77. 春風の悪戯(いたずら)(2)
2025/11/27 修正済み
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"Queen Bee"(クイーンビー)チャイルドの店内。
リリアンヌの新しいドレスは型紙をとり、仮縫いを済ませて今日の作業は終わった。
その後、リリアンヌとアンナはお店のティーサロンで昼食をとった。
このサロンは顧客の子供の為に個室にはベッドルームも装備しており、お昼寝もできた。
個室はベランダから、そのまま庭園に面しており、庭の垣根を越えるとすぐ公園通りだった。
グレースは、店の中に来店した子供や付添いの婦人たちが、待ち時間も楽しめるようにと、こじんまりとした庭園も造った。
芝生と色とりどりの花壇に囲まれて、ティータイム用のテラスもあり日光浴もできる。
アンナは、リリーのベッドの側の肘掛椅子に腰かけて、本を読んでいた。
リリーはすやすやとよく寝ている。
3時過ぎにエリザベスとエドワードが、リリーを迎えにやってくる予定だ。
それまでは、グレースの子供服サロンでリリアンヌとアンナは、自由行動の予定だった。
──リリアンヌ様、よく眠っておられるわ、今のうちに用をたしてこよう。
と、アンナは店の化粧室へと席を少しだけ外した。
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『んん、アンナ……?』
アンナが出てった直後に、リリアンヌは目を覚ました。
リリアンヌは、部屋の回りを見回す。
誰もいない──。
少し不安になったリリアンヌはベッドから起き上がり、日光が射しているベランダまで、トコトコと歩きだした。
『わあ、おはながいっぱい!!』
寝ぼけた顔のリリアンヌのエメラルドの瞳は庭園を見て、パッと大きく見開いた!
こじんまりとした庭には、赤や黄色いチューリップや紫色のヒヤシンス。
白いベルの形が可愛い鈴蘭、オレンジ色のマリーゴールド等の春の花たちが、陽光の中で見事に咲き誇っていた。
リリアンヌはまるで花の匂いに惹かれるミツバチのように、備え付けの子供用サンダルを履いて庭へ出た。
『わああ、ちーりっぷだ!』
リリアンヌはチューリップ畑によっていき、すっごく嬉しそうだ。
その一本の赤いチューリップに、黄色い蝶がとまっている。
『ちょうちょさん!』
リリアンヌは屈みこんで、ひらひらと花から花へと渡っていく、蝶々を不思議そうに見つめた。
その時ふいに──ザザザサザサァァ……
と、強い春風がリリアンヌの周辺をとりまくように舞いあがった!
『キャッ!……』
強い春風によろけそうになるリリアンヌ。
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん……
すずめがバタバタと一斉に大空を飛んでいく。
リリアンヌが空を見あげると、真っ青な空に赤い風船がふわりと飛んでいた。
『あ、ひゆうせん……!』
赤い風船はふわふわと浮かんで、どんどん風に流されていく。
『あ、まって……!』
『おいで~、おいで~』
リリアンヌは風船が自分を呼んでいるように聞こえた。
そのまま風船の飛んでいく方向へ、導かれるように歩き出していく。
いつしかリリアンヌは、庭の垣根にある入口の扉を開けて表通りに出てしまった。
風船はリリアンヌに手招きしているかのように、ゆっくりと飛んでいく。
『まって、まってふうしぇんさん、いかないで!』
ヒョコヒョコと歩くリリアンヌ。
そして赤い風船は通りを渡った公園の中の、1本のクヌギの木の枝にひっかかった。
『ああ、ふゅうせんさんが止まった!』
リリアンヌも、クヌギの下までよろよろとたどり着き、止まった風船を取ろうとして手を伸ばした。
まだ若いクヌギは他の大木より低いが、小さなリリアンヌには高すぎて届かない。
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その頃、グレースの子供服のサロン内は大騒動になっていた。
化粧室から帰ってきたアンナが、リリアンヌベッドが間抜けの殻だった!
