20. ロバート王子の秘密
2025/9/11 修正済
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その日のマーガレットのデビュタントの宴は恙なく終えた。
王宮の城──。
ロバート王子は宮廷に戻り、私室でタキシードを脱ぎ捨てラフな格好でくつろんでいた。
『はあ~今日は疲れた、エリザベス嬢にはまいったぞ、なんであんなにしつこいんだろう!』
とロバートは大好きな辛口の白ワインを飲みながら、エドワードにつぶやく。
『まあ、そういうなよ。あれでも可愛いだろう。君を自分の妹だろうが誰にも奪われたくないのさ』
王子お付きの侍従たちも部屋から追い出したので、エドワードもため口だった。
酒酔いのせいもあるが、学生時のように2人きりだと無礼講になる。
もちろんロバートが臣下のエドワードに無礼講で話せと命したせいもある。
『ふん、あの時のエリザベスの蒼白な顔は面白かったよ……』
ロバート王子は嬉しそうに言った。彼の持つワイングラスの氷がカラカラと鳴った。
『まあ、エリザベス嬢は確かに横柄な態度もとるが、噂ほど我儘ではないよ。彼女は正直なだけだ』
ロバート王子は酔っぱらった眼を細めて厭らしくニヤリと笑った。
『いーやエドワード、お前にだけは俺の秘密を教えてやる。あいつは悪魔だ、俺は子供の頃エリザベスと会った事があるんだ』
『え、そうなんだ?』
『ふん、あっちは覚えてないだろうがな、なにせお忍びで遊びにいった時だから。たしか俺が10歳、エリザベスは6歳くら……いかな。ボレン…ハイム侯爵の避暑地に馬車から途中の村に寄ったんだ……あは~?』
ロバートは侯爵家の名を間違えるくらい呂律が回らない。
そうとう酔っぱらっているようだ。
『あはは、そうそう……リズちゃんね……』
──んん、リズちゃんだって!?
エドワードは少し驚いた。
ロバートがエリザベス嬢を愛称呼びするのを、初めて聞いたからだ。
酔っ払いながら更に彼は続けた。
『あは、リズちゃんはね~、あの頃からすんごい可愛かったんだよ!はは、わかるか~。なんと仔馬に乗ってたんだ!あんなちっちゃい幼女がだよ、もうプラチナブロンド髪たなびい~て眼が珍しいみろり色がキラキラでさぁ~ひろ目惚れよ。は~、俺のはちゅこいよおおお!』
ロバートは顔を真っ赤にしてまくし立てた後、とても気持ちよさそうにワインをぐび~っと飲む。
──ロバートのはちゅこいって……か!
エドワードは一瞬で酔いが醒めた──!
『ええっ? リズ……いや、エリザベス嬢がロバートの初恋だったの──!?』
エドワードは呆気にとられる。
『じ、じゃあなんでいつも、そのリズちゃんを邪険にしてるんだよ?』
(少しの間が──)
『ふん…………振られたんだよ』
ロバート王子は苦々しくいう。
『振られた──?』
『そう、あっけなく振られた、当時、子供の俺はまだ馬にも乗れない弱虫だったんだ、そこであいつはな、俺をけちょんけちょんに馬鹿にしたんだ、ゲッ!』
とロバートはゲップをした後に大声で言った。
『今でも覚えてるぞ!──あんたって綺麗な顔してるけど乗馬もできないくせに威張ってんのね~。わたくしを好きなんて10年早いわよ!てね』
『ええええ─? なんつう……酷い!』
エドワードも思わず叫ぶ。
『ひで~だろう……あいつは…リズはな、俺があの子供だとは気付いていない、まさか王子だったなんて……な、俺は恥ずかしくて悔しくてすぐさま乗馬を死ぬ気で練習した──そして大人になってから、あの少女がエリザベスとわかったんだ! そしたら途端にむかむかとリズが憎たらしくなっていったんだよ!』
──ああ、なるほどね、可愛さ余って憎さ百倍ってやつ──!!
