94. アドリアとロットバルト
※ 2025/5/21 修正済み
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『アドリア姉さまは、王太子妃に世継ぎができるのを阻止すると思ってたけど。──まさか妊娠する協力をするとはね。それも媚薬どころか、出産の秘薬まで渡すとは意外でしたよ』
そう言ってロットバルトは、白シャツの胸元からもう一本煙草を取り出した。
トントンと煙草を机上に叩いてから、マッチで火をつけて吸い始めた。
『そう、あなたが作った秘薬を飲めば、若い女なら出産はできるわ。だけどロット、あなたは医者だから王太子妃を一目見てわかったでしょう。──あの虚弱の体ではまず子は無理。運よく孕んだとしても母子ともに、死産になるリスクが高すぎるわ。出産は王太子妃にとって自殺行為だわよ』
『それが分かってて……なぜ媚薬どころか、秘薬まで渡したんです?──敵側とはいえ儚げな淑女だ。僕なら可哀そうでとても渡せないな』
『あなたは若い淑女に甘いからね。でもなぜといわれると、う〜んなぜかしらね?』
アドリア妃は、考え込むように天井をぐるっと仰いだ。
『一つはあの娘の気迫かしら、あなたは男だから女の意地が分からないだろうけど、メルフィーナ王妃は公妾を立てようとしている。つまり子が出来ない王太子妃を見捨てたのよ。あの人形みたいに王妃の腰巾着と言われてたマーガレットをね。──その彼女が妾の宮まできて頭を下げるなんて前代未聞よ!』
『ああ、なるほど……よほど公妾がショックだったのか』
『彼女、必死な形相だったわよ。相当、正妃を降格されるのが許せなかったのでしょう。──あ、ちょっとロット、灰が床に落ちるじゃないの、もうあなたっていつもだらしがないんだから!』
アドリア妃はロットバルトを叱った。
不機嫌そうに、戸棚から灰皿を出して机上に置く。
『ほら、ここにちゃんと煙草の灰を落としなさい!』
『あ……すみません──』
どうやらアドリアは綺麗好きなようだ。
ロットバルトは無頓着みたいだ。
アドリア妃はパタパタとうっとうしそうに扇を煽ぎだした。
『なんだか今日は暑いわね。やけに喉が乾いたわ──私の部屋でワインでも飲みましょうか! ライナスから貰った珍しいワインがあるわ』
『それはいいですね──』
ロットバルトは、吸い殻を灰皿にギュッと潰して捨てた。
※ ※
アドリア妃の部屋は居間と寝室が分かれており、この部屋も赤と紫を基調にしたエキゾチックであった。
大きな椰子の葉や異国のタペストリーが飾ってある。
貿易商から購入したような、とても珍しい調度品が多かった。
何やらお香も焚いているのか、不思議な香りが室内に立ち込めている。
『このマラカイトワインはとても美味しいわ、セルリアン地方産の葡萄で作ったそうよ』
とアドリア妃はグラスについだワインを満足そうに飲む。
『へえ〜セルリアン産か。エメラルド色のワインとは珍しい、僕の好きな色だ』
ロットバルトはセルリアン産と聞いてニヤッと笑った。
アドリア妃は長い睫毛を瞬かせて、ロットバルトに目線を移した。
『極秘事項だけど、公妾の候補にエドワード公の奥方も入ってるみたい。どうやら王妃はマーガレットを捨てて、実姉のエリザベスを息子の嫁にしたいらしいわ』
『まさか、彼女は既婚者なのに?』
驚くロットバルト。
『王妃宮の間者からの報告だから間違いないわ、公妾は既婚者でもいいのよ。さらに世継ぎを産めば王妃だってなれる地位よ。普通の側妃とは違う──私もライナスにプロポーズされた時に、公妾になりたいと願い出てれば、今頃は王妃になれたかもしれないわね』
『いやいや、あの女傑のメルフィーナ様なら腕ずくでも姉さまの王妃は阻止したでしょう。けれどもエリザベス夫人が公妾とは──』
内心、穏やかではない様子のロットバルト。
『ふふ、お前エリザベスが好きなんでしょう。あの容貌はロットが小さい頃から好きだった“緑の女神”そっくりじゃないの?』
『え、ええまあ……僕の好みですけど……』
──そっくりというより、どうやら本物らしいんだよな。
と、内心ロットバルトは思った。
ロットバルトはアドリア妃には、今の段階でエリザベスの秘密を知らせたくないなと思った。
乳母のグレースは、彼女が緑の女神に間違いないと確信してはいたが、ロットバルト自身、まだエリザベスが本物かどうか確信が持てなかったからだ。
それよりもロットバルトは、己の男の欲望として、エリザベスと会う度に渇望している感覚に戸惑っている。
あの夕立の薬草農園の時を思い出して、ロットバルトは少し顔が赤くなった。
──こんな気持ちは初めてかもしれないな。
ロットバルトはにやっと笑ってワインをグイッと飲んだ。
『そうだ、ロット。あなたがエリザベスを奪っちゃいなさいよ!』
『へ?』
まるでロットバルトの心を、見透かされたようなアドリア妃の発言だ。
『なにいってるの姉さま!』
『だから、マーガレットが妊娠したら、エリザベスをあなたが誘惑すればいいわ。ロットならあの娘を嵌めることなどお手のもんでしょう。さすればマーガレットも死なずに済むし、失敗してもエリザベスが公妾の地位を失脚するだけよ、上手くいけばエリザベスは追放される。後はあなたが例のアレを使ってガーネット王国に匿えばいいのよ』
『はああ〜??』
ロットバルトは思わず変な声をあげた。
『ちょっとまってくれ! 僕にはアドリア姉さまの言ってることがよくわからないな』
ロットバルトは苦笑いをした。
『いいから、もっとこちらに来て!』とアドリア妃は、ロットバルトを自分に引き寄せて小声で囁く。
『いいロット、私はね、まだ息子のフレデリックを国王にする夢は捨ててないのよ。病弱なマーガレットならともかく、エリザベスが王妃になったらロバートは必ず国王になってしまう──あの娘は器量といい度胸といい王妃の器よ。国民たちは彼女が王妃になれば歓喜するでしょうよ。そしたらロバートは安泰よ。私はそれだけは何としても阻止したいのよ』
アドリアは真剣な表情でいった。
『だから私の計画はこうよ……』と更にアドリア妃は声を潜めて、ロットバルトにコソコソと耳打ちする。
ロットバルトはアドリア妃の秘事を聞きながら、紫色の瞳がみるみるうちに妖しく輝いた。
※ 何やら2人はエリザベスを貶めようとしてます。
ロットバルトは描いてて、どうも掴みづらいキャラクター(笑)
こちらが振り回されています。




