38. 朝駆けのエドワード
※ 2025/5/2 修正済
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9月も終わり頃の、クィーンズ地区付近の丘陵地帯。
早朝のなだらかな丘に靄がたちこめると、丘陵の景観は黄金色の幻想世界となる。
ひとたび朝日が昇り始めれば、濃い霧はたちまち消え去り大地には、青いビーツ畑と緑と黒の縦縞模様の秋蒔き麦の畝る丘がくっきりと見えてきた。
まるで絵画のような牧歌的な光景が鮮やかに広がっている。
この時期は秋じゃがいも畑作の収穫シーズンでもある。
丘に沿った赤茶色の大きな道をパカラパカラ!とリズミカルに、二頭の馬の蹄の音が聞こえてくる。
見事な馬に騎乗して、丘を走り駆けていく男たち。
馬に乗っているのは、領主のエドワードと、もう一頭には本邸護衛騎士団長のドナルドだ。
ドナルドの妻はリリアンヌの乳母のミナである。
朝日が射す陽光の中で、金色に彩られたジャガイモ畑の畝の丘まで駆けて来た。
『どうどう……』
とエドワードは、馬の手綱を引いてゆっくりと馬を止めた。
『ヒヒーン!』
『よしよしルイ、いい子だ』
と馬の首を撫でた。
エドワードは眩しそうに眼を細めて辺りを見回す──。
『おお見ろドナルド、今朝はすごく良い天気だ!』
『はい、エドワード様。真に気持ちの良い朝です』
『ヒヒーン!』
エドワードの騎乗してる馬も満足そうに嘶いた。
『ははは、ルイも朝から走らせたから嬉しそうだな』
とエドワードはルイの首をよしよしと撫でた。
ルイはエドワードの愛馬で“ルイ二世”という。
子どもの頃から乗っていた牝馬“ルイ一世”の子供である。
黒目がくりっとしていて、白馬のとても賢そうで綺麗な馬だ。
エドワードは時おり、朝早く馬に乗って散歩がてら近隣の村の視察も兼ねていた。
公爵領本邸から一番近いコゼミッツ村の畑では、早朝から一斉にジャガイモの収穫を農夫たちが忙しなく働いていた。
重機などはなく一つ一つ人間の手で丁寧に、ジャガイモを収穫をしていく地道な作業だ。
収穫した一部のジャガイモは土にいけ、越冬させる。
既に一定量のジャガイモが積み上がってる。
これを麦藁と土で覆うのだ。天然の冷蔵庫となる。
エドワードは馬から降りて、ドナルドにルイ二世の手綱を持っててもらう。
収穫した大量のジャガイモを、リヤカーへ積んでる農夫に近づき──
『やあ、おはよう。朝から精がでるね。今秋のジャガイモはどうだい?』
『あ、エドワード様、おはようごぜいます!』
農夫は仕事の手を止めて、土で汚れた真っ黒い日焼け顔から被っていた帽子をとり、エドワードに笑顔で挨拶をした。
『へえ、今夏は天候に恵まれたせいか、イモの大きさも手ごろで、去年よりも甘味がありやす。越冬すればさらに糖分が増して甘くなるはずでさ』
『そうか、それは良かった』
エドワードは嬉しそうだ。
秋ジャガイモの収穫が豊作なら領民たちが温かく冬を越せるし、領地の収入も潤う。
『あ、エド坊ちゃん、早起きですな、おはようごぜえます!』
『エドワード様、おはようごぜえます』
『旦那様、おはようございます』
エドワードに、気付いた農夫たち3,4人も、農作業の手を止めてエドワードの傍に近寄ってきた。
『ああ、みんなお早う、早朝から精がでるね!』
エドワードはにこやかに笑って片手をあげて挨拶をする。
子どもの頃から村の人々と接してるせいか、公爵領の当主とは思えない気さくさである。
一人の老農夫が帽子をとって、日に焼けた顔で近づいてきた。
『エド坊ちゃん、後でとりたての新種の秋じゃがいもを、本邸までお届けしますだ。ぜひ奥様とお嬢様に食べさせてあげてくんなせえ…』
『はは、娘はまだ赤ん坊だから無理だが妻には食べさせよう』
『奥様は、すんげえ別嬪さんだと聞きましただ、ワシら見てみたいですな!』
『こら、失礼な事いうんでない!』
後ろにいた護衛騎士のドナルドが注意した。
叱られた初老の農夫は項垂れてしゅんとした。
『いいよ、かまわない。今度一緒に来て皆にも合わせたいが、妻は産後で体調が少々悪くてね』
『へえ! それはていへんだ、後で産後に良く効く薬草をうちの婆さんと一緒に摘んできますだ、すげえ良く効くと評判の草だで。一日も早く奥様が回復することをお祈りいたしますだ……』
『おおそうじゃ、ワシも手伝うぞ!』
『おらも!』
『ああ、みんなどうもありがとう!』
エドワードは農夫らの素朴な優しさが堪らなく嬉しかった。
『エドワード様、そろそろ戻りませんと朝食の時間に遅れます……』
ドナルドが背後からエドワードに言った。
『分かった、余り根をつめると腰にくるから、ほどほどに頑張ってくれ!』
『『エドワード坊っちゃんもお気をつけて……』』
農夫たちは2人に深々とお辞儀をした。
エドワードたちは、馬に跨って公爵領本邸へとパカッパカッと走り去っていった。
手を振って二人を見送る農夫たち。
『エド坊ちゃんはほんに立派になられたなあ!』
『ほんにさ、さぞや先代様も天の空で喜んでなさるだろうよ』
『ほんになぁ……お子さんも産まれてなによりだべ~』と涙ぐむ初老の農夫。
エドワードは父の遺志をついで、農民や平民とも身分に隔てなく、気さくに話しかけるので領民たちから好かれていた。
家令たちから見ると少々、舐められてるくらいである。
山の麓から登り始めた朝日のグリーンフラッシュが、なんとも見事で美しい。
クィーンズの大自然の澄み切った空気だから見える朝の光景であった。
──ああ、それにしても今日はなんて綺麗な朝だろう!
こんなに美しい景色をエリザベスにも見せてあげたいものだ!
いつか必ず妻と二人っきりで、騎乗してこの丘を思いっきり駆け巡ぐろう!
エドワードは心に決めた。




