68. 仮装舞踏会と王様
2025/5/7 タイトル変更
「仮面舞踏会と王様」→「仮装舞踏会と王様」 加筆修正済
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パール宮殿の仮面舞踏会の夜は更に続く──。
貴族のみの一部が終了し、2部が始まるまでの入れ替え時間。
一階の大広間から続くエントランスでは、退出する貴族と入場する平民たちがごった返しになっていた。
一部が終わると参加した貴族の半分ほど、ぞろぞろと退席していく。
特に高位貴族は平民と同じ場にいるのを、嫌う輩も多い。
だが残った貴族は、平民の躍動感溢れる円形のダンスや、個性あふれる仮装を楽しみに残るのだ。
ここ数年2部も開催されてから、年々平民と舞踏会を共有する楽しさが、貴族たちにも浸透しつつある。
平民たちは圧倒的に仮装する人ばかりだ。
仮面というより仮装舞踏会といってもいい。
ちなみに仮装に規制はない。
各々が自分が好む仮装をして参加している。
仮装舞踏会は、参加せずとも見ているだけでも飽きない。
平民たちは思い思いの仮装をするから個性的なのだ。
主におとぎ話にでてくる天空の神や魔物や、森の妖精のエルフや小人、人なら歴代の王様や王子やお妃、聖女、司祭など。
平民は己の世界とは、かけ離れた異空の存在を好んだ。
男性で特に多いのは勇者や騎士だ。
強靱で凛々しいヒーローは平民たちの憧れだだった。
女性で多いのは緑の女神。
王国民の“緑の女神信仰”が多いせいもあるが、緑の女神はクリソプレーズの美の象徴であり、世の女性の憧れなのだろう。
彼女等には、思い思いの緑の女神像があるのか、緑色の衣装と仮面、頭の金色の冠は同じだが、髪型やドレスやアクセサリーの種類は多岐にわたっていた。
中にはアマゾネスのような筋肉隆々の女神や、胸元が露わで、男性陣が顔を赤らめてしまう娼婦系の美女までいた。
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『うわ、あちこちに緑の女神だらけですわ!』
エリザベスは
『本当、平民の女性は緑の女神は人気なのね……』と、驚いた。
『ちょっと多すぎだね⋯⋯これだと、リズが自分で考案した女神のデザインドレスが目立たないよ』
シンドバット姿のグレースが悔しげに言った。
『そんなの、別にどうでもいいわよ』
『でも、エリザベス様の緑の女神様が一番ドレスもお顔もエレガントでダントツですわ』
ティンカもグレースに賛同した。
エリザベスたちは、二階の舞踏会へ出たロビーの大階段の踊り場から、仮装姿の平民たちを眺めていた。
一部が終わり軽食も済ませた3人は、仮面舞踏会の雰囲気にも大分馴染んでいた。
『まあまあ良いではないか。それだけ“緑の女神”が平民の女には大人気なんじゃろ!』
と、突然3人の話に割って入る老人がいた。
振り向くと、道化師の衣装の男が、ぱあっと両手を開いて笑顔で立っていた。
ティンカが『あ、ピエロだ!』
グレースは『はは、可愛い道化師!』
エリザベス『!?(王様)』は仰天した。
グレースとティンカ嬢は道化師を見てカラカラと笑ったが、エリザベスはライナス国王が道化師だと兄から聞いていたので、心臓が止まるくらいびっくりした!
