39. 雪かきとエリザベスの変化
※ 2025/5/2 修正済
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セルリアン領クィーンズ地区も真冬となり、しんしんと雪が降り続く。
王都から遠く北の公爵領地の中でも、降雪量が多く豪雪地帯なので極寒の寒さだ。
1月ともなれば、氷点下30度以下になる日もあり、雪の量も多く吹雪の日が何日も続く時もある。
公爵領本邸の早朝──。
久しぶりに雪が止んで気温もマイナス1度前後と過ごしやすい日だった。
今日は地元の平民たちが、スノーシャベルやスコップを使って、屋敷の屋根の雪かきをしてくれた。
バッサバッサと大きな雪のかたまりが勢いよく地面に落ちていく。
『おーい、気をつけろよ!』
『わかってるよ、ほら次落すぞ』
『ほいよ!』
と屋根に登った平民が、地上にいる平民に雪を落とす合図をする。
落とした雪を庭園まで運んで大きな雪山になっている。
庭園内には平民の子供達が、キャッキャッと笑い合って雪山でソリ滑りをしたり、雪だるまを作ったり、仲間同士で思い思いに遊んでいた。
エドワードは時々、クィーンズ市街の平民の家族を屋敷に呼んで、雪かきを頼んで賃金をあげている。
平民たちは日頃から、市街の雪かきに馴れてるので従者たちよりも上手だ。
何日も雪が降り積もると、領民たちの中には狩も農業もままならぬ人々も出てくる。
それら近所の村人や街の平民たちに屋敷の雪掻きや補修をさせていた。
エドワードは、冬の間、少しでも貧しい領民たちに仕事を与えていたのだ。
屋敷の屋根の勾配は比較的緩やかだが、それでも落ちたら大怪我をする。
屋根に突き出てる煙突に、命綱を巻いてから作業をする。
屋敷は横長で屋根が広範囲にわたる為に、2人1組となって作業をする。
もし1人が落下したら他の1人が助ける。
無理なら人を呼ぶ仕組みになっている。
それでも毎年梯子から降りた時に足を滑らして落ちてケガする人もいる。
雪かきは命がけで怖い作業だ。
エドワードは2人1組を心がけた。
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屋敷の居間の窓からは、エドワードの笑い声が聞こえてくる。
『リリー、ほーら、高~い、高~いだぞお~!!』
エドワードが両手を高くあげてリリアンヌをあやしている。
『うきゃ、うきゃきゃ……!』
リリアンヌが楽しそうに笑っている。
かわいい兎の耳が付いた、暖かそうな着ぐるみに包まれたリリアンヌ。
もふもふのぬいぐるみのように愛らしい。
『ああリリーはだいぶ重くなったな、リリーの体はどうだ、ミナ!』
『はいエドワード様、リリアンヌ様はお風邪も召さずお乳も沢山お飲みでございます』
すぐ側にいるミナが赤ちゃんを渡されるのを待ち構えていた。
『そうだろう、すくすく育ってくれていいことだ。おめめがとっても大きいなぁ、エメラルド色の瞳はエリザベスそっくりだよ』
と、エドワードの顔は、柔らかいリリアンヌの頬にスリスリとくっつける。
『パァプ──!』
リリアンヌは指しゃぶりをしてにこにこ笑顔だ。
『お、聞いたか、今パパっていったよな!』
『え?ええ~エドワード様、そう聞こえましたわね……。』
ちょっと苦笑いのミナだ。
赤ん坊が『パパ』『ママ』と呼ぶのは1歳過ぎてからといわれてる。
半年のエリザベスにはまだ少し早い気がするとミナは思った。
少し離れたソファにはエリザベスが座っていた。
毛皮のこれまた、もふもふのピンクの室内着に包まりながら、テーブルの上にあるチョコチップクッキーをぼりぼりと食べている。
食べているエリザベスの顔付きは太ったのか、下膨れになっており別人に見えるくらいだった。
『旦那様ったら、リリーはまだ生まれて半年ですわよ……しゃべれるふぁけないへはないですか?』
『?……何言ってるんだ、エリザベス?──そんなに頬張って。また食べているのか? さっき朝食を食べたばかりだろう』
『(ぼりぼり止めずに)だって仕方ありませんわ、このところ酷くお腹がすくんですもの……』
エリザベスは、去年夏にリリアンヌを産んだが、産後の肥立ちが思わしくなかった。
だが11月頃からようやく身体が回復した。
サマンサが毎日料理人にリクエストして、薬草スープを飲ませたおかげもあったのだろう。
薬草スープは酷く不味かったが、エリザベスは体が治るならと我慢して毎日飲んだ。
その薬草スープが効いたのか、食欲も元に戻ってきて、貧血や体の怠さもなくなった。
その薬草スープは、ジャガイモ畑でエドワードと懇談した農民たちが、森で摘んできてくれたあの薬草だった。
だが、エリザベスは体の調子は良くなったが、今度は困ったことに食欲旺盛になってしまった。
毎日毎日、やたらと食べるようになった。
そのせいで体重が増えて、あっという間に肥えてしまった。
エドワードはエリザベスを見つめると、額に三本皺を寄せてリリアンヌをミナに渡した。
『エ…エドワード様、リリアンヌ様を子供部屋で休ませますね』
『ああ、お願いするよ』
エドワードの顔から何かを察したミナは、乳母車をひいていそいそと居間から出ていく──。
エドワードは黙ってエリザベスを凝視した。
エリザベスは、ひたすらぼりぼりとクッキーを頬張り続けている。
──はあ……妻は、一体どうしたというんだ?
リリアンヌを産んだ後、体調が思わしくなかった時は酷く痩せてしまったのに。
治ったと思ったら、今度は異常な食欲でぶくぶくと太ってしまった。
エドワードが呆れるのも無理はない。
エリザベスは今朝の朝食も、クロワッサンやバターロールのパンを数個も食べ、他にポタージュスープやベーコンエッグ、鶏肉ロール巻サラダ迄。デザートはプリンとアイスクリームもペロリと平らげた。
それがここんとこ毎日続いている──。
夕食も朝食同様に大食だった。
──私が気付くだけでも、常に食べている状態だ。
一体、エリザベスに何があったんだろう?
『産後の肥立ちが済んだ途端、これだからな……』
エドワードはため息まじりに呟いた。
『? 旦那様──何かいいまして?』
エドワードはエリザベスを呆れて注視するだけで無言だった。
だが、その顔は沈痛な表情であった。
『何よ旦那様! その冷たいお顔……何かいいたいことがあるならハッキリおっしゃって!』
エリザベスが、エドワードに突っかかってきた。
『よし、ならいわせてもらうが、エリザベス、君は食べすぎだよ!』
『!!』
エリザベスのクッキーをつまむ手がぴくっと止まる。
2人の間が一触即発の雰囲気になってきた。




