62. 娼婦館のロバートとエドワード(3)
2025/11/11 修正済
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王都の歓楽街、ハーフムーン通り沿いにある貴族専用の高級娼婦館
『ラピス・ルージュ・ラズリ』のスィート・ルームの居間。
寝室と同じくらいの心地よい広さの居間。
この室内も赤い絨毯が敷かれていて装飾を施された丸いマホガニー製のテーブルを囲み、エドワードとロバート殿下そして娼婦のエバが遅めの朝食をとっていた。
『お前って本当に馬鹿だよな、まんまと引っかかりやがって……』
『ロバ……いやフレディ様、おふざけにも困りますよ』
と、またエドワードはどうしてもロバート殿下と言ってしまいそうになる。
ロバートがキツイ目力でエドワードを睨らみつける。
エバが2人を交互で見ながら
『本当に金髪で碧眼で兄弟みたいによく似てるわ⋯⋯でも良〜く見るとフレディ様の方がずっと素敵だけど……』
『ははは、エバ、それはさすがにエドワードに悪いぞ。ああ君も一口食べるかい、ほら、あ~んして』
ロバート殿下は機嫌よく、朝食のハムエッグトーストをナイフで綺麗に切りわけて、一切れをエバ嬢に食べさせる。
『う〜ん、フェレディ様、とっても美味しいわ』
とエバはもぐもぐと口に含んで、子どものようにクシャッとした笑顔で喜んだ。
エドワードは2人を身ながらジト目で睨んだ。
──なんだ、このでれっとした可愛いエバ嬢は!
さっきの私に言い寄った時は、女狐みたいに怖かったのに。
エドワードは目の前で、2人がいちゃついてるのを見て内心ウンザリしてる。
『なんだ、お前、何も食べてないじゃないか?──せっかく2人分の朝食頼んだのに…⋯』
『ああ、すみません、頭痛が酷くて食欲がなくて……』
『アホ、酒が弱いのに無理して飲むからだ……』
『はは、面目ないです』
とポリポリと頭を掻くエドワード。
『はい、エドワード様、このコブシの蕾の粉薬とお水どうぞ。二日酔いにとっても良く効くのよ』
エバがエドワードのテーブル前に、水の入ったグラスと紙で包んだ薬を置いた。
『おお、ありがとう、エバ嬢──!』
と思わず礼をいう。
『ううん、気にしないで、良く二日酔いする客人が多いからお店で常備してるの』
──お、思ったよりいい娘じゃないか。
現金なエドワードだ。
『ねえ、フレディ様、今日はまだお帰りにならなくていいの?』
流し目でロバートの肩に、頭をちょこんと乗せて聞いてくるエバ嬢。
『ああ、今日は夕方まで大丈夫だ。家には遅くなると、さっき護衛に頼んで連絡してもらった』
『まあ嬉しい、でも伯爵様って大変なお仕事そうなのに、フレディ様は呑気でいいわね~!』
『まあな、俺は次男坊だから気楽なんだよ』
『ごほほ、ごほ……』
思わず、エドワードが薬を飲みながら咳き込んだ。
『あらあら、大丈夫?』とエバ嬢が驚く。
『あ、平気だ、すまない』
──伯爵? 次男坊だって⋯⋯うわあ王太子良く言うよ~。
こりゃエバ嬢がロバートの身分をしったら卒倒するぞ!
とエドワードは水をごくりとまた飲んだ。
どうでもいいがとても苦い薬だ。
『エバ、悪いがいつもの食後の珈琲を頼むと、厨房にいって来てくれ。エドワードお前も飲むか?』
『え、はい。ですが珈琲なんてめったに飲めない貴重な物を、ここで飲めるのですか?』
『ああ、珍しい舶来品だ、一度は飲んでみろ──悪いなエバ、少しこいつと2人で話がしたいんだ、しばらく席を外してくれ』
『わかったわ、また後でね~』
とロバート殿下に軽くキスしてエバは居間から出て行った。
※ ※
少し立ってから男の給仕が珈琲を持ってきた。
白いカップに琥珀色の液体が入っていて、とても香ばしい香りがする。
クリソプレーズは一般的に国民はほとんど紅茶やフルーツ茶や薬草茶が多い。
珈琲が飲めるのは非常に珍しい。
『香りがいいですね』
エドワードがカップをもって匂いを嗅ぐ。
飲み心地も悪くない。
紅茶とはまた違うほろ苦さがある。
『そうだろう、最近の俺のマイブームさ』
『ロバート殿下、少しお伺いしてもいいですか?』
エドワードはカップをティーソーサーに置いた。
『ここではフレディと呼べよ、あと2人きりの時は敬語なしな!』
『はい、分かりました……でなく分かった。早速フレディに聞くが、あのエバって娼婦と付き合ってるのか?』
『付き合うっていうより愛人の1人だ。見た目も性格もいい女だろう?』
『う、まあな。あの黄金の眼にはびっくりしたよ』
『あの子は移民だよ、この珈琲を生産してる南米大陸から13歳で奴隷として連れてこられたんだと』
『そうなのか? どおりで見た目が違うと思った。エバ嬢は幾つなんだ?』
『娼館に売られてから4年と聞いたから17なんだろうな』