『はは、これはこれは可愛らしい3人組ですな。シンドバットにティンカーベル、そして大人気の緑の女神様ですな、宜しく!』
帽子をとって丁寧に挨拶をした。
『──ピエロ君、シンドバットが可愛いという言い方は褒め言葉ではないぞ、出来れば私はカッコいい!っと言われたいものだな!』
グレースは不満げにいう。
『ちょっと、グレー⋯じゃない、シンドバット、およしなさい!』
慌ててエリザベスはグレーを止めた。
『何よ緑の女神? この老いた道化師と知り合い?──さっきも変なダサい商人と踊ったよね?』
『ち⋯⋯違うけど、あまり失礼な態度は……』
『よいよい、緑の女神様、今日は無礼講じゃよ、ワシはただの道化師ですからな』
王様は事の成り行きが面白いのか、にやにやと笑う。
そしてピエロは茶目っ気たっぷりに、エリザベスに(黙ってなさい)と云わんばかりのウインクをした。
ティンカも『そうですわ、今日は仮装と仮面舞踏会なんですから、身分は関係ありませんわ!』
『そうじゃな、ふんふん、これは可愛いティンカーベル嬢だね』
王様は小柄なティンカ嬢の頭を優しく撫でた。
『どういたしまして。オジイサンの道化師もカラフルで素敵よ!』
嬉しそうに頬を赤らめるティンカ嬢。
ティンカとグレースのピエロに対する、あけすけな会話に、エリザベスは身が縮むような思いだった。
グレースが『さあ、2部の舞踏会が始まるよ、私達も早く行ってテーブル確保しなきゃね!』
ずんずん大股で先を歩いていく。
ティンカは『良かったらピエロのおじいちゃんも、私達と一緒にご一緒しませんか?』
『おお、いいのかね?』
『ええ、かまいませんわ!』
と言ってティンカは、王様と仲良く手を繋ぎながら、舞踏会場の大広間へと入っていく。
2人を見ながら、真っ青になるエリザベス。
ふと、周りを見ると、さっきより王宮騎士団の護衛が増えて、自分たちをチラチラと凝視してるのが分かった。
──うああ、間違いなくこのピエロは国王だわ。
王様とご一緒なんてこの先どうするのよ!
『緑の女神様、早くう!』とティンカに声をかけられる。
『う、ごめんなさい、ちょっと化粧室に寄ってからいくわ』
エリザベスは緊張したのか、急にもよおしたくなってしまった。
※ ※
エリザベスがトイレから会場内に入ると、既に2人は踊りの輪に入っていた。
王様の横の席が空いていたので、席に着くや否や──
『さっき、緑の女神は古商人(ロバート王太子)と踊ってたようだが楽しかったかね』
『え、ええ……』
と、突然の問いかけにエリザベスはドキッとした。
──王様は殿下と踊っていたのをご覧になってたのね。
『あいつにはお灸を添えたよ。あの仮装を酷く恥ずかしがってな、王子がする仮装ではないと怒って、一部で帰っちまったわ、ワハハ!』
『あ⋯⋯あの古商人様は何やら良からぬ所に、入り浸っていたとかお聞きしましたわ』
エリザベスは思わず、ロバートが漏らしたことを伝えてしまう。
『おおそうじゃ。王太子妃が悲しむようなことはしてはならん!と叱ったんじゃよ』
『それは、ご最もですわね⋯⋯』
『まあ、まだあいつも若いからな、少々のハメは外したくなるのは無理ないがな、ハッハッハ!』
と道化師は茶目っ気たっぷりに笑った。
──王様ったらこんな風に、わたくしに話をなさるとは、わたくしの素性をご存じなのよね。
初めて身近でお話したけど、ずい分気さくな御方なんだわ。
エリザベスは、メルフィーナ王妃とは茶会などで何度となく懇談したことはあっても、ライナス国王とは儀礼的な、挨拶程度しかなかった。
ライナス国王は賢王と国民から支持されているが、女好きが玉に瑕ともいわれている。
メルフィーナ王妃の他にも3人程側室がいる。
むろん王妃にいたっては側室たちを快くは思ってはいない。
特に2番目のアドリア妃を、メルフィーナは疎ましく思っているともっぱらの評判である。
