召喚された勇者・聖女の冒険開始!2
「…え?うっ嘘でしょう……?」
中尾和美はガタガタと震え、すぐ横にいた松尾朋子に縋り付く。
「ちょ!何しがみついてんのよ?」
と松尾朋子は金切り声を上げる。
「大きな声を出さない!」
すかさずマルティーヌから叱責され、慌てて口を押さえる。
「遺跡内では何が起こるか分からないから、絶対に大声を出すなとあれ程言ったでしょう?」
「………」
流石の我儘聖女たちも、現状のマズさに大人しく口を噤む。
「隊長、これは…」
マルティーヌは驚愕の表情を浮かべつつ、隊長のシモンに確認を取る。
「ああ。これは以前ミナティリアで出た“モルトの狼”だ。」
シモンは緊張した表情で返す。
“モルトの狼”。それはミナティリア王国はモルト領で最初に確認されたダンジョン(仮)内の魔物の呼称である。
“モルトの狼”は、領主の令嬢とその友人である創造神が領内に突如現れた洞窟を探索中に遭遇したと言われている。
その時は創造神が武芸の女神を召喚し、事無きを得たと言うが…
「何とも胡散臭い話ですがね。」
マルティーヌは渋い表情で言う。
そもそも貴族令嬢とはいえ、ごく普通の人間と創造神が友人同士?一体何処からそんな与太話が出てくるというのか?
「しかし、あの場に武芸の女神が数柱の女神を従えて顕現したのは紛れもない事実だ。」
そしてその後の調査で“モルトの狼”始め、これまで確認されている数種類の魔物は総じて光魔法に弱いという事が判明しており、それがサラマンディア神殿を通して大陸中に迅速に通達がなされたのも事実なのである。
そんな訳で、ダンジョン(仮)に潜る際は光魔法の使い手を同伴させるのが鉄則となっている。故にこの小隊にも光魔法の使い手が同行しているのだが…
「今日はまずあいつらを使うしか無かろうよ。」
シモンは勇者・聖女の方へチラリと視線を向けた後、溜め息を吐く。
「正直、期待しちゃいませんけどね。」
マルティーヌは侮蔑を込めた目で勇者・聖女を見る。
はっきり言って役立たずだとしか思えないのだが。
「まあそう言ってやるな。…何事も経験だ。」
「…そうですね。」
そう答え、溜め息を吐くマルティーヌ。
それにしても何故、このエム・カズミ遺跡に“モルトの狼”が出現しているのだ?前回調査した時にはこんな危険な魔物はいなかった。せいぜい“リンデルの雫”が確認されただけだった。
“リンデルの雫”というのはいわゆるスライムという奴で…騎士が特に攻撃せず、踏みつけるだけで倒せる魔物だ。従って、勇者・聖女に討伐させても問題あるまい、という判断だったのだが…
「ちょいとマズい状況だな…」
シモンがボソリと呟く。
「ほら!気を抜くな!」
マルティーヌの怒号が響き渡る。
「う、うわぁ~!?」
襲いかかってくる狼の魔物に半狂乱になりながら必死に県を振るう勇者たち。
「聖女ども!光魔法を!!」
マルティーヌは次々に指示を与える。
「ひ、ヒイイィ〜〜!!」
「ひ、光玉!」
松尾朋子が辛うじて光魔法を出す事に成功。しかしそれは非常にショボいカ◯ハメ波のようなもので…何とか魔物に命中するも、ダメージは全く無いようだ。
「………」
その事実に呆然とする松尾朋子。
「ボケっとするな!魔物の餌食になりたいのか!?」
マルティーヌの怒声にハッと我に返る聖女たち。
聖女の光魔法が通じなかった事で愕然としたのは松尾朋子だけでは無かった。
「ひ、光玉!」
「光玉、光玉、光玉ーーーー!!」
懸命に光玉を撃つ聖女たち。しかし、どれだけ撃とうとも結果は先程と変わらない。
王宮で真面目に訓練を受けていなかった彼女たちはそれ以外に使える光魔法が無い。 なので効果が無いと分かっても光玉を必死に撃つしかないのだ。
その時
「閃光!」
現状を見兼ね騎士団に同行していた光魔法の使い手が“閃光”を放った。すると、あれだけ敵意を剥き出しにして襲いかかって来ていた狼の魔物の勢いが一気に落ちた。
「ほれ、勇者ども!かかれ!!」
「う、ウオオォーー!!」
どう見ても自棄くそ気味に剣を振るっている勇者たち。騎士としては苦言を呈したい所だが、今回は勇者・聖女どもの為の討伐である。騎士はギリギリまで補助しかしてはならないと厳命されている為、手は出せないのだ。
勇者・聖女の疲れがピークに達し、これ以上は無理だと判断したシモンによって騎士が介入。あっという間に討伐は完了した。
「はあ、はあ、……」
息を切らし、その場にへたり込む勇者・聖女たち。
「初めての討伐はどうだったか?」
マルティーヌは冷たい口調で問う。
「これが魔物討伐だ。」
それだけ言うと、マルティーヌは背を向けてシモンの元へと向かって行く。
「………」
勇者・聖女たちは何も言えず、その場から動く事が出来なかった。