28. 妊娠
2025/4/30 修正済み
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王都の街並み、馬車が行き交う紅葉と銀杏の街路樹の路は、まるで赤や黄色の鮮やかな絨毯が敷き詰められたように美しい。
結婚後、程なくしてエリザベスに妊娠の兆候が現れた。
エリザベスは公爵別邸の食堂テラスで一人、夕食を食べていた。
今夜は夫のエドワードは王宮に呼ばれて留守であった。
テーブルに出されたディナーのメインである、エリザベスの大好物のほろほろ鶏のステーキを嗅いだ時、突然うっ!と込み上げる胸のむかつきを覚えた。
思わずナプキンで口をふさぐエリザベス。
『奥様──!』
その場で息苦しそうにしゃがみこんでしまう。
とても辛そうだ。
『奥様、大丈夫ですか!──誰か、お医者様を呼んできて頂戴!』
サマンサは慌てて従者を呼びだして、公爵家お抱えの主治医に来てもらうように頼んだ。
※ ※
『おめでとうございます。公爵夫人、妊娠してます』
主治医は、ソファーに横たわっているエリザベスに向かって、にこやかな笑顔でいった。
『え、妊娠……て、わたくしが?』
エリザベスは、緑色の瞳を大きく見開いてびっくりした。
『はい、2ヶ月ほどかと…⋯順調のようですね』
『はああ~妊娠……?』
『ははは、まだ公爵夫妻は結婚したばかりですから、もう少し新婚生活を楽しみたかったですかな……』
老人医師はちょっとしたおどけたジョークをいった。
貴族の主治医にしては軽い。
『まあ、まあ、まあ奥様、おめでとうございます!!』
エリザベスの傍にいるサマンサがもう天にも昇るくらい喜んだ。
ええー!ちょっと待って頂戴……わたくしのお腹に赤ちゃんがいるの?
こんなにぺったんこなのに……?
たしかに最近胃がむかむかしたり、お腹が張ってるような変な違和感があった。
でも9月に婚姻したばかりよ、こんなにも早く子供ってできるものなの……?
エリザベスは初めてのことで、戸惑いを隠せなかった。
もちろん世継ぎを産むのは、既婚した貴婦人にとって“お努め”のようなものだが……。
まだ結婚したばかりである。
さすがにいくらなんでも早すぎだろう?
なんだか母親になる実感が、全然わかないのだ。
エリザベスはふと夫とのこれまでの夜を思いめぐらした─。
確かに初夜の日から、旦那様が領地へ出張して家にいない夜以外は、いつもベッドを共にしていた。
エリザベスは夜毎のエドワードと、逢瀬を重ねた時を思い出して頬が染まっていく。
エドワードは、常に優しくエリザベスをリードして、身体に負担がかかることはほとんどなかった。
誰にも恥ずかしくて言えないが、エリザベスはエドワードがいる日は、夜が待ち遠しいほどだった
エリザベスはただ、ひたすら我が身を夫にゆだねるだけで大いなる喜びを感じられるのだ。
彼女にしてみたら、生まれて初めての未知なる体験の虜になっていた。
エリザベスは両手で赤らめた頬を触ったあと、自分の細いウエストのお腹周りを撫でた。
『なんだか、この中に赤ちゃんがいるなんて、信じられないわね……』
『ええ、ええ奥様……』
サマンサは涙ぐんでいる。
『なあにサマンサ……そんなに、泣くほど嬉しいの?』
『ああ、申し訳ありません、なんだか涙があふれて仕方ないのです。私はとても嬉しいのです』
サマンサはエプロンのポケットから、ハンケチを出して顔を拭う。
彼女の顔も、ハンケチもくしゃくしゃになってる。
──サマンサがこんなに喜ぶなんて……!
エリザベスは赤ん坊ができたことより、サマンサがとても喜んでるのが嬉しかった。
んん~ん、旦那様もこんな風に赤ちゃんが出来た事、喜んでくださるかしら!
周りの歓喜の様子をみてると、エリザベスもだんだんと実感がわいてきて、自分のお腹の中に赤ん坊という不思議な物体ができたことが、ちょっとずつ嬉しくなってきた──。
※ ハネムーンベイビーですかね。




