75. 2人でお茶を
2025/5/9 加筆修正済み
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エリザベスを抱きしめたマーガレットは、感激して目に涙を浮かべていた。
──まあ、マリーったら一体どうしちゃったの?
こんな無造作に、わたくしに抱きつく娘だったかしら?
この子もずい分と変わったわね。
よほど王太子妃暮らしが大変なのかもしれないわ。
もともと、マーガレットは幼い頃から虚弱体質だ。
少し無理をすると翌日は寝込んでいた。
やはり礼儀作法、語学勉強と王妃教育の他にも王太子となると、様々なご公務が、精神的にも肉体的にも大変なんだろう。
元々、引き籠りだったこの子に、王太子妃なんて土台無理だったのではないか?
エリザベスは王太子妃を抱きしめながら考えていた。
──見てよ、このマリーのガリガリな体。
妖精のようと聞こえはいいが、骨と皮ばかりのバレリーナ体型が、逆にエリザベスには痛々しく思えた。
胸だってぺったんこの少女みたいじゃない?
下世話だがロリコンならともかく、これではロバート殿下がお忍びで娼婦館に行くのも仕方ないのかもしれないわ──などとエリザベスは、余計なお世話な事まで考えてしまう。
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しかし、2人でお茶をした時のマーガレットの悩みは、もっぱらこの話題が中心だったのだ。
妹とはいえ、今は王太子の妃である。
最初は、かしこまってたエリザベスも、マーガレットが言った。
『お姉様、昔の様に姉妹らしい話し方にしましょう』と。
そう云われてからは、マーガレットの専属メイドたちも下げて、久々に姉妹の笑い声が部屋中にこだましていた。
『私も、お姉さまのようにローブ・デコルテのドレスを着れるくらいお胸が欲しい。もし私が胸を開いたドレスをきたら鶏ガラのような、ガリガリの小骨みたいな鎖骨しか目立たないわ』
と、自分の平たんな胸を触りながら、溜息をつくマーガレット。
『ゴホン、ゴホッ……んん』
『お姉様、大丈夫?』
『うん、大丈夫よ……』
エリザベスは、ナプキンで口を拭いた。
マーガレットの悩みがあからさますぎて、飲んでたミルクティーを咽てしまった。
『で、でもマリー、ぶくぶくと太りすぎた叔母様たちに比べたら、あなたは天使のように可愛いわよ。お世辞ではないわ、自分に自身を持ちなさいな──ロバート殿下だってそんなマリーだから妃にしたんだから、ないものねだりは良くなくてよ』
『そうだけど私は痩せすぎますわ……』
マーガレットは哀しげに長い睫毛を伏せた。
──そうだった!
仮面舞踏会で聞いたが、ロバート殿下は娼婦館通いしているという。
もしかして、マーガレットも気付いているのかもしれない。
エリザベスは何とかユーモア交えて、明るく話題を変えようとした。
『マリー、実はわたくしも産後太りで叔母様みたいにぶくぶくと物凄く太った時期があったの』。
『まあ、お姉様が?』
『ええ、もうそれこそダラダラと過ごしてたらあっという間にトドみたいになったわ──からだ中、パンパンに膨れ上がって苦しいったらない! あの時期は旦那様ですら、わたくしを避けてたわ!』
『まあ? とても信じられない……』
『いいえ本当よ。わたくしも一大決心して、必死でダイエットしたわ……大好きなこの美味しいチョコチップクッキーも止めてね。あ〜、このクッキー本当に美味しいわ──それでお母様から借りた古いダイエット自転車で懸命に運動したりして、何とか頑張って3-4か月くらいで痩せたんだけど……』
『まあ、さすがお姉さま、立派ですわ!』
マーガレットも表情が明るくなり楽しそうに笑った。
『そうそう、娘のリリアンヌなんて、太ったわたくしを見て動物のトドと間違えたくらいよ』』
といったエリザベスははっと我に返った。
赤ん坊のリリーの話をしたら、あの馬との接触事故を思い出してしまったのだ。
エリザベスは、もう1枚クッキーを取ろうとする手を止めた。
──もしもあの時、ダイエットで馬に乗らなければ、今頃リリーは普通に走ったり歩いていたのかしら。
『それでも羨ましいですわ。お姉さまには可愛い女の子がいるんですもの、私も殿下の子供が欲しくてたまらないの──だけどお姉さまには正直いうけど、殿下が私の部屋へは、ちっとも………うっ、きてくださらない……うっ⋯⋯』
マーガレットは突然むせぶように泣き出した。
『マリー、大丈夫……』
『う、うっく……お姉さま。私たち、もう駄目かもしれないわ』
『! そんなことないわよ、あなたはまだ若いし、これから何時だって子供はできるわ』
『ええ、私もこれまではそう思ってたの、でも王妃様がわたしは体が弱いから、世継ぎは望めないだろうって。実際に王妃様は、殿下に側妃候補を何名か探してらっしゃるのよ!』
『なんですって──!?』
マーガレットは頷きながら、エリザベスが差し出したハンカチで涙を拭いた。
『ありがとう、ひっく……でも殿下と結婚してもう4年ですもの。王妃様も相当焦ってるんだわ』
『まあ、でもそれは酷い。王妃も大概だわよ、自分だって側妃が大嫌いなくせに』
エリザベスはとても憤慨した。
さきほど会ったアドリア側妃を、国王が一目惚れしてガーネット王国から娶った時の、メルフィーナ王妃の逆上は凄かったと昔、聞いたことがある。
確かに王妃よりも一回り違う若い姫君。
しかも国内外から赤い宝石といわれる妖艶な美女である。
王妃が焦ったのも無理はない。
今だって何かとバチバチしてる関係だしね。
『アドリア姉さま……』
ふとエリザベスは、あの男の甘く響く声が思い起こされた。
世にも珍しい紫水晶の瞳のロットバルト。
その名の通りオデットを誑かす悪魔。
ものすごく、癪にさわる男だが昼間見たあの悪魔は、見惚れるほど麗しい美男子だった。
そういえばあの男、去り際にわたくしに──。
『あなたのその唇をまた奪いたい』
と耳元での賜ったのよね!
──許せない奴だわ。
旦那様と錬金術がどうたらこうたら、平然と話しもよくできたものだわ。
厚顔無恥もいいとこよ!
ガーネット王国では知らないけど、あんな暴挙は絶対に許さないわ!
エリザベスは、ロットバルトを思い出すと怒りが収まらなかった。
『お姉さま、どうされたの大丈夫?』
沈黙していたエリザベスを気遣うマーガレット。
『あ、マリーごめんなさい、わたくし、ぼおっとしてたわ──でもねマリー、貴方はまがりなりにも王太子妃よ、側室が何人いようが関係ないわ。絶対に負けちゃ駄目!──側室なんて子供がいなきゃ蔑しろにされるだけなんだから』
『ええ、分かりましたわ、私にはお姉さまという、心強い味方がいるのですもの。負けないですわ!』
『そう、その意気よ、舐められた絶対に駄目よ──!』
『はい、お姉さま──!』
2人は固く腕を組んでお互いを励まし合った。
だがまさかこの半年後に、姉妹がライバル関係になるとはこの頃は予想だにしていなかった。
※ 最初は「マーガレットの葛藤」にしたのですが、ドリス・デイの「二人でお茶を」が好きなのでタイトル変更しました。




