王都を散策した
「いらっしゃいませ、ミナティ様!」
今日も小説の世界に招かれた私。ベッドで眠ったらこっちの世界に来るという状況も、何となく慣れてきたな。
今日のお出迎えは風の女神フィーンだった。何というか、幼女特有の無邪気な笑顔での出迎えを受け、昼間の出来事でささくれだっていた私の心を癒やしてくれる。
「こんにちは、フィーン。…今日は他に誰もいないの?」
私はニコニコとフィーンに尋ねる。今、目の前にはフィーンしかいないからちょっと不思議な感じだ。
「私どもはこちらに。」
不意に後ろから声が聞こえた。初めて聞く声だ。
「あ、どうも。初めまして。」
私は初めて見る顔に軽く会釈する。
「お初に御目に掛かります、ミナティ様。拝謁する栄誉を賜り、光栄に存じます。」
と、恭しく礼を取る。
「あ…はい…」
何かやけに堅苦しいな。あの真面目を絵に描いたようなリブラやクレメンティアだってここまで堅苦しくなかったのに。
「私は礼節の女神ベレンガリアと申します。こちらは月の女神リュンヌ。」
今更だけど、本当に何にでも女神様がいるんだね…いや、私が自分で作り上げた世界なんだけどさ。
それにしても礼節の女神様か。堅苦しいのも納得だわ。如何にも厳格な先生って雰囲気。
そして月の女神のリュンヌ。何だか文学少女って雰囲気だね。アーティアやフィーンよりはお姉さんだけど、リュンヌもかなり若い。花の女子高生って感じの可愛い子だ。
「本日は、私どもがミナティ様のお相手を務めさせて頂きます。」
と、これまた威厳たっぷりな一礼受けた。
「はい…」
私はベレンガリアの威厳に気圧され、そう答えるのがやっとだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さてミナティ様。本日は王都を巡ってみませんか?」
ベレンガリアにそう提案され、嬉しくて思わず飛び上がりそうになった。
「え?本当?」
「はい。昨日、ミナティ様は大まかにではありますが王都を描写されましたから。その範囲でしたらミナティ様が街を歩く事は可能です。」
この言葉に、私は思わずウルッときた。やっと!この世界を自分の目で見れる!この時をどれ程待ち侘びた事か!
「行く、行くーー!」
私は意気込んで即答する。
「ではでは!お次は私の出番ですね~!」
と、軽やかな声が聞こえてきた。この声は…
「フレデリカ!」
姿を現したのは思った通り、現大魔法使いフレデリカ=リッツであった。
「ミナティ様、頑張りましたね~」
ニコニコとそう笑い掛けてくる。
「私もこちらに。」
と、神官長のクレメンティア=ローデットも一緒に現れた。
「神官長様。」
私がそう呼ぶと
「私の事は、どうかクレメンティアとのみお呼び下さいませ。」
そう言って、恭しく頭を下げる。
「え?でも…」
「この世界では、貴女様が最上位のお方でございますので。」
そう言われればそうだろうけど…そういうの、何だか落ち着かない。
「是非とも、お願い致します。」
そこまで言われてはNOとは言えない…
「うん、分かった。…努力する。」
私にはこれが精一杯だ。
「承知致しました。」
ひとまず神か…クレメンティアは納得してくれた。
「で、ミナティ様。王都を巡るのはいいけど、その格好のままじゃ…ちょっと、ね…」
フレデリカは、らしくなく口籠る。
今まで特に書かなかったけど、私もこの世界にいる時はギリシャ神話の女神様風なんだ。なんてったって創造神ミナティ様だもん。
聞けばこの世界の人たちは、ヨーロッパ風の格好なんだって。まあ、異世界転生って大体中世ヨーロッパ風だよね。私も何となくそんなイメージで書いていたし。
なので、街に出るなら着替える必要がある、と。そりゃそうだ。今の私の格好は如何にも女神様だもんね。こんな格好で街中を歩いたら変な目で見られる事請け合いだわ。下手をすれば女神様に対する不敬だと受け取られるかも。
という訳で、クレメンティアに着替えを用意して貰い、部下の神官たちに手伝って貰いながら私は女神様から街娘に変身したのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「わあ!大きい!綺麗!!」
私はキョロキョロと見回しては感嘆の声を上げる。
「ミナティ様。余りキョロキョロなさるものではありません!」
ベレンガリアの窘める声が聞こえる。
「いいじゃない。ミナティ様はようやくご自分の世界をご覧になって嬉しいんでしょ?」
とリュンヌ。リュンヌ~、よく分かってるぅ~!
「ふふふ、ミナティ様って子どもみたい。迷子にならないで下さいね?」
フィーンにそう注意された。…ううっ。見た目十歳のフィーンにそう言われると、大人としとの矜持が…
この会話で分かる通り、私の王都散策のお供は女神様たちである。…女神様を従えて歩くなんて、冷静に考えたら凄い状況だよね。
しかし…。この世界に来るようになって初めて外に出たけど…頭では理解していたものの実際に目の当たりにしてようやく実感した。ここは紛れもなく異世界だって事を。
「これが大通り?広いね~!うわ~、石畳~!通りの向こう、あんな向こうにある!」
女神様たちに先導されて神殿を出た私は、まず美しく整備された石畳に感動した。次いで予想を遥かに越える規模の大通り。流石に地平線の向こうという程では無いけど、大きな河の向こう岸くらいには遠い。
「うわぁ~、うわぁ~!」
こちら側には荘厳な神殿群が立ち並んでいて、それはもう圧巻である。
と、見るもの全てに歓声を上げる私に、流石に焦れてきたらしい女神様たち。
「ミナ…お嬢様。あちらにも面白いものがありますよ。」
少々顔を引き攣らせたリュンヌが何処かを指差す。
「?」
完全にお上りさん状態の私は、興味津々でそちらに目を向ける。
因みに街中では私は“お嬢様”と呼ばれる事になっている。私はミナでいいじゃん!と主張したが、ミナティはこの世界全員が信仰する女神様なので、その音が入る名前は畏れ多い!と名付けの際に避けられるのだそう。例外として、語尾にミナが付く場合とティは黙認されるらしい。あくまで頭にミナが付くと、って事みたい。…私は別に気にしないんだけどなぁ。てか、そんな設定した覚えは無いんだけど?
「お嬢様。それは我々の敬意でございます。」
ベレンガリアが教えてくれた。ああ、そうなんだね。
「ミ…お嬢様!あっちに行ってみよ!」
フィーンに勢い良く手を引っ張られ、私は危うくすっ転びそうになった。
「わ!ちょっと、フィーン?」
私はフィーンにグイグイと引っ張られ、必死に足を動かす。この子、風の女神様のせいかやたらと足が速いんだ。
「着いたよ~」
しばらく引き摺られるように走った後、無邪気に声を掛けられた。
「つ、着いた、の…?」
私はゼイゼイと息を切らしていた。私、この世界じゃ最高位の女神様だけど、身体能力は現実世界のままってか?
「ほら!見て!」
そう言われ顔を上げると、思いがけない光景に目を奪われた。
「ここ、公園?」
そこは大きな湖をたたえた緑豊かで、色とりどりの花が咲き誇る美しい公園だった。
「お嬢様。ここを作ってくれたでしょう?私、嬉しくって!お嬢様に一番に見て貰いたかったの!」
フィーンは、はにかんだ笑顔でそう言った。
「綺麗でしょ?」
「…うん、綺麗。とっても綺麗だね…」
その公園は、間違い無く私が思い描いた公園だった。
私は、何とも表現し難い感動に胸が打ち震え、しばらくその場から動けなかった。