82. アーサーとリリアンヌ(2)
※ 2025/5/17 修正済み
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『ねえリリアンヌ、今すぐに僕の婚約者になってよ!』
ローズ・クォーツ家の嫡男の11歳のアーサーが、4歳のリリアンヌに婚約を申し込んだ。
『アーサーしやま、こんしゃくしゃってなあに?』
『あのね、僕と大人になったら結婚する約束をするんだよ』
『けっこん?』
リリアンヌは何もわからない。
『ははは、残念だけどアーサー君、家のリリーはまだ幼女だ。婚約は流石に早すぎだよ、もう少し大きくなってから申し込みたまえ』
エドワードは、娘がキョトンとした顔を見て嬉しそうにふんぞり返っていった。
『え、でも僕はリリアンヌ嬢を見てピピーン!と来たんです。“絶対にこの子が欲しい”って!』
『君ね~、いくら誕生日だとはいえ家の娘はモノじゃないよ、そんな簡単にあげないよ!』
とエドワードが、子供のアーサーにむきになる。
『ちょっと旦那様、大人げないわよ。ごめんね、アーサー君。気持ちはとても嬉しいのよ。でもリリーはまだ小さいから少し待ってくれる?──あとちょっとすればリリーも“婚約”の意味がわかると思うわ』
エリザベスは丁寧にアーサーにお礼をいう。
『でも、エリザベス様。僕は諦めたくない、こんな可愛い女の子はそうはなかなかいないです』
『アーサー、しつこいぞ。その態度は紳士らしくない。今日は諦めなさい。リリアンヌ嬢はまだ4歳で、婚約の意味もわからないのだ、お前の気持ちは伝わったからもう少し待ちなさい!』
『父様…』
アーサーは父親に叱られて顔を曇らせる。
『そうだよ、アーサー。リリアンヌちゃんとは、これからも何度も会えるから。無理強いするとかえってリリアンヌちゃんに嫌われちゃうよ!』
すかさず母のグレースも窘めた。
『母様まで……』
アーサーはなかなか納得しない。さらに半べそになってきた。
よほどリリアンヌのことが気に入ったみたいだ。
そのアーサーをじっと不思議そうに見ていたリリアンヌは、とことことアーサーの側に歩いてきて──。
『リリー、アーサーしゃますきよ。でもリリーあしわるいから、いっしょに、はしれないの、それでもいい?』
『えっ?』
びっくりするアーサー。 すかさず、リリアンヌの足を見た。
『……』
言われてみれば、確かに片足を引きずって歩いてるように見える。
だが、ほんの少しで気が付かないくらい僅かなものだ。
でもアーサーは突然、リリアンヌから言われて驚愕した。
この美少女が、足が悪く走れないなんて夢にも思っていなかったからだ。
しかしアーサーは、逆に今まで自分の心になかった新しい衝動に、胸が揺り動かされもした。
大人たちも、リリアンヌの突然の言葉に驚愕した。
──ああ、リリー
誰よりも驚いたのは母のエリザベスだ。
娘のことばを聞いて、心臓が止まりそうなくらいショックを受けた。
『それでもいいならリリー、ポニーがみたい、アーサーしゃまと、いつしょにみたい』
そういってリリアンヌは緑の瞳をキラキラさせてアーサーに微笑んだ。
『ああ、いいとも。それでもいい! それなら尚更だ。僕が一生リリーの足の代わりになるよ!』
『………アーサー』
グレースが思わず息子に声をかけた。
『ほら、リリー。僕の背中に乗って』
『え?──』
『僕がおぶってあげる、これからポニーを見に行こう!』
アーサーは厩舎は、庭園の端もあるためリリアンヌの足では大変だと思った。
それでアーサーはリリアンヌをおぶって厩舎へ行こうとした。
ローズ公は『アーサー、子供じゃ無理だ、従者を呼ぶから待て』
『大丈夫だよ、父上。友だちの中で僕が一番力持ちなんだから!』
アーサーはリリアンヌを無理やり、背中に乗せようとする。
『……あっ!』
リリアンヌがバランスを崩してよろけそうになる。
『危ない!!』
エドワードが、よろけたリリアンヌを支えて、直ぐに抱っこをした。
『はぁ……アーサー君、危ないよ。君にはまだ無理だ、私がリリーを抱くから、一緒に厩舎へ行こう』
『──エドワード公爵様……でも僕リリーを……』
アーサーはリリアンヌを取られて、ちょっと悔しそうだ。
エドワードは、アーサーの肩を軽くポン!と叩いた。
『さっきの言葉はありがとう、君のリリアンヌの気持ちは僕に十分伝わった。父親としてとっても嬉しかった。さっき君がいったリリーとの婚約の件、もう一度妻と相談してみるよ。だから今日のところは、私がリリアンヌを抱くから、君は厩舎を案内してくれないかい』
『え、本当ですか、エトワード公爵さま。承知しました。僕、とても嬉しいです、どうもありがとうございます!』
アーサーはエドワードの肯定的な発言に、ぱぁと顔が輝いて子供らしく笑顔になった。
『エリザベス、ちょっと行ってくるよ。グレース夫人、悪いがエリザベスをよろしく頼むよ』
『旦那様……』
エリザベスは既に、泣きそうな顔になっていた。
リリアンヌの顔が見れないほど、娘のむじゃきな発言は、エリザベスにとってはとても傷ついた発言だった。
すかさずグレースがアーサーに促した。
『ありがとうエドワード公。アーサー、しっかりとリリアンヌちゃんを馬屋へ案内するんだよ』
『はい、母様!』
そのまま、リリアンヌを抱いたエドワードとアーサーは、厩舎へ向かっていった。
三人を見送るエリザベス。
※ ※
『リズ、大丈夫?』
グレースが心配そうにエリザベスの肩に触れた。
『グレース、正直ショックだったわ。リリーはあんなに幼いのに、自分の足を卑下してたのね』
『卑下だなんて………まだ幼い子だよ! だけど確かにしっかりと自分の足のことは理解してたね、アーサーにきっちりと足の理由を話すなんて私もびっくりしたよ──だけどリズ、あなたの娘はとても強い子だよ。これは凄いことじゃないか。しっかりするのは母親のリズの方だよ!』
『ええ、ええグレース、頭では分かってるのよ、だけど……』
『リズ──?』
エリザベスは目眩がして、思わずグレースにもたれかかってしまった。




