47. エリザベスと乗馬
※ 2025/5/2 修正済
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5月になって、ようやくクィーンズ地区付近の、林や森のヤマ桜の木々が開花しはじめる。
中旬になれば満開となりヤマ桜の花びらが空中に舞う始める。
新緑の木々と桜の花びらが混ざり合って、色とりどりのバリエーションの丘が見れて春めいた季節になる。
公爵領本邸の庭園のヤマ桜の木々も既に満開となり、そろそろ白や紅色の花びらも散り始めだした。
本邸を正面にして左側に従者たちが寝泊まりする別館がある。
さらに少し歩いた先には厩舎と納屋があり、厩舎には馬が8頭ほどいる。
4頭は馬車専用で残りの4頭は乗馬用だ。
厩舎の前には広いパドック(小放牧場)もある。
この日、暖かな春の日差しの中でパドックで乗馬を楽しんでいるエドワードとエリザベスの姿があった。
エドワードが愛馬のルイを引いて、ルイの背に乗るエリザベス。
エリザベスは厚手の黒い帽子を被って、短めの紺のブレザーとキュロット形の紺のロングスカートと乗馬用の黒ブーツを見事に着こなしてる。
愛馬ルイの白毛が、日光に反射してキラキラと輝いている。
その背に騎乗しているエリザベスは微笑んでいてとてもご機嫌の様子だ。
エドワードは、妻の女神の如き姿に見とれながら、心の中は大満足だった。
実は、エリザベスに乗馬を勧めたのは夫のエドワードだった。
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昨日の夕食を終えた後に『エリザベス、暖かくなってきたし君も乗馬を初めてみないか?』
『え、乗馬ですか?』
『ああ、色んな運動してるようだが、サマンサがいうには毎日、変な自転車もどきのうさんくさい器具を漕いでて不安だといっていた』
『まあ、サマンサったら旦那様に告げ口したのね!』
『はは、サマンサを責めるな、君の体調を心配したからだろう。それより乗馬なら外の空気も吸えるし、痩身のためにもいいと思うよ。屋敷には厩舎の馬たちが何頭かいるから、私が直接教えてあげよう』
『たしかに乗馬は素敵な考えですわ! 旦那様の愛馬のルイといいましたっけ?──白毛がとっても綺麗な馬、わたくし彼に一度乗ってみたかったの、ぜひお願いしますわ──でもわたくし実をいうと10歳くらいまで仔馬に乗ってましたのよ、残念ながら母に止められてしまってそれきりだけど……』
しょんぼりと項垂れるエリザベス。
母のセーラが淑女にあるまじき行為だと、エリザベスから仔馬を取り上げてしまった。
『ああ、知ってる。凄く上手だったらしいな』
『え、何故それを知ってなさるの?』
『あ、いや……君の噂は王都の令息たちが、そのいろいろと噂してたからね』
とエドワードは焦って言葉を濁した。
──まさか、ロバート殿下が子供の頃、エリザベスが王子に馬が乗れないのをコケにしたなんてロバートから直接聞いたなんて言えやしない。
エリザベス自身も、あの子供が実は王子だって知らなかった訳だし。
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『旦那様、どうですか?わたくしの騎乗スタイルは!』
『え、ああ(ハッとして)うん、止める、歩く、曲げるの基本はしっかりとできてるね』
『良かった、子供の時以来だから不安だったけど、身体が覚えていたわ』
『背筋もスッとのびていて騎乗スタイルがとてもいいな。さすがだよ』
『ありがとう、旦那様に褒められるのが一番うれしいわ』
エリザベスはよほど馬に乗れて嬉しかったのか、今日はとても素直だ。
『この様子なら、すぐに速歩と駆歩も難なくできるだろう、来週から一週間ほど街や村の視察に行くから、帰ってきたら2人で付近の丘陵を馬で散歩しよう』
『まあ、一週間も視察に行ってしまうのですか……』
とがっかりするエリザベス。
『なに、ほんの一週間程度だよ、私がいない間はキースという厩務員に習うといい。わたしが子供の頃から居る従者で教え方は上手だから。』
『わかりました、帰ってきたら、旦那様を唸らせるように上手になってみせますわ』
『はは、その意気だ。早朝の館近くの丘陵の景色は本当に見事だから、あの景色を君に見せたいんだよ』
『それはとっても楽しみだわ──』
エリザベスはようやく機嫌がなおったようで、夢見るようにエメラルド色の瞳を輝かせた。
『今日はそろそろこの辺でやめよう、ルイ、止まるぞ、どうどう──』
といって、エドワードはルイの手綱を動かして止めた。
エリザベスが馬から降りた拍子にバランスを崩してよろけそうになったが、エドワードが身体で支えてあげた。
エリザベスを抱きしめた状態になったエドワード。
暫し見つめあう2人──。
エドワードはエリザベスが余りにも美しいので、衝動的に熱い口づけをした。
エリザベスは満足げに、そのままエドワードの首に両手を回した。
『ヒヒーン、ヒヒーン』
愛馬のルイが楽しそうに嘶いた。
夕日を背にした2人のシルエットが重なり合い、とても美しい絵画のようであった。




