06. 父と娘と母のティータイム(1)
※エリザベスがやってきました。
※ 2025/4/23 加筆修正しました。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、レモン君──!」
リリアンヌが叫ぶ!
「ウォン!ウォン!ウォン!!」
レモン君が勢いよく、エリザベスの元へ駆けていく!
レモン君はエリザベスの足元に来て、くるくると回ったり尻尾をフリフリして楽しそうだ。
「わあ、レモン君、久しぶりね、元気にしてた?」
エリザベスはしゃがみこんで、レモン君の頭を撫でまわす。
「⋯……おかあしゃま?」
「……⋯⋯エリザベス?」
リリアンヌとエドワードの言葉が同時に重なった。
エリザベスはようやく再会したふたりに感無量であった。
そのままふたりに近づいてから、スカートの裾をつまんで恭しく貴族の礼法な挨拶カーテシーをする。
「旦那様、リリーごきげんよう、とってもとってもお会いしたかったわ!」
顔をあげたエリザベスのエメラルドの瞳が信じられないことに、涙で潤んでキラキラ輝いていた──。
エドワードはあっけにとられた顔で、
「一体、どうした。こんな昼間に………何かあったのか…?」
エリザベスはぐずっと鼻をすすりながら⋯⋯
「あ…あら、御用がないと会っちゃいけませんの? まあリリー、その青いドレスとてもよく似合ってよ!」
「お、おかあしゃま……あの、お久しぶゅりです……ご、ごきげんよう──」
リリアンヌは母と久々に会って緊張したのか、真っ赤な顔になって、言葉もしどろもどろになってしまう。
それでも公爵令嬢らしく、エリザベスに恭しくカーテシーをした。
少し右足がふらついて、ぎこちなくなってしまったが、なんとか姿勢を正した。
「まあ、リリー、とっても素敵! とてもお上手だわ、すっごく可愛くてよ──!」
エリザベスはパンパンと大きく拍手をした。
感極まったのか涙声で、両手を広げてリリーをぎゅっと抱きしめた。
「お……おかあしゃま……あの~あの~!?」
更に真っ赤な顔になるリリアンヌ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「奥方様⋯⋯?」
「奥様⋯⋯⋯⋯」
「くぅん⋯⋯⋯」
エドワードも執事のアレク、メイドのアンナまで……犬のレモン君まで一同びっくりである!
無理もない、皆があっけにとられたのもエリザベスが娘のリリーを抱きしめるなんて、ここ何年もなかったからだ──!
──まさにありえない出来事。
ルービンシュタイン公爵家にとって青天の霹靂だった──。
◇ ◇ ◇
「あの~奥様、お久しぶりでございます。」
メイドのアンナがドキドキしながら、ぎこちなく挨拶をする。
「あら、リリーのメイドの確か…えっとアンナだったかしら? お久しふりね、元気だった?」
と、ポケットからハンカチを取り出してチーンと鼻をかむ。
「は、はいい〜、リリーお嬢様やエドワード様に大変良くして頂いております!」
アンナは酷く緊張してるのか、カッチンコッチンに直立していた。
「ほほほ、そんなにかしこまらなくて良くてよ」
エリザベスは鼻をクンクンと嗅いだ。
「う~ん、良い香り……この香りは薔薇茶かしら?──アンナ、悪いけどわたくしにも淹れてくださる? 喉がカラカラなの、お砂糖は2つね!」
「は、はい…かしこまりました!!」
アンナは慌てて予備のティーカップを用意する。
魔法瓶からティーポットに熱いお湯を注いだ。
──お、奥様が私の名前をお、憶えてたなんて……しかもお礼までいわれるとは⋯⋯なんてこと!
アンナはティーカップをソーサーにガチャンと無造作に置くほど、手はぶるぶると震えてしまった。
エドワードもすっかり怪訝な顔をして、リリーの頭を優しく撫でるエリザベスをまじまじと、穴が空くほど見ていたが、ようやく正気に返り──。
「んんぅん!」と咳き込みながら──
「……エリザベス、そのなんだな、珍しい恰好をしてるな……君は、こっちへ着いた時はいつも疲れるといって、2,3日は部屋にこもりっきりだったろう、一体どうしたんだね?」
「あら、旦那様、わたくしにだって、家族でお茶をご一緒したい時だってありましてよ!」
「はぁ、家族だと? 何を今さら、一体どういう風のふきまわしだ……んん?」
エドワードはとても信じられん、といわんばかりだ。
「さては又なにか問題を起こしたんだろう──エリザベス。君の尻拭いは今までもうんざりするくらいにしてるぞ、今日だって屋敷に君のドレスや宝石類の請求書の束が山積みされてるからな!」
と、エドワードは苦々しく眉間に皺を寄せて薔薇茶をぐっと飲み干す。
──おお旦那様が恐っ!!
そうだった、わたくしはとにかく阿呆みたいに遊蕩三昧していた愚かな浪費家夫人だったわ……。
エリザベスは申し訳なさそうに、エドワードを改めてゆっくりと見つめる。
エドワードは白いテラス席に足を組んで座っている。
半そでの白シャツにグレーの格子柄のハーフパンツと、薄手の茶皮のブーツ姿。
スラリとした背丈は、エリザベスより頭一つ分以上は高い。
帽子は被らずに光に反射したサラサラ金髪とクッキリとした蒼色の瞳は宝石のようだ。
さすが王族の縁戚だけのことはある。
彫刻のように整った顔立ちは、誰しもが麗しい貴公子と形容する以外にはない。
──それにしても旦那様ったら足がやたらと長いわね!
きっと御自分でも、自信がおありになるからカッコよく足を組むのだわ。
えっと、わたくしよりも確か4歳年上だから27歳におなりになったのかしら?
あれ? 旦那様の誕生日って確か7月よね、リリーと一緒。
まずい、わたくしったら旦那様の誕生日おぼえてないわよ!
サマンサにそれとなく聴いておかないと……。
エリザベスの脳内は、久々のエドワードと再会できて最高潮にハイになっている。
なにせ暗殺未遂で突然捉まって、ふたりとはそれっきりだったのだ。
エリザベスの、うっとりエドワード鑑賞はまだまだ続く。
──それにしても旦那様ったらお若く見えるわ。
容姿の衰えなど全くない、お会いした時から変わってないわ。
逆に以前よりも男っぽく麗しく見えるのは、わたくしの欲眼かしら?
んもう、わたくしったら今頃になって気付くのがとんと遅すぎるのよ!
まずは、今までの遊蕩を謝らなくては──。
「コホン、そんなに請求書がきてたとは……本当に申し訳ありませんでしたわ、いつも旦那様にご迷惑をおかけして、これからは重々に自重致しますわ」
と真剣な顔して謝罪して項垂れるエリザベス。
「はぁ……どうした!エリザベス、今日の君は変だぞ、どこぞやで頭でも打ったのか?」
エリザベスは気持ちの悪いほどの謝罪だった。
だがその後は打って変わり、エリザベスはとてもすっきりした顔で薔薇茶を満足そうに飲んだ。
エドワードはただただ呆れるばかりであった──。
※ とりあえず、ふたりと再会できて幸福なエリザベスです。