05. 父と娘のティータイム(2)
※エドワードの回想から始まります。
※ 2025/4/23 修正
◇ ◇ ◇ ◇
私の妻のエリザベスは王都の公爵別邸に長年暮らしてて、夫と娘の顔すら見に来ようとはしなかった。
毎昼毎夜、やれ夜会や茶会だ…⋯と、それがない日でもドレスや靴や宝石等の買い物三昧して、請求書が本邸に束になるくらい届く始末だ。
彼女に再三注意はしたが、何度いっても直らない。
とうとう諦めて口すら聞かなくなった。
何より、ここ何年も別居状態でたまに会ったとしても、会話らしい会話もない。
ただ夏だけはクリソプレーズの王都周辺は酷暑なので、彼女も避暑地をかねてここ公爵本邸に一定期間は戻ってきた。
だが、滞在しても娘にはほとんど会おうとはしない。
というよりもあえて避けているといってもいい。
たまに食事時に会っても「ごきげんよう、今日は良い天気ね」
と、幼子に無表情で微笑みもせずにたったそれだけだ。
一体、エリザベスは自分の娘が可愛いとは思わなんだろうか?
可笑しな女だ………。
ホームハウスにいても王都と同じで、昼は高位貴族主催の茶会、夜は夜でパーティ三昧に明け暮れる毎日で、エリザベスにとっては娘の存在はないに等しい。
そして娘同様に夫である私に対しても同じだ。
晩餐会など夫婦同伴の名目だけは共に行動するがそれだけである。
多分エリザベスは自分をお飾りの夫としか、思ってはいないのだろう。
変な話、寝室もここ何年も別で夜の生活はない。
◇ ◇
「はあ…………」
エドワードは大きな溜息を零しながら、左手の薬指にはめた金の指輪を見つめる。
金色のリングの中にエメラルドとサファイアの、緑と碧の小さく散りばめた宝石がはめ込まれていて、色鮮やかに煌めいている。
妻と夫の眼の色に併せて、結婚の記念に特注品でつくった結婚指輪である。
「もう6年も前になるのか、一体いつからこんな風になってしまったのか……」
呟くエドワード。
なんとも淋しそうな哀しい顔になるが、すぐに顔をあげて娘のリリアンヌに目を向ける。
リリアンヌは、はにかんだ笑顔でレモン君と楽しそうにじゃれあっていた。
エドワードの蒼い瞳が娘を慈しむように目を細めた。
リリアンヌ・ルービンシュタイン
愛称はリリー。
年は4歳、来月の7月で5歳になる。
エドワードの目に入れても痛くはない一人娘である。
父親譲りの流れるように美しい黄金の髪を、背中までハーフアップにして、大きな碧いリボンで止めている。
リボンと同じ碧色のドレスを着て、首の襟元と袖口の白いレースがチューリップの花弁の形が可愛い。
眼は母親譲りの濃いエメラルドグリーンの瞳。
顔立ちは両親のどちらにも似ているようだ。
子犬とじゃれあっている様子は一幅の絵だ。
まるで不思議の国の妖精さんのようではないか。
──まったくエリザベスの奴、こんな愛らしい娘をないがしろにするアホな母親がどこにいるか!
エドワードは心の中で公爵らしからぬ悪態をついて、思わず、側にあった椅子を蹴っ飛ばした。
「レモン君はとってもかわいでちゅねぇ~!」
とリリアンヌは赤ちゃん言葉で、子犬に顔を寄せてキャッキャと笑う。
「きゅ~ん、くぅぅん……」と甘声で鳴くレモン君。
レモン君もリリアンヌの胸元に、鼻をスリスリとこすりつける。
ふたりの横のティーワゴンの側で、若いメイドがお茶の支度をしている。
メイドの名はアンナ。
リリアンヌの専属メイドで、髪は茶色で瞳は灰色。
三つ編みのおさげ、紺のメイド服に白いエプロン姿がよく似合う。
年はまだ14歳。少女といってもいい。
下級貴族の娘だがリリアンヌの乳母の姪でもあり、小さい時から娘の遊び友だちとして雇い入れた。
気立てのよい娘で、何よりリリアンヌをとても可愛がってくれている。
娘もアンナを姉代わりに慕っているのがよくわかる。
ちょうどアンナが2杯目のティーカップに薔薇の紅茶を注そいだ、その時───。
「おおん!おん!おんおん!?」
と、ぴくっと耳を欹てたレモン君が子犬とは思えない大きな声で吠える!
吠えた先には、キラキラと太陽の光に輝く公爵本邸を背にしたエリザベスが、こちらへ向かって歩いてくる!
白のつば広帽子に白い縁取り刺繍のブラウス、紺のフレアーロングスカートと、エドワードがあまり見たことのない軽装なスタイルだ。
エドワードが突然、エリザベスの登場に驚いたのは言うまでもない──。
※この夫婦、しょうがないほど拗れてますね。どうするのエリザベス?