自分の小説の中に入っちゃった…
「…え?」
私は状況がさっぱり理解出来なかった。
「ですから。どうかこの世界をお救い下さい、創造神ミナティ様。」
ギリシャ神話から抜け出して来たような見た目の女神様たちは厳かな表情で私にそう“お願い”してくる。
「…………」
私は何が何だかさっぱり分からず、ただ無言のまま女神様たちを見つめるばかりであった。
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私は高木美奈子。とある大手の工場で働くパートである。
性格は大人しく、というかはっきり言って根暗だ。学生時代に陰湿なイジメに遭い、それ以来の人間不信の為に人と接する仕事は無理。出来る出来ない以前に人間がひしめく環境に猛烈な拒絶反応が出るのだ。この感覚ばかりは実際にイジメに遭った人にしか分かるまい。
さて、そんな訳で大学まで卒業したにも関わらずパート勤務をしている訳だけれど…工場勤務だからといって対人関係が全く無い訳では当然無い。その日の工程の申し送りもあるし、パートという事は主戦力はオバチャン達な訳で。工場内は意外にオンナの世界だったりする。
とはいえ、仕事が始まれば流れ作業だ。ひたすら目の前の仕事に没頭していれば良い。一つの事を黙々とこなしていくのは苦にならないので、何だかんだで私に合った仕事なんだと思う。
しかし、人の中に居続けるというのは思いの外神経を削られる。特に私のように過去イジメられた経験を持つ人間には人の気配があるというだけで疲れ果てるものなのだ。
そんな私のストレス発散方法はネット小説を読む事だ。そこは普通ゲームだったりするんだろうけど、私は小説に走った。
元々ファンタジーは大好物で昔から色々読み漁っていたのだが、ネットを覚えて色んな人が投稿している作品に出会ってからはどハマりしている。
様々な人が描く勇者の冒険や異世界転生、神々や妖精が存在する世界観に夢中になって読み耽っているうちに何となく物足りなくなってきた。
そこで自分も書いてみよう!と思い立ち、書き始めたのが“癒やしのミナティリア”である。
“癒やしのミナティリア”は私の妄想が詰まりに詰まった、私の私による私の為の物語だ。
この物語はミナティという名の少女が沢山の仲間たちと共にそれまで混沌としていた世界を魔法で整え、平和で美しい世界を作り上げた所から始まる。それから争いは一切無い平和な世界で、ひたすらほのぼのした話が続いていく誰得な小説である。
そして今、目の前に居るのは何処からどう見ても“癒やしのミナティリア”の登場人物で……
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「え~っと…?」
自室で眠っていた筈の私が、いきなり自分が書いた小説と思われる場所に連れて来られて世界を救ってくれと言われても何が何だかさっぱり分からない。取り敢えず一体何が起こったのか説明して欲しい。
「あの…、取り敢えず何があったか説明して下さい…」
私は恐る恐る目の前の女神様たちにそうお願いする。自分が作り上げたキャラに謙ってお願いするというのは奇妙な感じだが、何はともあれ事情が分からない事には何も出来ない。
「…本当に何もご存知無い、と?」
女神様たちは信じられない、と言わんばかりに目を瞠る。
「…はい。」
私は頷く。すると女神様たち、大きく溜め息を吐き力無く首を振る。そんな反応をされても分からないものは分からないんだけど。
「分かりました。実は…」
女神様たちの話を要約すると、平和で穏やかな時間を満喫していたこの世界に突如悪意ある侵略者が現れあちこちで悪意をばら撒き、次から次に争いを引き起こしているそうな。そして悪意に免疫の無いこの世界の住人たちは瞬く間に悪意に染められ、些細な事で争い合うようになったとか。
女神様たちは当初、争いが起こる度に介入し何とか事を収めてきたが、余りの件数の多さに手に負えなくなってきた。
そこで彼女たちは考えた。この世界の創造主、ミナティの力を借りようと。創造神ミナティならば悪意ある侵略者を駆逐するのは容易いだろうと。
「……………」
私は二の句が継げなかった。
確かに私がこの世界を作った。現実世界の嫌らしさから逃避する為に自分の理想とする穏やかで美しいこの世界を作り上げた。だがしかし…
「悪意ある侵略者って何よ…」
そんなもの一切想定してないぞ!と心の奥底から叫びたい。自分はただ、穏やかで優しい日々を送りたいだけなんだ!勝手に人の世界をぶち壊さないで欲しい。
「ミナティ様が作り上げたような穏やかな世界を忌み嫌い、壊滅させようとする者たちです。」
淡々と、調停の女神リブラが答えてくれる。
「何それ?すっごく迷惑なんだけど?」
私が膨れっ面でそう言うと
「本当にね~、折角ミナティ様が平和で美しい世界を作ってくれて私は大活躍しているのに~」
と言っているのは芸術の女神アーティア。
「誠に。奴らには困ったものです。」
これは学問の女神エスターシャ。
「全く。奴らには目にものを見せてやらないと気が済まない!」
と言うのは武芸の女神サラマンディア。
「…………」
実に個性豊かな女神様たちである。
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「で、世界を救うって…具体的に何をすればいいの?」
大体、人の創作話を壊滅させるとか意味が分からない。気に入らなきゃ読まなきゃ良いだけだろうに。
「ミナティ様に、このお話の続きを書いて頂きたいのです。それも早急に。」
非常に真面目な表情でリブラが告げる。
「まあ、それはいいけど…?」
思いもよらない話しにポカンとなりつつ取り敢えずそう返す。というか彼女たち、自分たちが私の小説の登場人物(神物?)だと理解しているのかな?リブラの言い方だと、どうもそれが前提になっているっぽいけど…
「けど何でそれがこの世界を救う事に?」
私は首を傾げる。
「…非常に申し上げ難いのですが…」
エスターシャが言葉を濁す。
「この世界(お話)はまだまだ設定が穴だらけなのです。」
「………」
そりゃ仕方無い。この話は書き始めたばかりだ。まだ数話しか書けていないから設定も背景もまだまだ披露しきれていないし、そもそもまだ練り上がっていない。
「悪意ある侵略者はその穴を突いて世界を滅茶苦茶にしているのです。ですので、先ずはミナティ様に設定や背景をしっかりと確立して頂くのが急務かと。」
「はあ…」
まあ何となく状況は分かった。何でか知らないが平和で穏やかなこの話が気に入らない奴らがまだ決まっていない設定の穴を突いて好き勝手にぶち壊しまくっている。で、この世界の創造者である私がその穴を埋めて奴らに付け入らせないようにしろ、という事だな、うん。
「うん。まあ状況は分かった。やれるだけやってみるよ。」
そう返事を返すと
「やれるだけ、ではなく絶っ対!にやって下さい!」
リブラに凄い剣幕で言われた。
「…はい」
私は大人しく返事をした。