04. 父と娘のティータイム(1)
2025/4/22 修正
◇ ◇ ◇
初夏の日差しがキラキラと眩しい。
真っ白で大きな夏雲がぽっかりと浮かんでいる。
大空には鷲が雄大な翼を広げて高く飛んでいく───。
王都の街並みの少し澱んだ空の色とは違う。
どこまでも澄み切った、コバルトブルーの青空である。
ルービンシュタイン公爵領本家の広い庭園には、薔薇や百合など初夏の花々が咲き乱れており、庭園内には広々としたお洒落なテラスがある。
緑の芝生には2つの長い影が伸びていて、若い紳士と女の子がティータイムを楽しんでいた。
時折り吹く涼しげな風と、暖かい日差しが心地よい──。
若き紳士の名はエドワード・ルービンシュタイン。
この屋敷の主でありエリザベスの夫だ。
エドワードも領地経営が多忙な日々ではあったが、一人娘が淋しくならないように、時間の合間を見つけては一緒に過ごしている。
◇ ◇
「アレク、エリザベスは昨日着いたと聞いたが、まだ一度も部屋から出てこないのか?」
「はい、旦那様。奥様は昨夜夕方頃にお着きになりましたが、まだご就寝中のようです……」
側にいた執事のアレクが返事をした。
アレク・ルーベンス男爵。
ルービンシュタイン公爵邸の筆頭執事である。
年の頃は50才前後。
額は少々薄いが、白髪混じりの口髭に上品さが漂う紳士である。
エドワードの父の代から仕えており、彼を赤ん坊の頃から世話をしている。
この道一筋のベテラン執事だ。
「ふん、ようやく領地に来たと思ったら朝食にも来ない、あれは母親の自覚が全くないな⋯⋯」
「奥様は王都からの長旅で着いたばかりですし、お疲れなのでしょう⋯⋯」
アレクはエリザベスを庇うようにいう。
「まあ、いい、さすがに夕食時には来るだろう」
エドワードは再び、ふんと鼻を鳴らし新聞をバサリと拡げて忌々しげにいう。
「おとしゃま〜!」
テラス席の少し離れた場所から、舌っ足らずの可愛い女の子がエドワードの元にやってきた。
少しだけ右足を引きずりながら子犬を抱きかかえている。
「おとしゃま、ねえみてみて! レモン君ね、くしゃみしたの、とてもかわい〜の!」
女の子はとても小さい──。
白テラスのテーブルよりも低い背丈だ。
「おおリリー、くしゃみだって? 小犬もくしゃみするんだね~!」
エドワードは顔が蕩けるくらいの笑顔で、女の子と子犬の頭を交互に撫で撫でする。
「うふふ⋯⋯」
笑顔の愛くるしい女の子は、エドワードの娘リリアンヌ。
愛称リリーだ。
エドワードは軽々とリリーを抱きあげて、そのままちょこんとエドワードの座る、横のテラスチェアに座らせた。
「クゥン…クゥン…」と甘えた子犬の鳴き声。
娘が名付けたその雄のマルチーズ犬。
普通のマルチーズは、白い被毛が多いがこの子犬は珍しく黄色の被毛であった。
◇ ◇
娘のリリアンヌは赤ん坊の頃、ある事故で右足を損傷してしまった。
そのため歩行時は少しだけ片足を引きずっている。
通常歩く分にはほとんど差し障りがないし、座ったり立ったりもできるが、走ることが少々困難だ。
早く走ろうとすると転倒しやすい。
なので鬼ごっこなど同年代の子供達と、一緒に走り回って遊ぶことはできない。
そのせいか大きくなるにつれて、大人しい内向的な少女に育ってしまった。
特に4歳になると物心がついてきたのか、一緒に遊んだ友達がリリアンヌの歩き方や、走れないことを指摘した。
それ以来、リリアンヌは友達とあまり遊ぼうとしなくなった。
ひたすら家の中で絵本ばかり読むようになった。
そのおかげもあり、この頃は随分と話す言葉も以前よりも、しっかりとしてきたのは良いのだが⋯⋯。
エドワードは家に籠ってばかりいる娘を不憫に思い、今年になってリリーに飼い与えた子犬がレモン君である。
ふわふわの黄色の被毛に見え隠れする、くりくりの真ん丸の黒眼が愛らしい。
陽光の中でちょこまかと走り回るレモン君は、不思議と犬の回りだけ空気が違う。
目の錯覚なのか、レモン君は陽だまりのように光り輝いて見えた。
──ふ〜む、まるでおとぎ話に登場する神獣みたいに、神々しく見える時があるんだよな。
時折エドワードは目をゴシゴシと擦って苦笑する。
リリアンヌはレモン君にぞっこんだった。
寝る時もリリーのベッドの毛布に、レモン君がもそもそ入って一緒に寝るほどだ。
それを見たメイドは、ベッドに犬毛がくっつくのが嫌だった。
「リリアンヌ様! ベッドに子犬を入れるのはお止めください」
とメイドが注意をしても──。
「ごめなさあ〜い!」とリリアンヌはその場では謝るものの、朝メイドが起こしにいけばレモン君と一緒にスヤスヤ眠っている。
困ったメイドはエドワードに相談したが、
「させておくように⋯⋯」
と、彼はそのまま子犬をベッドに入れるのを許してしまった。
──子犬は、母親のいない娘の寂しさを紛らわせてくれる、娘はひとり寝が寂しいんだろう⋯⋯。
リリアンヌは幼い頃から、ほとんど母親に愛してもらうことはなかったのだ。
※ エリザベスの夫と娘の登場です。(*^。^*)