43. エドワードの大反省
※ 2025/5/2 修正済
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既に夜は深まっていた、エドワードの寝室兼書斎。
『旦那様、今夜も召し上がりますか?』
『ああ、そうだな、今日は今年のマラカイトでいい』
『かしこまりました』
執事のアレクがサイドボードからワイングラスを取り出して、手慣れた手つきでコルクスクリューを時計周りに回してコルクキャップを抜く。
ワインボトルから色鮮やかな液体をグラスに注ぐ。
注がれたワインの色は無色でも赤色でもなく美しい緑色だ。
正式な名はマラカイト・グリーンワインといって、クィーン地方のぶどう農場でつくった特産品である。
マラカイト(孔雀石)の宝石と云われている緑のぶどうから作られたワイン。
王国でも建国記念日の“みどりの日”には必ず、このワインを王室に献上して、緑の女神に捧げる儀式がある。
この地域限定の高級ワインで、セルリアン領の財政にも貢献している。
『うん、上手い。すっきりした酸味がある。後からマラカイトの花の香りが爽やかで風味がいいな…』
『よろしゅうございました。去年は朝晩の寒暖差が強くありましたから、ぶどうの質がいいと農場の生産担当が申しておりました』
『そうか、今は大雪だから担当も大変だろう、確か凍害の被害申請が出てたな。栽培農園も一応視察に行かないと。明日以降開いてる日を調べて手配してくれ』
『かしこまりました』
最近、エドワードは寝酒の日々が続いている。
余りアルコールに強くなく、身体には悪いとわかっていても酒に頼って眠りについている日々だ──。
主な理由として、今冬のセルリアン領は例年以上に雪が多く、各村や町で領民から雪害の被害が多数よせられていた。
各地域の村長や市長ほか執政官たちと相談して、災害対策本部の設置や食料などの救護支援など。
領主のエドワードも率先して雪害の打開策に精を出していた。
亡き父から爵位を受け継いで早二年以上が経過したが、まだ若いエドワードには、広い土地の領主生活には不慣れな点が多い──。
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『ふうっ……』
エドワードは、ワインを軽く口に含んで、ゆらゆらとゆらめく孔雀石色のグラスを見つめて溜息をついた。
──ロバート王子の側近だった頃はお気楽な時間を過ごしていたなと王都が少し恋しくなった。
エドワードは机の上に積み上げられている、決裁書状等の束を見て溜息をついた。
この所、これらの書類に目を通すために深夜まで仕事が及ぶようになった。
そのせいで夕食を済ますと直ぐに仕事にかかりきりとなり、夫婦の寝室も滅多に行かずに自分の部屋で寝起きしていた。
エリザベスがリリーを出産後、彼女が身体を崩してからは労わる理由も当初はあったのだが。
『それにしても…………』
と無意識に呟く。
エドワードは、昼間のエリザベスとの喧嘩を思い出していた。
──驚いた、まさかエリザベスがあんな不満を口にするとはな。
あの時、彼女は“抱いてくれない”って…いいかけたよな?
エドワードにとってはまさに意外だった。
エリザベスは余りそっちには興味ないと思っていたから。
確かにこの頃は、リリーばかりかまけてて妻をおろそかにしてた。
エドワードも本邸に戻って来て以来、王都のタウンハウスの新婚生活とは環境もがらりと変わって領主の激務で、心身共に疲れていたせいもあった。
『はあ………』
エドワードはまたもや溜息を零した。
グラスをテーブルに置き、脱力するように椅子にドカッと腰かける。
今のは全部私の言い訳に過ぎない、避けた理由は疲れだけじゃない。
誰よりも自分がよ~くわかっている。
やっぱり妻の体型変化なんだよなぁ…。
エドワードは、新婚時代のエリザベスの抜群のプロポーションを回想した。
雪の女王のような花嫁衣装のリズ。
艶めかしいネグリジェ姿も露わなリズ。
リズは結婚当初は、あれほど大輪の薔薇のように美しく艶っぽかったのに。
あれは夢か幻か──?
一体、今の彼女の姿は何だ?
あんなの詐欺じゃないか!!
いや、私も悪い──。
きっと私が夜を共にしないで、エリザベスは一人ぽっちで淋しかったんだろう。
一時はあんなに産後でやつれていたから……。
あの時私がもっと妻を気遣って労われば良かった、生まれたリリーが可愛いくて、そっちにばかり目がいっていたんだ。
──そうだ、私が悪かったんだ。
昼間の悔しそうに泣いたリズの顔、初めてみた気がする。
おまけにだ、私は彼女に太ったと面と向かって言ってしまった!
夫たるもの、それが事実であったとしてもだ!
若い妻にあんな傷つける言葉はけっしていうべきではなかった!
『ああああ──エドワードの大馬鹿野郎──!』
エドワードはたまらなく嫌になって大声で叫んだ!!
『だ、旦那様、どうなされましたか……?』
『大丈夫、なんでもない、もう下がっていいぞ!』
とエドワードは自分の顔を抱え込んだままで、アレクに下がるようにと手でジェスチャーをした。
※ ※
エドワードは一人になって気持ちを切り替えた。
そうだ、たとえ外見がどう変わろうとも、リズは私のたった一人の妻であり私の初恋の人に変わりはない。
──うん、このまま酒をかっくらって酔っぱらえば、何とかできるだろう
何やらぶっとんだことを己に言い聞かせた。
エドワードはワインを一気に飲み干してそのまま勢いよく席を立った!
※ エドワードはそうとう後悔してます。




