30. 臨月の苛立ち
※ 舞台はセルリアン領地に移りました。
※ 2025/10/3 修正済
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翌年の7月、雲一つない快晴のセルリアン領土の首都クィーンズ市街の少し離れた丘陵地帯。
ルービンシュタイン公爵本邸の2階にある妻の部屋。
豪奢な広々とした室内。
天井にはクリスタル硝子のシャンデリアが、キラキラと輝く。
白壁には、木彫りの梟の形をした飾り時計が14時半を指している。
エリザベスはエレガントな琥珀色のアームチェアにだるそうに座っている。
丸いサイドテーブルには、ホットミルクティーの入ったティーカップとスコーンが置いてある。
既にエリザベスのお腹は大きなボールくらい膨らんで、移動するのも困難になりつつあった。
『苦しいわ! サマンサお願い、ちょっと立たせてくれる? バルコニーに出たいの』
『はい、奥様』
サマンサがやってきて、エリザベスの身重の体を支え起こして立たせた。
よいしょと言いながら、バルコニーに向かうエリザベス。
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広々とした2階のバルコニーから、夏の日差しがとても眩しい。
白いデッキチェアのクッションのついた椅子に、エリザベスは、サマンサに助けてもらって腰をかける。
『ふう、気持ちいい風ね⋯⋯』
バルコニーから見渡す風景は、初夏の日差しが注ぐ光の中、輝く新緑の木々と、彩り豊かな花々が生い茂る庭園。
門外へそのまま続いていく、赤茶色の大きな道の先からは、丘陵のなだらかな起伏の田園地帯が広がっていた。
『サマンサ、旦那様はまだ執務室にいるの?』
『ええ、クィーンズ市の各商会の方々と懇談中と聞いております』
『もお、ティータイムだけはいつも一緒にっていってるのに!⋯⋯この頃お客様がひっきりなしにくるのね!』
『ええ、お忙しそうですね⋯⋯』
サマンサは気まずそうに答えた。
エリザベスは頬を膨らませてご機嫌斜めだ。
──旦那様ったら、最近わたくしのことほったらかし過ぎなのよ!
プンプンとした顔で、爪を噛むエリザベス。
『エドワード様は8月のサマーフェスティバルの準備で、なにかとお忙しい時期だとアレク様が申しておりました』
サマンサが伝えたアレクは、公爵本邸筆頭執事であるが、エドワードの領地管理にも携わっており、彼の右腕みたいなものだ。
エドワードは突然の父亡きあと若輩ながら、当主として務めることができたのも、有能なアレクがいてこそだった。
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セルリアン領のホームハウスは、屋敷自体がとても広く王都のタウンハウスよりもだいぶ広大である。
客室だけで10部屋ある。
夫妻が住む本邸以外にも別邸があり、それは本邸で働く従者たちの為の住まいだった。
別邸には地元から通う者以外は、各自それぞれ部屋があてがわれている。
在住する家令以外にも邸内従者が7人。
メイドもサマンサを入れて7人。
その他に領地専門の護衛騎士が10人。
料理人コック長含めて5人、
庭師が5人、厩舎馬番4名となかなかの大所帯である。
居住する家族は、ルービンシュタイン家直系のエドワードと妻のエリザベスだけだが、公爵家の分家(親戚)は広大なセルリアン領地内、各地域の当主となっていた。
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エドワードもエリザベスの出産に備えて、今春から共に王都からこの領地に移り住んだ。
これまでは、彼もロバート王子の側近として一年中王都にいて、領地経営は主に地元の代行責任者に任せていた。
公爵家を継いで結婚して世帯を持った事で、この転機に王子の側近も退いた。
今年からは本腰を入れて、領地の管理や地元の土地開発に取り組み始めている。
そのため最近は、平日はエドワードに会いに来る人々がとても増えた。領地管理人や貴族並びに商人等が、ひっきりなしに屋敷の出入りをしている。
もうすぐクィーンズ市で行う、真夏のイベントのサマーフェスティバルの準備に備える為だ。
今年は領主のエドワード自らが陣頭指揮をとる。
エリザベスも王都から一緒に来たのはいいが、臨月が近づいてきて外へ出歩くこともままならず、近隣の貴族の茶会に出向いたり、家へ呼び寄せたりするくらいしか楽しみがなかった。
彼女のお腹も大きくなり、自分一人で身動きすらもままならない。
この1ヶ月以上家にいることが多くなり、毎日が酷く単調でつまらない日々が続いていた。
それでなくても派手好きなエリザベスには、首都とはいえ田舎町の生活は、王都の華やかさと比べたらとても退屈に思えてならない。
エリザベスの不満はブスブスと募っていった──。
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『サマーフェスティバルか、それは楽しみね! その時はこの街もお祭りでパレードや夜会もあるのよね!──ああ早く8月にならないものかしら』
エリザベスはバルコニーから、広々とした外の景色を見つめながら緑の瞳を輝かせた
サマーフェスティバルとは、毎年このセルリアン領のクィーンズ都市に王室ご一家が、夏の避暑地として、古城に滞在する。
その間、王室パレードや、王室主催の夏のパーティーもあり観光客も増える。
クイーンズ市街も市民ダンスパーティーなど、多くの市民も参加して大盛況となる行事だ。
現在18歳になったエリザベス──。
まさかこの数年後に、サマーフェスティバルで、自分の運命が大きく変化するとは、この時のエリザベスは予想だにもしていなかった──。
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『奥様、お気持ちはお察し致しますが、その頃は赤ちゃんをご出産されたばかりです。産後は無理はできませんとお医者様がおっしゃってました』
『ああん、わかってるわよサマンサ!』
エリザベスは憤る。
『この子本当に邪魔だわ、いい加減早く産まれてくれないものかしら、身体が重くて苦しいったらありゃしない!!』
エリザベスは恨めしそうに、まるでスイカの如くお腹をポンポン軽く叩いた。
──あら、けっこういい音するじゃないの!
エリザベスは面白くなって何度か軽く叩いてみる。
更にさするとお腹の赤ちゃんが反応したのか、彼女のお腹を蹴った!
『あ、蹴ったわ! 面白〜い!』
『ヒーッ奥様! そんなはしたないことおやめ下さい! もう少しの辛抱でございますよ! お医者様は今月中旬頃に、産まれるとおっしゃってましたから』
慌ててサマンサが、エリザベスを宥める。
『んもう、お産がこんなに大変だなんて⋯⋯ウンザリするわ!』
エリザベスはサマンサに諭されたせいで、駄々っ子みたいにイライラした。
その時だった──。
寝室ドアの扉が勢いよく開き、当主のエドワードが颯爽とバルコニーへ入って来た。
『エリザベス遅くなってすまない、待たせたね!』
『旦那様!!』
エリザベスは、ぱぁっとピンク色に頬を染めて、嬉しそうにエドワードに抱きつく。
エドワードも自分に甘えてくるエリザベスが嬉しいのか、優しく抱きしめた。
はあ〜、エドワード様が来てくださって助かったわ!
と言わんばかりにサマンサは、エドワードが来てくれたのでホッと胸を撫で下ろした。
※ エリザベスの我儘は相変わらずですね。サマンサがいなかったら一体誰が世話するのでしょうか?




