76. 春風の悪戯(いたずら)(1)
※ すみません。この話で乳母のミナの説明を入れ忘れてました。修正したら余りにも長くなったので2話に分けました。最初に投稿して読んだ方には本当に申し訳ありません。<(_ _)>
※2025/5/9 修正済み
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王都の春。
正午前、大通りの並木路は桜の木々が満開に咲きほこっている。
その先に王都の中央公園が大小幾つかあり、桜の花を愛でたくて、王都民たちが散歩したり、中には敷物をしいて食事やお酒を飲んだりしている光景が、あちらこちらで見える。
その近くにグレースの子供サロン"Queen Bee"(クイーンビー)チャイルドがあった。
以前エリザベスがグレースに娘のリリアンヌに、子供服のデザイナーを紹介して欲しいと依頼されてから、グレース自身が子供服の専門店も開店しようとなり、昨年オープンの運びとなった。
子供服店は主に貴族子女の予約制のオートクチュールだが、近い内に既製服店も構える予定で、店はとても繁盛していた。
既にグレースは押しも押されぬ王都でも有数の女性経営者として、手腕を発揮していた。
こうなるとローズ公爵家の6人の叔母様方は認めざるを得なくなった。
なんと今では、グレースの店へドレスを注文するほどで、ドレスを通してお互いの関係はだいぶ改善していた。
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明るい店内の中、子供服専門のデザイナーやお針子さんたちが働いている。
チリリンと、呼びベルが鳴ってお店の入り口のドアが開く。
エドワードがリリアンヌを抱きながら、メイドのアンナと一緒にお店へ入ってきた。
『こんにちは、ルービンシュタインだが、娘の服の仮縫いできたよ』
『お待ちしておりました。エドワード様、リリアンヌお嬢様もご機嫌麗しゅうございます』
と笑顔で迎えた店員は、とても小柄で可愛らしかった。
ライトブラウンの髪と大きな眼、顔のパーツにしては大きな口で、とてもコケティッシュな笑顔。
そう、彼女はテレサ・リーズン。
去年、仮面舞踏会でグレースと一緒に踊ったティンカ嬢だった。
あれからテレサはグレースの口利きで、高位貴族のメイドを辞めて、"Queen Bee"(クイーンビー)のお針子兼店員となった。
彼女は手先が器用でよく家族や自分の服を作っていた。
ティンカーベルの衣装もテレサの手作りだった。
それを知ったグレースは、ぜひ私の店で働かないかと声をかけたのだ。
テレサが喜んだのはいうまでもない。
憧れのお店の店員になれた事もだが、実際にお給金がメイドより2倍も良かった。
下宿もグレースの紹介で、お針子用の宿舎が借りられ、至れり尽くせりだった。
お店に入ってから半年が経過して、テレサは仕事ができると評判で、既にチーフアシスタントまで昇進していた。
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『はい、リリアンヌ様、こちらの部屋でお洋服を着替えましょうね』
と子供になれてるのか、テレサはテキパキとリリアンヌを連れていく。
『娘が、去年作ったドレスをとっても気に入っててね。今年もこの店のが欲しいというんだ』
『左様でございますか、今年はフリルが大きく、花柄模様の刺繍が流行っております』
『うん、デザインや生地も全てお店に任せるよ、エリザベスも承知している。色は青とピンクがいいな。2着ずつ頼むよ。あと、これから私は近くの商業組合へ商談に行かねばならん、夕食を家族で予約してるのであとで迎えに来るからリリーとアンナを頼む──妻もグレース夫人と3時過ぎに、ここに来るといってたから私より先に来るだろう』
『はい、マダムからもお聞きして存じあげております。お嬢様とメイド様もお預かり致しますので、どうかご安心くださいませ』
と、テレサは笑顔で了解した。
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リリアンヌは下着姿で大きな鏡の前に立っていた。
お針子たちが、リリアンヌの身体のサイズの寸法をメジャーで測っていた。
お針子が『リリアンヌ様、去年よりずいぶん背が伸びましたわね』
『そうですね、4歳になってから去年より5~6センチは伸びたと思います』
と傍で見守るアンナは伝えた。
『アンナ、リリーおせがのびたね、あたらしどれしゅつくるの?』
リリアンヌが二人の話を聞いて、鏡越しにアンナに訊ねた。
『はい、お嬢様、可愛いお姫様のような綺麗なドレスをつくるので、少しの間じっとしていてくださいね』
『うん、わかった。りりーいいこにしてる、またれーすのおおきのがいいな』
とリリアンヌは笑顔でアンヌにいった。
『はい、リリアンヌ様のれーすの大きいドレスをこれから作りますからね、楽しみにしててください!』
『はあい、りりーいいこに、しゅる』
とリリアンヌはアンナの言う事を素直に良く聞く。
専属メイドのアンナは13歳になった。
まだ少女の年齢だが10歳の時からリリアンヌの専属メイドとして雇われたのでしっかりしている。
もともとリリアンヌの乳母のミナの姪だ。
残念ながら乳母のミナは去年、妊娠してリリアンヌの乳母を辞めてしまった。
出産後、また乳母に復帰すればいいとエドワードが促したが、ミナは丁寧に断った。
ミナには既に息子が2人と1人娘がいる。
1人娘はまだ5歳だ。
来年子供が生まれると、今以上に夫と子供たちの家事が大変でメイドができなくなる。
またこれまでずっと家族は公爵領本邸の護衛騎士宿舎に部屋を借りていたのだが、子供が増えると、部屋が手狭になるという事もあり、クィーンズ市街に家を購入した。
夫のドナルドも長年、ルービンシュタイン公爵家の護衛騎士の見習いから、既に立派な団長と昇進し十数名の騎士を統率している。
一家の生活は夫の収入だけで十分賄えるのだ。
それから、ミナがリリアンヌの乳母を辞める決心をした理由はもう一つあった。
母親のエリザベスが、リリアンヌへのよそよそしさも関係していたともいえる。
あの日、エリザベスの騎乗した馬と、ミナが動かしていた乳母車が、衝突してリリアンヌの足の怪我の後遺症が残った。
その後、程なくしてエリザベスとエドワードは別居してしまった。
──奥様は、“怪我の原因を自分のせいだと未だに後ろめたく思っているのだろう”
正直、ミナは自分だけがリリアンヌ様の乳母として仕えるのは気が重くなる時があった。
あれから3年が経ち、姪のアンナもリリアンヌの専属メイドとして随分馴れてきた。
これなら十分、一人でもリリアンヌ様を任せられると思ったのだ。
ミナのいう通り、今年14歳になるアンナは、リリアンヌのメイドとして、しっかりと責務を果たしている。
おさげ髪が可愛いまだ少女にもかかわらず、アンナは気が利くし機転もきく。
リリアンヌもアンナを、すっかり姉のようにとても懐いていた。
アンナはエドワードや他の従者たちの信頼も厚く、王都にリリアンヌを連れて来る時は、必ずアンナも側に付き添わせた。
──今年はミナ叔母様もいない、私がしっかりとリリアンヌ様をお慕いしなければ!!
ミナは久しぶりの王都に来て緊張はしていたが、華やかなサロンにいても、少しも浮かれた様子はなかった。




