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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満


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75/241

73. ロットバルト登場!

※ 2025/11/22 修正済

※ ※ ※ ※



王宮の大広間。


幾重にも照らしだしているクリスタルシャンデリアの煌めく華やかな王宮。

ひときわ背の高い男が、柱の陰にひっそりと佇んでいた。


誰かを待っているような、あの吸い込まれそうな紫水晶の瞳──。


エリザベスの心は一瞬に暗転と化した。


『…………』



──あの男だ、あいつに間違いない。


嵐の夜にわたくしの唇を奪った悪魔!



雷鳴轟く閃光の夜──、

どしゃぶりの雨音、

ガタガタと強風で今にも壊れそうな窓。


机上の毒々しい色合いのワイングラス。


煙草とほろ苦さがただよう、珈琲の香りが染み込んだ黒マント。


エリザベスには、あの()()()()()()()()()が瞬時に蘇っていた。



わたくしはあの男に、生まれて初めて味わった恐怖と淫らな恥ずかしめを受けた。



優しい悪魔の赤い唇が何度も何度も私を貪った。

強引に押し付けられた男のからみつく舌先が強く強く!


足掻いても足掻いても、どうしようもなく抗うことができなかった。


とっくの昔に忘れかけていたエドワードとの蜜月の快感とは違う強引さ!


心の奥底に潜んでいた、忘れていた欲が、どうにも纏わりついて、あの男の不埒な行為が女奴隷のように打ち震えてしまっていたんだわ。



──ああ、やっと分かった、ここ何日も悶々としていた胸中は……。


エリザベスは己の気持ちがスンと腑に落ちた。



悔しいが、わたくしは、この男に()()()()()()()()()()()()()()のだ。


どうしようもないくらい、あのびくともしない両腕に抱かれながら心が躍った!

あの魔性のような妖艶な眼差しに吸い寄せられた。



エリザベスは、自分の気持ちに気付いた途端、同時に屈辱と罪悪感が一気に襲ってきた。



──わたくしは旦那様を裏切ってしまったのだと。




※ ※



『エリザベス、どうした?』


エドワードが急に、化石みたいに頑な表情のエリザベスを案じた。


『あっ?』


エリザベスは我に返ってエドワードを見上げた。


『旦那様……あ、あの実は……』


エリザベスは無性に夫に真実を打ち明けたくなった。その口から出かかった矢先──。



『やあやあやあ、これは非常に美しいレディ&ジェントルマンですなぁ。ああ初めまして、私はロットバルト・パイロープ伯爵と申します、どうかお見知りおき下さい』


にこやかな笑顔を浮かべながら、男は突然、エリザベスとエドワードにそそくさと近づいて来て、恭しいお辞儀をした。


それは、まるで初めて出会った見知らぬ他人の面持ちで、いかにもあざとすぎて、エリザベスはゾクリと悪寒が走ったほどだ。



──何なの、この男は! わたくしに向かって白を切ったような平然とした態度とは。


エリザベスは男の馬鹿丁重な挨拶の姿に、無性にハラワタが煮えくり返った。



いいわ、そっちがその気なら、わたくしも見知らぬ女を演じるまでよ!



『まあムッシュ、ご丁寧な挨拶ありがたく存じますわ。わたくしはエリザベス・ルービンシュタインと申します。此方は夫のエドワード・ルービンシュタイン公爵ですわ』


エリザベスも愛想笑いであいさつを返した。


バチバチと火花を散らすように、2人のエメラルド色と紫水晶色の瞳が激しく燃え上がった。


『エドワードだ、宜しく。貴公は宮殿では余りみかけない顔だが?』

『はい、私めはガーネット王国出身です。クリソプレーズ大学の留学生です』


『大学の留学生?』


『はい公爵様、つい2週間ほど前に此の国に来訪したばかりでして、現在大学の古文学科と経済学、神学科も専攻しております。また錬金術(れんきんじゅつ)科の講師も頼まれて、勉学の合間に貴国の学生にも教えております』


『おお、錬金術の講師とは! ガーネット王国の錬金術師は非常に優秀だと聞き及んでいる。貴殿はよほど才能があるのだな』


エドワードは、ガーネット製の家電商品を好んで購入しているので、錬金術の講師の男に興味を持った。



『とんでもありません、僕は少々人より好奇心が旺盛なだけです、ただ、一度これと決めると物でも人でも最後まであきらめない性格が、錬金術の発明に大いに役立っているようです』


