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02. ホームハウスに戻ってきた!(2)

2025/4/21 修正

◇ ◇ ◇


過去に戻れたエリザベスは回想する──。


あの頃のわたくしは、華やかな王都の暮らしが大好きだった。

結婚後も公爵別邸タウンハウスに住んで、毎晩、貴族の家に招かれては、晩餐会や様々な催事会場へ赴き、昼は茶会や買い物をしたりして、楽しく優雅な高位貴族夫人の贅沢で華美な社交生活を楽しんでいた。


そんなわたくしでも娘がお腹に出来た時、夫のエドワードが統治する公爵領地のセルリアン領のクィーンズ市の公爵領本邸ホームハウスで一時は3人で暮らしていたのだが、娘のリリアンヌを産んだ後、ある事情からひとりだけ王都に戻ってしまった。


わたくしは生粋のクリソプレーズ王都民だった。


クィーンズ市街は領地の都市ではあるものの、北の田舎街であり、此処での暮らしはひどく凡庸で退屈すぎてつまらなかった。


つまり、わたくしはとことん田舎暮らしは性に合わない人間だったのだ。


逆に、夫のエドワードと娘のリリアンヌは王都を嫌い (つまり、わたくしを避けて) 春と秋の少ししか王都に住まず後はホームハウスに引き籠っていた。


まあ、エドワードは若くして公爵家の家督を継いだばかりで、領地経営が多忙だった理由も勿論あったのだけど⋯⋯。


つまり、わたしたち夫婦は何年も別居状態が続いていた。


◇ ◇


エリザベスは過去の思いを巡らせ、唇をきつくかみしめた。


──そう、全てわたくしが悪かったのだ!


依怙地をはって家庭を顧みようとはしない。

余りにも自分勝手な愚かな行為であった。


今ならわかる。一番大切な人たちをないがしろにしていたことを──。


ああ、それでもわたくしは還ってきた!

兎にも角にも成功したんだわ、わたくしの願いどおり過去に戻れた。

おじい様の魔法の砂時計は嘘ではなかった!


ありがとう、ありがとうございます、おじい様──!


エリザベスは天を仰ぎながら手を組んで祈る──。


ついついひとりで、顔のしまりがゆるんで嬉しさがダダ漏れていた。


「あの……奥様……?」

「ああ、サマンサ、久しぶりね、とっても会いたかったわ!」


「はあ、奥様…その、どうなされましたか?」


「え?」


「昨日、奥様とご一緒にこの領地に来ましたけど⋯⋯私もお供したばかりですけど⋯⋯」


サマンサはさっきから、エリザベスが心ここに非ずの態度がとても不安になって、心配そうにオロオロとしてる。


──あ、まずい……。


「あ、そうね~そうだったわ!オホホホ……」


「お身体の具合でもお悪いのでしょうか?」


サマンサは水差しから、氷で冷えた果実水をグラスについで渡してくれた。


「ありがとう、う~ん、()()()()()()()()()、冷たくてなんて美味しいこと!」


エリザベスは果実水の冷たい水が、喉元をごくごくと、沁み渡っていく快感を存分に味わった。


なにせ牢獄では貴婦人と言えども、囚人扱いだったから不味い水しか飲ませてくれなかった。


あの少々臭みがあったおかしな味は、きっと腐敗してたに違いない。


──あの水のせいでわたくしは、何度もお腹をくだしたのよ。


「奥様、その~昨日もお休み前に果実水をお飲みになりましたが⋯⋯?」


「あ、そうね~そうだったわ!オホホホ……」


サマンサが額に皺を寄せて困った顔で、心配そうにエリザベスを見つめる。



◇ ◇


サマンサ・ローアンバー夫人。

エリザベスの専属メイドだ。

年は42歳。赤毛の髪を後ろに結んでシニョンにしている。

琥珀色の瞳、両えくぼがあり、優しげな風貌とふくよかな体型。


元は地方の男爵令嬢であったが、早くに父母を亡くし成人後、すぐに他家へ嫁いだ。

その後、運悪く嵐で馬車が崖から横転して、夫と幼子共に事故死してしまった。


サマンサだけ一命を取りとめたが、代替わりした実家には居場所がなく親戚筋を頼って職を探した。


丁度バレンホイム家に、産まれたばかりのエリザベスの乳母を募集していたので即採用となったのだ。


サマンサはエリザベスが赤ん坊の頃から従事している為、彼女の我儘(わがまま)も、気性の激しさも全て網羅していた。


他にエリザベスの専用メイドはひとりもいない。


新しく雇い入れてもエリザベスは、ぶしつけで高慢ちきな態度ばかりとるので、メイドたちが長続きしたことがない。


今まで何人のメイドが辞めていったことか。


残ったのはサマンサのみ──。

サマンサだけは気難しいエリザベスを忍耐強く、かつ愛情をもって世話をしてくれた。


「あ、そうだわ····忘れてた!」


エリザベスは、恐る恐る大きな鏡台の前に立ち、自分の姿を見つめる。


キラキラ光る銀色のウェーブがかかって、櫛がきれいに通った長い髪。

エメラルドグリーンの大きな瞳は、銀色睫毛の中で煌めいてぱっちりとしてる。

牢屋の時にできた眼の下の汚らしいクマもまったくない。

白い透き通るような肌にバラ色の頬。

形のよい顎と細い首からのなで肩が女性らしい。


バラ色の刺繍をほどこしたシルクの寝衣裳(ネグリジェ)からも豊満な胸の谷間がみえる。

長く細い手足はすべすべだし、爪も綺麗な形に磨いてある。


うん、完璧だわ………。


エリザベスは自分の姿を確認して満足な笑みになる。


「──奥様?」


ぼおっとサマンサはエリザベスを見つめる。


「サマンサ、わたくしって幾つだったかしら?」


「はぁ?……先月で23歳におなりになられましたが……」


「ああそうよ、23歳だったわね。ええっ23歳!!」


その途端、なにやら突然にエリザベスの脳裏には忌まわしい過去の記憶が、ドドドドッと押しよせるかのように走馬灯が駆け巡った──!



──え、ちょっと待ってよ!


23歳ってわたくしが()()()()()()()()()()()()()()()


なぜもっと前に戻れなかったのかしら?


確か、わたくしがエドワードと結婚したのが17歳でしょう。

翌年直ぐにリリアンヌが生まれたのよね……ええと……それじゃぁ……?


エリザベスは、すぐに壁に飾ってある梟の形をした飾り時計に付随したカレンダーを見る。


──今日は6月10日!!


6月10日って──確かわたくしが()()()()()()()()()()()()()()のが、23歳の8月のサマーフェスティバルの最中だったはず!


──大変、あとたったの2ヶ月しかないじゃないの!?


エリザベスは驚きすぎて頭が真っ白になった──。





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