78. ぎくしゃくする母と娘
2025/5/16 修正済み
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リリアンヌが突如いなくなった"Queen Bee"(クイーンビー)チャイルド店内の人々は騒然とし始めて、手分けして探し出した。
そうこうしているうちに、エリザベスとグレースも到着して、すぐにアンナはエリザベスに事情を説明した。
『なんですって、リリーがいない?』
エリザベスはすごい形相でアンナに問い詰めた。
『はい、奥様、私が化粧室へ行ってる間に、お嬢様がベッドから居なくなってました。ほんの数分程度でしたが…』
『ほんの数分程度って、そんな短時間でリリーが消える訳ないでしょう!』
と怒り出すエリザベス。
『本当に申し訳ありません、奥様。ですが本当なんです』
『あなた、いい加減な事行っても嘘はすぐばれるわよ、あの子の足が悪いのをご存知でしょう、そんな子が遠くまで行けるわけ無いわ──どうせリリアンヌがお昼寝してる間に、放ったらかしにしてたんでしょう?』
『は、ええ奥様、はいい、もちろん足のことは存じております…わ、私の責任です。本当に本当に申し訳ございません……』
アンナはエリザベスの剣幕に、タジタジとなって頭を深く下げ続けた。
涙がポタポタ溢れて、恐れと不安でどうしていいかわからなくなっている。
周りにいる店員やお針子たちも、アンナと同じ気持ちでシーンと静まり返っていた。
テレサ以外の店員たちは、エリザベスとは初対面であった。
毎年春と秋だけ、リリアンヌとお店にくるのはいつも父親のエドワード公だったからだ。
グレースの婦人服のモデルを務め“緑の女神”といわれるくらい美しい奥方がいると耳にはしていたが、まさか温和なエドワード公爵の奥様が、これほど怖い夫人と思ってはいなかった。
皆、アンナに同情の眼を送っていた。
『ねえ、リズ。そう頭ごなしにアンナ嬢を責めても仕方ないよ』
グレースが周りの空気を察したのか、エリザベスの肩を優しく擦った。
『──だってグレース……』
エリザベスも流石に、幼いメイドのアンナに、キツく言い過ぎたと気がついて顔を赤くした。
『うーん、お店を隅々まで探していないなら、外へ出たのだろうね、まずはみんなで近辺を探そう』
『先ほど、この近辺の通りは大方探したのですけど、見当たらなかったのです』
と、店員のテレサがびっしょりと汗をかきながらいった。
よく見ると他の者もアンナも汗をかいている。
リリアンヌがいなくなった後、皆で必死に手分けして探したのだろう。
『そうか──公園は?』
『あ、まだです、そこまでいくとは思わなかったので⋯…』
幼い子供が、通りを隔てて公園まで行くとは考えていなかった。
『まだなら、とりあえず公園も探して見ようよ!』
と、グレースたちが入口へ行こうとすると、チリリンとベルが鳴ってドアが開いた。
ドアが開くと、赤い風船をもったスリリアンヌが立っていた。
『リリアンヌ様』
『リリー!』
アンナとエリザベスが、同時に叫ぶ。
思わずリリアンヌを抱きしめにいこうとするエリザベス。
だが──
『アンナ~!』
とリリアンヌは風船を手から外して、アンナの胸に飛び込む。
『リリアンヌ様〜良かった!』
アンナも泣きながらリリアンヌを抱きしめる。
『ごめんなしゃい…アンナ〜ううっ…』
リリアンヌもアンナが泣いたせいか、つられて泣き出した。
二人を茫然と見つめるエリザベス。
グレースや周りの店員等もリリアンヌが戻ってきてホッとしたが、リリアンヌ嬢が母親の公爵夫人よりも、メイドのアンナの胸に飛び込んだ姿に、微妙な空気が漂っている。
それでも、エリザベスはやれやれとホッとした表情になった。
──兎に角、見つかって良かったわ。でもこの娘は母親など眼中にないわね。
まあ当然だわよ。四六時中アンナと一緒にいるんだもの。だけど……
エリザベスはリリアンヌが見つかって安堵したが、どこかいい知れない寂しさも感じた。
グレースはエリザベスの傍に行き、肩をポンポンと軽く叩いた。
はっとしたエリザベスは、グレースを見る。
グレースは微笑んだ。
エリザベスも微笑み返した。
エリザベスは気を取り直して
『リリー、どこに行ってたの?』
『あ、おかあしやま。こんにちは、あ、ごめんなさい』
リリアンヌは、今初めてエリザベスがいることに気がついたようで、少し顔がこわばった。
『黙って一人で外に出たら駄目よ。皆で心配してたのよ、何処に行ってたの』
『あ、あの、ふゆうせんさんをおって、こうえんいったの』
『ふゆうせん?』
エリザベスには幼児言葉がよくわからない。
『奥様、多分あの風船のことではないかと…』
とアンナが、天井にぶつかって、止まっている赤い風船を指した。
天井に遮られて、赤い風船が止まって、ゆらゆら揺れていた。
『ああ、風船のことね』
『あのね、ふゆうせんさんが、こうえんのきにとまったの、そしたらおにいしやまがきて、リリーをだっこしてリリーが、ふゆうせんとったの』
『男が抱っこしたですって?』
エリザベスは男がリリーを抱っこした、と言った事だけ反応した。
『それでどうしたの、その男はどこにいるの?』
『あ、えっとえっと、ここまでリリー、だっこしてきたよ』
リリアンヌは、エリザベスのキツイ顔が、とても怖いのかびくびくしてる。
エリザベスはお構い無しに、入口のドアを開けて通りを見た。
※ ※
3時過ぎの公園通りは、桜の花びらがヒラヒラと舞い散る中、沢山の人々が花見を楽しんで、止まったりぞろぞろと歩いている。
──リリーを連れてきた男はどこ?
エリザベスはキョロキョロ辺りを見回したが、それらしき男の姿はいない。
諦めてドアを閉めようとした瞬間──、
『!?』
その若者はいた──。
背が高い男が店の少し遠くから、エリザベスを見つめていた。
白いシャツ、黒のスラックス。
金髪のサラサラ髪をなびかせて整った顔立ちだが、口角を高くあげて笑う姿は悪魔のように見えた。
エリザベスが驚愕したのは、男の瞳が紫水晶のように光っていたからだ。
──あの男、もしかしてロットバルトじゃないの?
エリザベスはギョッとした。