ロットバルトは笑いながら、涼しげな顔でエリザベスにわざとらしく目を向けた。


『まあ、それはそれは素晴らしい性格ですわね。ただ時には、()()()()()()()ともいいますわ』



『おい、エリザベス失礼だよ!』


エドワードはつんと冷ややかにエリザベスの態度に違和感を感じた。


それでもエリザベスはムッとして、ロッドバルトにそっぽを向いている。


彼女のふてくされた顔を見て、ロットバるとは苦笑した。



エドワードは申し訳なさそうに

『すまん、妻は先ほどから少々気分が優れないようなんだ』


『おお、それはいけませんね。宜しければ、私の持っている薬草をお渡ししましょうか』


『は? めっそうもない、あなた様から頂く薬なんて恐ろしくて飲めたものではないわ!』


エリザベスは頭ごなしに拒否をした。


『おい、よさないかエリザベス。ガーネット王国の留学生に失礼な態度だぞ』


『あは、かまいませんよ。僕の発した拙い言葉に、貴方様の失楽園のミューズ(女神)のような奥方様には、気に障ったやもしれません。心よりお詫び申し上げます』


ロットバルトは笑顔で全く気にしていないという表情をした。


『失楽園のミューズとは?』


流石に温厚なエドワードも、初対面の見知ら若者が、妻に対して馴れ馴れしい言い回しに、少々違和感をを禁じ得なかった。


『失礼、奥方様が緑の女神のように美しいご婦人なので、僕は詩人のような心持でつい言ってしまいました』


ロットバルトの白々しい不遜な態度に、エリザベスはとうとう癇癪を起こした。


『は、詩人のような心持ですって! とんだお笑いだわ。貴公は言葉より腕づくで物事を押しとおす武人だとわたくしはお見受け致しましたわ、どう見ても詩人のような愛の言葉で女人の心を蕩かす文才など逆立ちしても、あなたにはできないでしょうよ!』


『よしなさいエリザベス!』


エドワードが珍しく声を荒げた。


そのせいか、3人の少し離れて談笑していた廻りの人々が注視した。

だが、エリザベスは周りの目を気にせずに、今にもロッドバルトに食ってかかりそうな勢いであった。



その時──。


『あら()()()、ここに居たのね、随分と探しましたよ!』


金銀縁取り豪華な赤い扇をはためかせながら、香水のキツい貴婦人が優美に歩いてきた。



()()()()()()()()──』



 ロットバルトが振り向いた先には国王の寵姫であるアドリアがいた。


『お姉さま、申し訳ありません、王宮はとても広くて迷ってしまいました』


ロットバルトはすぐにアドリア側妃の傍に行き、(ひざまず)いて彼女の手首にキスをする。



エリザベスはロットバルトのキスの仕方に気が付いた。


手首のキスはガーネット王国の挨拶のやり方だと。



──なまじ、ガーネット王国出身というのは嘘じゃなかったのね。


エリザベスは怪しみながらも、アドリア妃とロットバルトの光景を凝視した。




アドリア側妃──。

我がライナス国王の御寵愛を一身に受ける第1夫人。

而して現ガーネット王国のピエール国王の末妹でもあった。


国王に嫁ぐ前、隣国では“赤い宝石(レッドルビー)”と呼ばれ絶世の美女と持てはやされていた。

若きアドリア王女は、訪中したライナス国王に見初められてクリソプレーズに嫁いできた。


真っ直ぐな漆黒の長い髪、赤いルビーのように輝く魅惑的な瞳。

ツンとした高い鼻、逆に唇は牡丹のように厚ぼったい。


中背だが肢体はグラマラスで、胸元がこぼれるくらい開いたローブ・デコルテの真紅ドレスを着ていた。


王の誕生日には貴婦人は白の礼服と(ことわり)だが、王族の王妃や側妃たちには関係ないようで、各々好む色のドレスを着ている。




──そういえば、メルフィーナ王妃も、ターコイズブルーの目の覚める派手なドレスを着ていたわね。


確か王妃と側室のアドリア妃は余り仲が宜しくない噂だと、エリザベスは思い出した。




『あなたたちは確か、ええと……誰だったかしらね?』



『お初におめにかかります、アドリア妃様。エドワード・ルービンシュタインです。隣にいるのは妻のエリザベスでございます』


『エリザベスと申します、アドリア妃様。お初におめにかかり恐悦至極でございます』


エドワードとエリザベスは家臣の立場なので、アドリア妃の面前で直ちに膝をついた。



『まあエドワード公とな⋯⋯それで公爵夫人、あなたは先ほどから、客人のロットバルト伯爵に煩く騒いでいたけど、私の可愛い甥だと知ってのことか?』


アドリアはさも腹立ち紛れに、扇をハタハタとはためかせながらエリザベスを上目線で睨んだ。


『!?』


──え、この男はアドリア妃の甥ですって?


『それは大変失礼いたしました』


エドワードも驚いて慌てて詫びる。


『あ、アドリアお姉様、たいしたことではないです。どうかお気になさらず……』


『ロット、あなたは黙ってなさい!』


 アドリア妃はぴしゃりとロットバルトの言葉を遮った。


『よいですか公爵夫人、曲がりなりにも私の甥にあのもの言いは捨て置けないわ。いい事、二度とロットを辱めたら私が承知しませんわよ!』


 アドリア妃は手厳しい言葉でエリザベスにやり返した。



 エリザベスは頭を垂れて臣下の礼を取ってはいたが、無性に憤懣(ふんまん)やるかたない。



 ──いいえアドリア様、辱しめられたのは、貴方の甥っ子ではなくて、わたくしの方ですのよ!



 内心、エリザベスはロットバルトの仕打ちをいっその事、この場でアドリア妃にぶちまけたくなる衝動を抑えるのに必死であった。




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