自然にそうしてきたのだ。
“こんなの、前世では当たり前だったもん。”
そう。彼女も転生者なのである。
アグネスが前世の記憶を取り戻したのは、このリンデル領に来た日の就寝時であった。
これから惨めな下働きの生活が始まるのだと嘆きながら眠りについたのだが…夢の中で、見た事のない筈の風景や人物などが出てきて、何故が自分はそれらを知っていたのだ。
目が覚めてから、それは自分の前世であると確信した。そして、その頃の名前や職業、夢なんかも全てを思い出したのだ。
前世で自分は日本という国に生まれ育った女性で、名前は森口真紀。二十五歳になるいちOLであった。
真紀には大いなる野望があった。いつの日か女起業家として大成すると。その為に様々な勉強をし、資格も幾つか取得していた。仕事だって残業や休日出勤は進んでやっていた。
それこそ寝食を惜しんで勉強や仕事に打ち込んだせいである日過労で倒れた。そして病院のベッドで点滴を打たれていた所までは覚えているが、それ以降の記憶が無い。つまり、自分はそのまま還らぬ人となったのだろう…
思えばアグネスとして生きる今世に於いても、基本的にその辺りは変わってないように思う。
アグネスの子どもの頃の夢は“男爵様になる”事だった。
庶民にとってお貴族様といえばまず男爵様である。
王都において公・侯・伯はまず庶民が目にする事は無い。いうなれば“おとぎ話”でしか目にも耳にもしないのである。辛うじて子爵は認識されているが、こちらも滅多に遭遇する事は無く、いわゆる“雲の上の存在”なのだ。
その上アグネスにはマリアンネという姉がいた。生家の男爵家は姉のマリアンネが継ぐ予定なので、アグネスが“男爵様”になるには、自分自身の力で勝ち取らなければならないのだ。
アグネスはそれを特に不遇だと思う事無く、地道に“男爵様”に向けて努力を重ねて来た。
そんな時、パトリックに見初められて自分が公爵夫人になるのだと囁かれたのだが…
思い返してみれば、その甘言に乗ったのも公爵夫人になって贅沢三昧!というよりは、新しい事業を始める為の素敵なパトロン!という意識だったような気がする。
“こうして振り返ってみても、やっぱり私って打算的だよね?ある意味間違いなく悪女なのかも?”
と内心苦笑するアグネスだった。