エドワードはようやく合点がいった。
なぜあれほどまでロバートがエリザベスを毛嫌いしたのか。
※
ロバート王子は酔いが醒めてきたようで、しっかりとした口調で語りだした。
『俺は決めたんだ、逆にあいつが俺を追いかけまわしても、とことん冷たくしてやろうってな! ふふん、リズにあの時の俺と同じ気持ちにさせてやるんだ、これは一種の復讐だよ、あははは──』
ロバートの顔はだんだん王子とは思えないゴロツキの様な人相に変わっていく。
『おい、ロバート……さすがにそれは酷すぎないか?』
『何が酷いってんだ! エドワードお前もな。あいつの美貌にだまされんなよ~、あんな性悪女はそうはいないぞ、いいか良く聞けよ!──あの女は俺を好きじゃないんだ、俺の上に乗っかっている王冠ちゃんが好きなんだ!』
酒がはいりすぎてるのか、珍しくロバートは良くしゃべる。
更に続けて『とはいってもな、あいつは侯爵令嬢さまだ、おれの妃候補のひとりだからな……流石に母上が選んだからには捨て置けん。まあ一応は妃候補として認めてやる。ふふふ…だがな意地でもあいつだけは王妃にはしない!』
エドワードはだんだんロバートの腹グロさに気分が悪くなってきた──。
『エドワード、まだあるぞ。俺はあいつの情報を昔から極秘で側近に調べさせてるんだよ、あいつの家令に対する仕打ちはひでえもんだ。とても王妃の器とはいえん。俺も子供の時とは違う、妻は一歩下がって従順な方がいいんだよ』
ロバートは完全に酔いが醒めたのか弁が立ってきた。
──そうか、だからロバートはエリザベスをあそこまで邪見にしてたのか。
『……なるほどな、昔からロバートは大輪の薔薇よりも野に咲く草花がいいって言ってたけど、エリザベス嬢とマーガレット嬢のことだったのか……』
『ドンピシャ! お前は頭の回転が早い!さすがは俺の親友だな。姉と違ってマーガレット嬢はとても楽だぞ。おっとりして気立てがよい令嬢だ。それに何よりもリズの妹だからな、俺がマーガレットと付き合えばあいつの矜持はペキッとへし折られるだろうよ。はははのっは~、さぞやリズの悔しい顔が目に浮かぶ、あははは、ああ酒が上手い!』
『…………』
その後、ロバートは、エドワードが『もういい加減わかったから!』と言うほど、執拗にエリザベスとマーガレットを比較しまくった。
だがエドワードは内心一抹の不安が残った。
──そんな子供時代の失恋と復讐心で、安易にマーガレット嬢を王妃に選んでいいのか?と。
尚且つこれは幼い時からロバートを知っているエドワードの勘だが──。
なんとなく今日の、ロバートの希少な酔い方は、本人の言葉とは裏腹に、エリザベスに未練があるようにも感じられた。
もし、自分の勘が的を得ていて、ロバートのエリザベスに対する復讐と未練がごちゃまぜなのは、誰よりも妹のマーガレット嬢に失礼ではないのか。
『おい、ロバート、お前は王太子だぞ。未来の国王になる身だぞ、そんな安易な選択で妃を決めて良いのか?』
エドワードは振り向いてロバートに進言したが、肝心の王太子はガーガーと高イビキを掻いていて寝ていた。
その顔は酷く浮腫んでおり、半開きの口元から涎がでていた。
──ち、これでも未来の国王かよ!
エドワードは従兄弟の寝顔を見ながら舌打ちした。
その後エドワードの不安をよそに、ロバートとマーガレットの婚約がいともあっさりと決まった。
而して、ロバートの王太子妃選択は後々まで、廻りの人々を翻弄するキッカケとなっていく。
※ ロバート王子は子供の頃、エリザベスに失恋してたんですね。




