42. エリザベスの決心
※ 2025/10/20 修正済
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公爵領本邸にはお風呂がある。
それも天然温泉だ。
昔、エドワードの曽祖父が、この土地に本邸を構えた理由は、クィーンズ地区の一部の地域が温泉郷だったからと云われている。
一階の本邸の端にある浴場内は、とても広く全てがパールホワイトの大理石でできている。
浴場のお湯は、源泉で身体も洗えるが、屋敷は水道設備も整っているため、蛇口を捻れば水やお湯まででる。
クィーンズ地区の温泉郷は、セルリアン領でも有名な波状丘陵地帯の美しい景観とセットで、王都の国民特に上級貴族たちの、避暑地として人気の理由の一つである。
クィーンズ市街には平民のみの共同浴場もあり、市民や村人たちの憩いの場にもなっている。
まだ暖房に関しては、昔ながらの薪や炭を主に利用している。
クリソプレーズは、各鉱山で採れる貴重な宝石、電気宝石がある。
王都では、その電石を利用したストーブも普及してきたが、まだまだ火力が弱いし価格も高い。
公爵領本邸も暖炉や蒔きストーブを利用していて、敷地内には大きな納屋と材木小屋もあった。
北国のセルリアン領のような極寒の地域では、森林を伐採して薪や炭を使って暖をとるのが主流である。
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もくもくと温泉の湯気の中で、湯あみをするエリザベス。
『奥様、お湯加減はいかがでございますか?』
湯船につかっているエリザベスの髪を洗いながらサマンサが聞いた。
『はあ、とっても気持ちがいいわ……』
『もう少し、熱いお湯を足しましょうか?』
『ううん、大丈夫よ………丁度いい』
『かしこまりました』
『あ~サマンサ、やっぱり温泉は最高ね。これだけはここに来て良かったと思うわ……』
エリザベスは、先ほどまで泣いていた時とは、打って変わってリラックスした様子だった。
サマンサも今日は特別に一緒にお風呂に入っている。
エリザベスのたっての頼みだった。
『サマンサ、わたくし物凄く太ったわね……』
エリザベスは湯船の中の、自分のふくよかな下半身をしげしげと見つめながらいった。
『見て頂戴、このトドのようなお腹!』
と、エリザベスは自分でつっこみ入れたくらい、お腹の贅肉を指でぷすぷすとつまむ。
以前はお尻も小さく太ももはすらりと細かったが、今では下半身は“どで〜ん”とした見事な太い大根のようだった。
『なんだかわたくしって、とっても醜いわ……これじゃあ旦那様が、自分の部屋で寝るのも無理はないわ…』
サマンサは困った顔で『………奥様、以前は細すぎましたから……貫禄ある貴婦人らしくて良いではないですか?』
『サマンサ、甘やかさないでちょうだい、客観的にみてこれは若い淑女の体型ではないわ!』
『あ、まあ確かにお腹のあたりはちょっとアレですけど……』
苦し紛れにいうしかないサマンサ。
『サマンサ、わたくしまだ18よ、さすがに中年太りの叔母様たちと同じでは駄目よ』
エリザベスは親戚のでっぷり肥えた叔母たちをついつい思い出した。
エリザベスの婚約が決まった時のパーティーの席で、偶然、叔母たちがエリザベスの噂をしてるのを、本人が聞いてしまった時があった。
『リズはロバート王子に嫁ぐと思ってたけど、まさか妹が嫁ぐとはねぇ~』
『本当、びっくりしましたわ、まさかマリーとはね、一瞬天地がひっくりかえったわ』
『あなたも? 私もですよ。でもちょっといい気味もしましたわ』
『そうね、リズは美しく頭もいいけど、謙虚さが足りないと前から母親も嘆いていたからね』
『そうそうセーラも気の毒に……あのエリザベスの怒った時の癇癪ったらありゃしない。うちの主人なんて付け髭が、逆さまになるくらいびっくりしましたわよ!』
『おほほほほっ!』
どっと談笑する叔母たち。
この時の会話をエリザベスは一部始終覚えていた。
──あの時の叔母様たちって物凄く癪に障ったわ。
思わず怒鳴り込んでやろうとかと思ったけど、お母様に叱られると思ったから、あの時はぐっと堪えたのよ。
そういえば叔母様軍団はいつもお茶会でお会いすると下世話な噂話をしながら、ひっきりなしにお菓子を食べてたのよ。
あの醜態、見ていてわたくしはとても不快だった。
良くまあ喋って食べて、また食べての繰り返し!
おお嫌だ──!
わたくしもこのまま食べ続けていたら、確実にあの悍ましいお仲間軍団に入るとこだった!
エリザベスは、ぶるっと身震いして湯舟の中に目の下までぶくぶく……と顔を湯船につけた。
『そうですね、確かに奥様はまだまだお若い、春になればまた元の体重に戻られますよ』
『いいえサマンサ!──このままでは無理よ、わたくし決めたわ!』
『は?』
『明日からダイエットするわよ!』
エリザベスは意を決したかのように『ザパッ~ン』と突然、元気よく湯船から出た。
そのまま淑女らしからぬ、何も纏わず素っ裸で堂々と着替え室に入っていく。
『奥様、お待ちくださいませ!』
慌ててサマンサも浴室を出て、エリザベスにバスタオルで身体をくるませた。
エリザベスは髪の毛をタオルで拭きながら
『見てて、サマンサ、見事に痩せて旦那様の目線をリリーでなく、わたくしだけに絶対に向けさせてみせるから!』
『………ええ、がんばってくださいまし』
とはいったものの、サマンサは内心は──
もう少し奥様がリリアンヌお嬢様に母親としての、愛情を向けて頂けないか、何かきっかけがあるといいのに……と思っていた。
このままだと母と娘ではなく、エドワード様を女同志で獲りあうという歪な関係になってしまう。
なんとなくサマンサは、この先奥様が何か、危うい道をたどるような焦燥感にかられた。




