51. リリアンヌの入院
2025/5/3 追加修正済み
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リリアンヌが怪我をした後、すぐに王都で小児科の専門医に診てもらう運びとなった。
エドワードは、リリアンヌを王都へ大切に幌馬車で運んだ。
日頃利用している自家用馬車ではなく、幌馬車にしたのは、幌馬車の車輪が木製でなく、鋼鉄ホイールで出来ており、車輪の故障や田舎道では揺れが少ないと判断した。
それでも舗装されてない田舎道である。
少しでも揺れを少なくする対策として、幌馬車の床に厚手のマットを敷き、ベビーベッド用に固定位置も設置した。
ベビーベッドの底に、厚手のマットやクッションや敷いて、少しでもリリアンヌの負担が軽減するように徹底した。
おかげで、同行したエドワードや護衛騎士や看護婦、メイドたちまでも、通常の王都への旅よりは快適であった。
セルリアン領が、春の季節であったことも幸いした。
これがもし雪深い冬の時期なら、無理であっただろう。
領地を出るまで天候が悪化して、吹雪や大雪で道が阻まれたら、王都へ行くこともままならなかったのだから。
王都周辺に来ると舗装された道が多くなり、クィーンズを経ってから、1週間あまりで無事に辿りついた。
エドワードは一刻も早く、王都の専門医に見せたかったので、公爵別邸へ寄らず真っ先に病院へ向かった。
とにかく娘の足が気が気でなかった。
エドワードは仕事も、執事のアレクと領地の代行管理者たちに任せた。
付き添ったのはエドワードと、護衛騎士数名、看護婦と乳母の臨時のメイドのみであった。
エリザベスは娘の足のケガの話を聞いて、気が動転してしまって同行できる状態ではなかった。
その夜から不眠が続き、主治医が精神安定剤を処方するようになった。
ミナも同様、心が不安定になってしまい、片手も捻挫してるので、本邸から一端、家族の住む別邸へと帰省させた。
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王都の国立病院は、主に貴族や裕福な家庭が利用する予約制の病院である。
内科、外科と、各病状に分かれて専門の担当医がついている。この時代まだ希少な小児科外来もあった。
早速、小児科外来でリリアンヌの足を医師に診察してもらった。
専門医師の触診や打撲痕、腫れ、内出血と丁寧に診察して総合的な判断などから、やはり右足首の骨が折れてるとの見解だった──。
専門医が言うには、このまま病院で骨が癒合するまで入院させた方がいいだろう、また、病院には小児科専門の医者や看護婦がいて、完全看護をしてくれる。
家で養生するより、リリアンヌの回復も早いだろうと入院を勧められた。
エドワードは医師のいう通り、リリアンヌを入院させた。
──ここには、クリソプレーズ王室御用達の名医がいる。
エドワードはリリアンヌを預けても、安心できる病院だろうと判断した。
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夏が過ぎ初秋を迎えた頃、リリアンヌの骨折は無事に完治した。
この間、エドワードがセルリアン領と、王都と行ったり来たりしていた。
リリアンヌの足の経過は順調で、笑顔でつかまり立ちもできて、なんとか歩けるようにもなった。
ただ、残念ながら歩行の時、右足を少しだけ引きずっていた。
医者が言うには、歩く分には心配ない。
だが、膝の靭帯を痛めており、足を引きずる後遺症の可能性はあるので、退院しても定期的に健診して欲しいと云われた……。
エドワードが医師の話を聞いて、落胆したのはいうまでもない。
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少し時を遡る──。
火事の数日後、公爵領本邸の納屋の小火の原因を調査したところ、一人の若い従者が飲酒時に、煙草の不始末によるものだと発覚した。
その若い従者も故意ではなかっために、事故として処理した。
それでも注意義務を怠ったため、過失責任として、エドワードは働いた分の給金と退職金を渡して解雇とした。
厩舎の責任者のキースも、今年の夏に支払う特別手当は無しとなった。
エドワードはキースについては、お咎めなしにするつもりだったが、それでは厩舎長として示しがつかぬとキース自らが頑なに拒否したのだ──。
乳母のミナは、リリアンヌの右足の後遺障害が残ると知らされて、更に精神的ショックを受けてしまう。
終いには、お乳も出なくなってしまうくらい気を病んでしまい、ミナとその家族は途方にくれた。
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エドワードと、夫の護衛騎士団長のドナルドが、ミナのことで相談していた。
『困ったもんだな、ミナのお乳がでないとなるとリリーもだが、ミナの赤ん坊まで困るだろう……』
『本当に申し訳ありません、旦那様。多分リリアンヌ様のケガで、妻は一時的にショックを受けたのではないかと……』
ドナルドが、申し訳なさそうにいう。
『気にするな、だが困った⋯⋯う〜ん、なにかいい方法はないものか……』
『あの……実は旦那様、妻の姪なんですがアンナという今年10歳になる娘がおりまして、この子を妻が非常に可愛がってるんです。できれば短期間でもいいのでアンナを、妻の側におけば心が休まるかもしれません』
『ああ、それはいい考えだ! その女の子をミナに付き添わせろ、その後もリリーの専属メイドにすれば、将来、娘の遊び相手にもなろう!』
エドワードは早速、ミナの姪のアンナをリリーのメイドにして彼女の傍に置いた。
ほどなくしてミナもアンナが来てくれたおかげで、大分心が慰められたのか、母乳もスムーズに出るようになった。
結局、アンナはその後も本邸に移り住み、後にはリリアンヌの筆頭メイドになった。
だが、ただ一人まだリリアンヌの怪我から、心を病んでいる者がいた。
母親のエリザベスである──。
あの日以来、好きな乗馬もせずに部屋に1日中部屋に引き籠るようになってしまった。