『大変だわ、リリー様がいない!』
驚いたアンナは、部屋の中をあちこち探してベランダから庭に出て必死に探し回る。
入口の扉はしっかりと閉まっていたから庭へ出たのか?
『お嬢様──! リリアンヌお嬢様~!!』
アンナは、血相を変えてテレサたちがいる、お針子たちのいるサロンへと走っていく。
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一方、リリアンヌは公園のクヌギの下で風船を取ろうとして、ぴょんぴょんとぎこちなく跳ねている。
足をひきずっているからとても跳びにくそうだ。
『おやおや、小さいお嬢ちゃん、どうしたんだい?』
リリアンヌの前には見知らぬ若者が立っていた。
『あ、おにいしゃん⋯⋯あのね……ふゅうせんが木にかかってるの……』
リリアンヌは泣きべそ顔で若者にいった。
『フフ、あの風船が欲しいのかい?』
『うん、だってあの⋯⋯ふゆうせんさん、リリーにおいでおいでっていったの!』
『へえ~、お嬢ちゃんは風船の言葉がわかるのかい?』
『ううん、よくわしゃんない、でもリリーに「おいで、おいで」っていったの、リリーのふゅうせんなの…』
とリリーは、見知らぬ若者に一生懸命に説明した。
『そうか。では僕と一緒に風船をとろうね~♪』
といって、若者はリリアンヌを『よいしょっ』と抱っこしてから肩車に乗せた。
『わあ、ちゃかい、ちゃかい!!』
リリーは若者が肩車してくれて、とっても嬉しそうに笑った。
『ほら、風船の紐をそっとつかんでごらん!』
『うん……』
木はそれほど高くなかったので、背が高い若者が手を伸ばせば届く位置だが、若者はあえて肩に乗せたリリーに取らせた。
リリアンヌは木の枝に止まってた風船を、そおっと気を付けて掴んだ。
風船の紐はしっかりとリリアンヌの小さな手の中にあった。
若者はリリーを肩車から降ろしてそのまま抱っこをする。
『おにいしゃん、ありがとう!』
リリアンヌのエメラルドの瞳がキラキラと輝く。
『どういたしまして、あれ、お嬢ちゃんの眼はとっても綺麗な緑色だね!』
リリアンヌの可愛い鼻を、ちょこんと指で触ってにっこりと笑う若者。
『うん、おかあしやまとおなじいろよ!』
『へえ、そうなんだ、緑の宝石みたいに綺麗だね』
若者は口角を高くあげてにやりと笑った。
『おにいしゃまのかみは、おとうしゃまとおなじいろ』
『金色かい?』
『うん、きんのいろ』
『風船の秘密を解いたお嬢ちゃんに、いいこと教えてあげよう。この赤い風船さんをよ~くみてご覧?』
若者はリリアンヌが持っているふわふわ浮いている風船を指をさす。
『?』
きょとんするリリアンヌ。
『わからないかい──?』
『あかいふゅうせん!』
リリアンヌも風船を指さした。
『惜しい!お嬢ちゃん、よおく見てごらん、この赤い色はただの赤じゃないよ』
『え~あかじゃないの?』
『うん、ただの赤じゃない。だから、この風船は特別な名前があるんだよ』
『なまえ?』
『うん、マジェンダ(赤紫)という名なんだよ』
『まじぇんあ?』
『そうだよ、紫色に近い赤なんだ』
『ふうん、むらさきいろ。あ、おにいしゃまの、おめめのいろだ!』
『ああ、そうだ!よくわかったね、君はとってもいい子だ!』
若者はリリアンヌの頭を優しくゆっくりと撫でた。
『うん、まえにリリーのおとうしゃまが、むらしゃきの、いしをみせてくれたの、とてもキラキラしてた』
とリリーは大きく手を広げた。
『そうかい、リリーちゃんはとっても頭の良い子だね、まるで僕の緑の女神のようだね~』
若者の紫水晶の瞳が妖しく赤く光り、薄い美しい赤い唇はククッと楽しそうに笑った。




