07. 父と娘と母のティータイム(2)
※もう少しティータイムが続きます。
※ 2025/4/24 修正
◇ ◇ ◇ ◇
光輝く日光の燦々と降る中、白い壁に遮られた日陰のテラス。
夫のエドワードと妻のエリザベス、娘リリアンヌはティータイム中である。
薔薇茶とチーズケーキを美味しそうにほおばるリリアンヌ。
口元にクリームが付いてるのを、エリザベスが優しくナプキンで拭いてあげる。
──ああ、リリーってこんなにも可愛いかったのね!
わたくしったらなんておバカさんだったのかしら。
エリザベスは、リリーのやわらかなウェーブの金髪を撫でながらとっても嬉しそうだ。
リリーは4歳で来月5歳になるはず──。
娘の顔を繁々と見つめるエリザベス。
──この子の見事な金髪は父親譲りで、大きな緑の瞳はわたくしとそっくりじゃないこと?
エリザベスは自分のチャームポイントは、輝く緑の瞳だと自負している。
娘に受け継がれたことがとても嬉しい。
──他にもすっとした形の良い鼻、ふっくらとした小さな唇。右側に片えくぼがあったなんて気が付かなんだわよ。
笑うとなんて愛らしい凹みなんでしょう、思わず指でつんつんしたくなるわ。
顔かたちはわたくし?それとも旦那様かしら?
こんなに可愛いのに⋯⋯わたくしったら、なぜ赤子の時は“醜いサル”なんて思ったのかしら……?
不思議ねえ、きっとあの頃は産後疲れで、わたくしの頭がおかしかったに違いないわ。
エリザベスはリリーのほっぺに何度もキスをして、自分の顔をすりすりとリリアンヌにくっ付ける。
「ああ、なんて可愛いんでしょう! わたくしのリトル・プリンセスちゃん!」
「きゃっ、おかあしゃま、くすぐったい!」
リリーは嬉しそうに顔を赤らめた。
まだドキドキおどおどしてるけど、さっきから娘の目線はエリザベスに釘付けだ。
無理もない──。
明るい日差しの中で、薄化粧をほどこしたエリザベスの笑顔は、クリソプレーズの緑の女神様の如く破壊的な美しさである。
──おかあしゃまって、こんなやさしいせいぼさまみたいな方だったのね⋯⋯。
幼いリリアンヌがそう思うのも仕方がない。
これまでリリアンヌは、母親はとても怖い女の人だと思っていたのだ。
──わたしのおかあしゃまは、おとうしゃまの奥しゃまで、こうしゃく夫人であって、この前、えほんでみた、つめたい、ゆきのじよおうさまみたいなひと──。
という気持ちしか、リリアンヌは母に対して持っていなかった。
なので女神のような女性が、自分を抱き寄せたり、頬ずりしたり、ケーキを食べさせてくれるなんて、驚きの連続でもあり幸福でもあった。
「ほら、スコーンもとってもおいしいわよ、苺ジャムを塗ってあげるわね!」
「あん、おかあしゃま、もうおなかいっぱい……」
「あら、まだ半分しか食べてないじゃない、もっと食べないと大きくなれないわ」
エリザベスは手でスコーンを小さく割って、リリーの口に入れた。
自分の口にもぽいっと入れて、もぐもぐと頬ばった。
「うふふ、おかあしゃまのほぺたにも、ジャムがついてる」
「え、どこどこ……?」
今度はリリアンヌが母親の頬についたジャムを、ナプキンで拭いてあげる。
「ありがとう、リリー!」
「うふふ⋯⋯」
ふたりを見つめる執事のアレクとメイドのアンナも、仲睦まじい母娘にほっこりとした顔になる。
レモン君がふたりの側へのそのそと寄ってきた。
「僕もスコーンが欲しいよお」といわんばかりに「ク~ンク~ン!」
と鼻を鳴らしてエリザベスにおねだりする。
「あ~ら、レモン君も甘党でちゅか? 確かレモン君はマーマレードジャムがお気に入りだったわね、今付けてあげまちゅねぇ」
と赤ちゃん言葉で、マーマレードジャムをつけたスコーンをフォークでほぐして、レモン君のお皿に置いてあげる。
「あれ、おかあしゃま? どうしてレモンくんマーマレードジャムがすきてわかったの?」
「え?」
「レモンくんとおかあしゃま、はじめてあたよね?」
「あ……!」
──そうだった、レモン君は今年の初め、エドワードがリリーに購入してあげた犬だって聞いてたわ。
ううう──また失敗、わたくしはずっと王都にいたんだから、今日初めてレモン君と会ったのね!
まさか、過去に会ってるなんていえないわよ。
そういえばレモン君は、わたくしの命の恩人だったわ!
もしあの時──レモン君がいなかったらわたしはどうなっていたか⋯⋯。
エリザベスは過去の出来事が、頭の中を一瞬よぎる。
「おほほほ! 勘よ、勘だわ、レモン君は黄色い毛をしてるでしょう? ママは黄色いマーマレードが好きなのかな〜?って思ったのよ」
「カン? カンてどういういみ?」
幼いリリアンヌにはエリザベスの言葉の意味がわからない。
「ええとね⋯⋯勘というのはね、何となく未来はこうなるのかしらねえ⋯⋯と思うことよ」
半眼になって答えるエリザベス。
きょとんとしているリリアンヌ。
その間、ぺろぺろと美味しそうにスコーンを食べるレモン君。
黄色のフワフワの被毛がべったりと、マーマレードジャムとスコーンのクズがくっついている。
「くうぅ……くっうぅ……」
と被毛にくっついたジャムが気になるのか、前足で顔をフキフキする動作が丸っこくて可愛い。
更に前足までジャムのベタベタがついてしまう。
またなんとも、ペロペロとなめる姿がコロコロ&もふもふして愛らしい。
「「キャー、レモン君、とってもかわい~!」」
同時にリリーとエリザベスは、レモン君の食べる様子がとても愛らしくてはしゃぎだす!
◇ ◇
一人離れたデッキチェアに座り、煙草をぷかぷかと吸いながら妻と娘を凝視するエドワード。
──何だ? 一体何が起こったのだ!
なにか白昼夢でも見てるのか?
私の眼にはエリザベスが良妻に見えるぞ?
妻と娘の仲睦まじい様子にエドワードは、まるで狐につままれたような気分だった。
──どうにも、信じられん。今日のエリザベスの行動は余りにも胡散臭すぎるだろう!
と同時にエドワードの瞳に映るエリザベスの笑顔が、独身時代、自分に微笑んでくれた美少女の顔と重なって、郷愁も感じてはいた。
ロバートは、昔の切なかったあの頃に思いを馳せていく。
そうだった⋯⋯彼女も私の容姿をやたらと褒めてくれた時期もあったな──。
ただあの頃のエリザベスは、私など眼中はなくロバート王太子に夢中だったけれど⋯⋯
※次回からは夫婦の生い立ち(回想)が続きます。