『あれでまだ17歳か、大人っぽいな』
王子は珈琲の香りを楽しむかのように飲んだ後
『ああ、王が10年前に奴隷制度廃止したが、裏ではまだ悪質な業者が居るんだよ』
『確かにな、表向きは廃止しても闇市で奴隷商人はいる。あいつらは普通の商売してても、裏で汚い仕事で荒稼ぎしているんだ。急に奴隷が無くなるのは難しいだろう』
エドワードも奴隷商人には憤慨してる。
『そうだ、俺が王位を継いだらエバみたいな不幸な娘は、絶対に無くしてみせる』
と残りの珈琲をグイッと飲むロバート。
『ロバートじゃないフレディ君、奴隷もいいがマーガレット様とは上手くいってないのか?』
『いや、そんなことはない。妻のマーガレットは可愛いさ、妹のような気持ちで接してるよ、ただな……』
『ただ……?』
『妻は身体が細くて病気がちだろう、ちょっと気を使うのがしんどいかな』
とぽつりといった。
『そうなのか? マーガレット様は結婚してから健康になられたと王宮の噂で聞いてたが⋯⋯』
──ロバート殿下とエリザベスの妹のマーガレットは、エドワードがエリザベスと結婚した翌年の春に結婚した。
既に結婚してほぼ3年になる。
マーガレット嬢は王太子妃となり、お妃教育も王宮でしてると聞く。
確かマーガレット様はエリザベスの1つ下だから、今年20歳になるのか。
ふと、エドワードは前から気になってた事を訊いてみた。
『なあフレディ、マーガレット様に子供ができないのはその為か?』
『ああ、身体が病弱もあるが、ここ2年以上は俺たち寝屋はしてないよ』
『え!』
エドワードは驚いた。
──なんだよ、わが家と似たようなものじゃないか。
ロバートは『マーガレットは確かに可愛いし俺のいうことを良く聞いてくれる、お妃教育も苦手のようだが頑張ってて健気だよ、でもなぁ──』
『でも何だよ。結婚前はあんなにベタ褒めだったじゃないか』
『ああ、エドワード。お前にだけは正直にいうよ、マーガレットは、はっきりいって痩せすぎてて俺の好みのタイプの女じゃないんだ!』
『はあ? 今さら──』
『ああ。もうわかってるよなエドワード、俺はエリザベスの腹いせに妹のマーガレットと結婚した』
『⋯⋯やっぱりな、そんなこったろうと思ったよ!』
『ふん。でもお前は俺のおかげで愛するリズちゃんと結婚できたじゃないか!』
『!!』
──う、痛いところを突くな。
それを云われると何も言えなくなるエドワード。
『エドワード、お前たちこそなんで別居してんだよ』
ロバートはテーブル上に設置されてる葉巻箱から葉巻を手に取って、シュッとマッチに火をつけて吸い始めた。
『お前達、結婚式は美男美女で幸せ絶頂みたいに見せつけてたのに⋯⋯お前なんかは「もうあのまま死んでもいい」って顔してたぞ。俺はちょっと癪に障ったほどだった──おまけにハネムーンベビーで可愛い女の子もできだろう、お前こそ順風満帆だったんじゃないのかよ!』
エドワードも無言でロバート王太子と同じように、葉巻に手をだした。
『そうだよ、初めは上手くいってたよ。ただな娘が怪我してからリズがおかしくなっちゃったんだよ。彼女が乗った馬が娘と接触したんだ。その後遺症でエリザベスは思った以上にダメージがあったんだ』
『そうか、あの気丈なエリザベスがね……けっこう脆いんだな』
『ロバート、リズは繊細なとこあるよ。あれは事故で致し方なかったんだ』
エドワードも葉巻に火をつけてふうーっと煙を吐いた。
『そうか、お前も大変だな。まさか堅物のお前が娼館に来るなんて余程の事だからな』
『いや俺だって……時には迷うこともあるさ!』
2人共黙って葉巻をぷかぷかと吸った。
※ ※
暫してからロバートが口を開いた。
『なあ、もしお前がエリザベスと別れることがあったら、俺が側室にもらってもいいか?』
『!?』
エドワードは突然立ち上がり、物凄い形相にってロバートを睨みつけた。
『お、おい! 冗談だよ!怒るなって!』
『冗談にもほどがある。家来としてでなく友人として忠告するが、お前みたいな浮気男にリズはやれないし、なにより俺はリズとは離婚はしない!』
『わかった、わかった! 冗談だよ。第一あのプライド塊のリズが、妾なんて承知するわけないだろう』
とエドワードの剣幕に驚いて謝るロバート。
──このスケベ王太子、なにとち狂ったこといってんだ、それより自分の正妻を大事にしろ!
エドワードはものすごく腹が立って仕方がなかった。
そうだ、やっぱり私はリズが愛しい。
無視されようと子供は産まないといわれようが、リズを妻として一生守っていくんだ。
エドワードは自分の気持ちがはっきりとわかった。
改めてリズを愛し抜こうと決意するエドワードだった。
※ ようやく娼婦館タイムが終わりました。読んで頂きありがとうございました。<(_ _)>