彼女はガーネット王国の美姫であり、王が一目惚れして、自らアドリア姫をガーネット国王に願い出て、帰省する際に強引に結婚した。
そのままクリソプレーズに連れ帰ってきた、という逸話があった。
国王の寵愛を一身に受けて、側室の中でも一番地位が高く、国王との間には王位継承者第2位のフレデリック王子もいる。
メルフィーナ王妃に至っては多分、アドリア妃は目の上のたんこぶなのだろう。
だが今は、既に息子のロバートが無事に王太子となり、マーガレットとの婚姻も済んだので、王妃の心配は無くなった。
後は、王太子妃との間に世継ぎさえできれば、万々歳なのだが。
ただここ、何年も王子とマーガレット妃の仲は、余り上手くいってないようで王妃は危惧していた。
もしかしたら、国王にもその旨が伝わっているのかもしれない。
──私も若い時は王妃を目指していたけど、王族の跡目争いのゴタゴタに巻き込まれなくて良かったかもしれないわ。
エリザベスは今更ながら、若気の至りを反省していた。
※ ※
『どうじゃ緑の女神殿、ワシたちも見てばかりではつまらん。そろそろダンスの輪の中に入ろうではないか!』
『ええ、王⋯じゃない──道化師様も平民の中で踊るのですか?』
『おかしいかな? 道化師は踊ってなんぼ、笑わせてなんぼの仕事だよ』
エリザベスは『そうですが……』タジタジとなった。
『良いから行こうでないか、緑の女神、わしは今夜は踊りに来たのだ』
とぐいっとエリザベスの手を取って、中央に引っ張っていく。
──ひえっ~王様とこの恰好でダンスとは!
通常の舞踏会でも、国王とダンスはしたことがない、エリザベスは凄く緊張した。
だが幸いにも、これから踊るダンスは男女ペアで踊りながら、パートナーが順にずれていく “クリソプレーズミキサー・ダンス” だった。
よく王都の祭りで見る、王都民たち誰もが気軽に踊れるポピュラーなダンスであった。
エリザベスはミキサー・ダンスを踊ったことはなかった。
『道化師様、わたくしこの踊り知りませんわ』
『はは、簡単だよ、王都民が広場で良く踊ってる、ほら手を繋ごう!』
4/4拍子のゆっくりとした音楽が始まると、王様は右手をエリザベスの肩に回して手をつないだ。
2人揃って前へ歩くようにステップを踏んで、後ろ足へ戻してまた前へステップ。
くるりと一回転して、2人が向かい合って右左のステップをしてお辞儀で終る。
そのまま道化師は右隣へずれて、となりにいた男性がエリザベスの新パートナーとなる。
そしてまた同じ様に踊っていくという、しごく簡単なダンスだ。
パートナーチェンジを次々としていく内に、道化師(王様)はエリザベスからどんどん離れて行った。
ふと見ると道化師は平民や貴族の女性らと楽しそうにステップを踏んでいる。
──へえ、平民のダンスってとても簡単だけど、けっこうおもしろいわ。
エリザベスは余り疲れないダンスが楽しくなっていった。
パートナーが入れ替わり立ち代わりに、いろんな仮装をした平民たちと接するのも、変化があってとても面白かった。ほんの少しだが、相手と笑顔で会話するのも楽しい!
いつしか見知らぬ相手なのに、心から微笑んでいるエリザベスがそこにいた。
最後のフィナーレのダンスは、軽快な音楽に乗ってリズムが速い。
全員が横の人と手を繋ぎ、大きな輪になって2拍子のリズムで時計回りに回ってスキップする。
途中、皆で一斉に手を上げながら前進したり後進したりと、とても簡単だが、けっこう体力を使うが、これまた楽しいダンスであった。
道化師も、シンドバットも、ティンカーベルも、緑の女神も、貴族も平民もここでは関係なくみんなで踊って愉しむ。
人間同士が手を繋ぎ合い、リズムに合わせて踊るだけで幸福が共有出来た──。
今宵、誰もが愉快になれる楽しいひと時をエリザベスは、心から過ごしていた。




