31. 困惑するエドワード
※ 2025/5/1 修正済
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エドワードは、白シャツとお揃いの紺のベストとジャケットにズボン。
茶色本皮のハーフブーツという軽装である。
領地にいる時は護衛と一緒に馬にも乗り、村や町まで視察に出向くこともあるので、夏は軽装スタイルが多い。
エリザベスも、白絹のゆったりとしたフリルのついたロングワンピース姿である。
出産間近とあってコルセットぎゅうぎゅう締めつける正装スタイルは、さすがのエリザベスでも厳しい。
エドワードはエリザベスを抱きしめて、彼女の顔にかかる滑らかな銀髪を愛しそうに撫でる。
バルコニーから輝く陽光に反射して、煌めく銀髪はそれはそれは美しいなとエドワードは感嘆した。
『待たせてすまなかったね、なかなか客が帰らなくて⋯⋯お腹の様子はどうだい!』
『ええ、とっても苦しくてよ。それにこの子ったら、わたくしのお腹を蹴ってくるし……』
『ははは、そうか元気な子だな。もしかしたら男の子かもしれん!』
『そうかもね、もうどちらでもいいから、早く産まれて欲しいわ』
エリザベスはちょっと恨めしそうにいう。
『……ん? どうした、今日はご機嫌斜めだな』
エドワードが怪訝そうにエリザベスを見下ろす。
『だって……』
エリザベスはわざと長い睫毛を閉じて、拗ねた顔をエドワードに分からせた。
──旦那様が私をほったらかしにしてるんだもの!
お茶の時間にも来ないなんて、一体、お客と私とどっちが大切なのよ!
内心、憤慨しているエリザベス。
なんてことはない、要は夫にかまって欲しいだけなのだ。
何も気が付かないエドワードは、拗ねてる妻に微笑するだけだ。
『もうすぐのしんぼうさ。なあサマンサ、赤子の産まれる予定日は何時なんだ?』
エドワードは横にいるサマンサに声をかける。
『はい、お医者様はもうそろそろだと、おっしゃっていました』
『そうか、あとちょっとだな、何かこっちがドキドキしてくるよ、なあエリザベス!』
『ふん、平気よ!』
エリザベスは急にぷいっとエドワードに背を向けた。
──? 一体、妻は何をむくれているんだろう?
エドワードはサマンサに“エリザベスはどうした?” と目配せをした。
サマンサは(奥様は遅刻した旦那様にイライラしていますから、お気をつけくださいませ)と、身振り手振りで合図を送った。
エドワードも、ああ成る程⋯⋯と理解したのか、サマンサに頷いた。
エドワードは背伸びをしながら、
『ああ〜喉が渇いたな……サマンサ、私にも紅茶を頼む。アイスティーがいいな。アールグレイはあるかい?』
『はい、エドワード様、ございます、少々お待ちくださいませ』
サマンサはそそくさとお茶の用意の為に、バルコニーから室内のティーテーブルへ移動する。
その間、エドワードは背後からそっとエリザベスを軽く抱きしめた。
自分の顎をエリザベスの頭の上に乗せて、エリザベスの頭部にもキスをした。
『どうした、奥方様、美しい顔が見えないぞ?──私がお茶の時間に遅れたから怒ってるのかい?』
『…………⋯⋯』
エリザベスはそっぽを向いて答えない。
『遅れてすまなかったね……どうか機嫌を直してくれ』
それでも無言のエリザベス。
エドワードは困惑したが、ふと閃いて、エリザベスの耳たぶをぺろっと舐めた。
『ひいっ! 』
エリザベスは驚いてエドワードに振り向いた。
『もう旦那様様ったら子供みたい、おふざけはおやめになって!』
エリザベスは怒ったように言ったものの、その表情は嬉しそうだ。
『ああ、やっと笑ってくれた! しかめつらはお腹の子に良くないよ。もう少しの辛抱なんだから我慢しておくれよ』
宥めるようにエドワードは、エリザベスを再び抱きしめた。
それでもエドワードはエリザベスのお腹を気遣ってか、背後からゆらゆらと、ゆりかごみたいに彼女の身体を揺らしていく。
ふとエドワードは、エリザベスのうなじと耳たぶが異様に赤くなってるのに気が付いた。
『? どうしたエリザベス。やたらと顔が赤いな。ここは日差しが直接当たるから暑いんじゃないか?』
『──ううん、大丈夫よ……』
エリザベスは俯いて言った。
バルコニーのデッキチェアとテーブルには、大きな日除け用に白いパラソルを立てかけてあるが、それでも時間によっては陽ざしが強く当たる季節だ。
※
『旦那様、お茶の用意が出来ましてございます』
『ありがとう、サマンサ。ここは暑すぎる、君も室内に戻るかい?』
エリザベスは迷った。だが──
『……ううん、いいわ、もう少し外の夏風に触れていたいから』
一瞬、エドワードは怪訝な顔をした。
『……そうか分かった……悪いが私は室内でお茶を頂かせてもらうよ』
『どうぞ⋯⋯』
エドワードはエリザベスを支えながら、ゆっくりと白いバルコニーデッキの椅子に座らせて、チュッとエリザベスの頬に軽くキスをする。
そのまま、サマンサがアイスティーを置いたテーブルの室内に戻っていった。
その時、季節外れの金木犀の残り香を、室内に戻る夫から薫った──。
──旦那様の香水の匂いだわ。
エリザベスはすぅ~と大きく息を吸い込んだ。




