真実の愛の末路〜オーガスト&アリス(因果応報3)
「え?そんな…?…マーク?何で…?何でそんな女なんかと!?」
アリスはマークにそう言い募る。
「彼女は半年前に叙爵した男爵様だ。言葉には気をつけ給え!」
マークは怒り心頭にアリスを睨みつける。
「男爵?」
「そうさ。彼女は王宮や貴族方御用達のデザイナーでね。女王陛下や上級貴族の御婦人方のお衣装を手掛けているんだ。マデリン=グレイザー、聞いた事は無いか?」
「え?」
アリスは目を剥く。マデリン=グレイザーといえば、王都では知らぬ者は無い超絶有名人だ。
「尤も、彼女は貴婦人方のドレスだけを手掛けている訳じゃ無い。貴婦人が楽に過ごせる普段着を考案したり、庶民にも分け隔てなく普段着や仕事着、晴れの衣装などあらゆる服飾を扱っている。」
「………」
アリスは呆然とマデリンを見つめる。
「序に言わせて頂きますと、今貴女がお召になっているその仕事着も、私が作らせて頂いたものですわよ。」
マデリンは素っ気なく教えてくれる。
「!」
アリスは今度こそ絶句する。
ここキャンベル公爵家で貰った仕事着は、軽くて暖かい。生地は伸縮するストレッチ素材で非常に動き易く、着心地は頗る良い。
公爵家の元放蕩息子はくそダサいと文句を垂れていたが、これはかなり高級な部類の仕事着だ。
“これ…、マデリン=グレイザーが…”
はっきり言ってマデリン=グレイザーの服は貴族であっても中々手が出ない代物だ。素材を厳選しているとかで、そもそも生産量が極端に少ないのだ。
とはいえ、それは貴族向けの話しで庶民向けにはもっと安価、しかし良質な素材を使用している事でも有名だ。
“マーク…そんな凄い人を見初めたのね…”
これでは流石に勝ち目は無い。
「ようやく理解したか?」
父親のパウルが言い放つ。
アリスが大人しくなった所でリリーが立ち上がり、エメット侯爵夫妻、ベイカーズ男爵夫妻、シンプソン男爵とその婚約者に向けて深々と頭を下げる。
「この度は、当家の下男・下女が皆様に大変なご迷惑をおかけ致しました。私の監督不行き届きでございますか。誠に申し訳ありません。」
公爵家当主で王宮では宰相補佐を務めるリリーに頭を下げられ、ベイカーズ男爵夫妻とシンプソン男爵&婚約者は大いに慌て、エメット侯爵夫妻は静かに受け取った。
「キャンベル宰相補佐。どうぞお顔を上げて下さい。」
フェビアンヌが静かに声を掛け、リリーは頭を上げる。
「私どもと致しましては、娘の安全を脅かされて憤懣やる方ない、という所でございますが…」
フェビアンヌはチラッとオーガストを一瞥
「キャンベル家は今後どのような対処をなさるおつもりか、お聞き致したく存じます。」
「具体的にはこれから協議致しますが…流石にこのような問題を起こしてしまっては、この屋敷に置く訳には参りません。何処か遠方の我が領地か、何処かの神殿に下男・下女として奉公に出すかになろうかと存じます。」
「え?母上、何で…?」
オーガストは母の言葉にギョッとする。
「お前は黙ってなさい!!」
リリーは激しく叱責する。
「何で、何でなんですか?俺はこの家の後継りでしょう!?」
オーガストの言葉にリリーは更に激昂する。
「お黙り!お前が後継者な訳が無いでしょう?後継者はステファニーです!」
ステファニーとはキャンベル公爵家の長女。正真正銘の正式な後継りである。
「え?な…」
リリーの言葉にオーガストがショックを受け、愕然としている。
「大体!いつ、誰が!お前が我がキャンベル家の後継りなどと言いましたか!?」
「え…?だって、俺は…、この家の長男で…」
「このミナティリアは女王制の国で、貴族も基本的に女性が後を継ぐという事も知らないのですか?」
リリーはもう怒るのも疲れた様子で、ゲンナリとした表情で息子だった馬鹿に教えてやる。
「それは…」
勿論知らなかった訳では無いが、オーガストは何故か昔から後継りだと信じて疑わなかったのだ。
「他に子がいないならまだしも、お前には立派で優秀な姉が二人いるのですよ?何がどうなったら、そんな風に思えるのですか?」
「………」
オーガストは返す言葉がない。
「はあ…」
リリーは盛大に溜め息を吐く。
「という事でございます。全てはせめてもの温情で自分の生まれ育った場所で過ごさせようと思った私の過ちでございます。…つきましては、この者たちの処遇の事で何かご意見がございましたら伺いたく存じます。」
オーガストは今にも泣き出しそうな顔をしており、一方のアリスは覚悟が決まったのか、見た感じ落ち着いている。
「そうですわね…」
このまま馬鹿たちの処遇をどうするかの話し合いが持たれ、口を挟む事が一切許されない馬鹿たちは戦々恐々としながら話の行く末を聞いているしか無かった。