98. 王妃の本音
※ 2025/5/21 修正済み
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『そうか、詳細は良くわかった、下がってよろしい。今後も王太子の動向に何か変化があったら逐一知らせるように』
『はい、かしこまりました王妃様』
ロバートの侍女が、メルフィーナ王妃の居間から去っていった。
ここは王妃宮殿の居間。
バロック調の白を基調とした彫刻やレリーフがほどこされた柱や壁や家具は豪勢だが、全体的に落ち着いた気品があり、整頓された雰囲気のある室内。
エドワード王太子とマーガレット王太子妃の媚薬騒動は一夜にして、王妃宮のメルフィーナにも伝えられた。
メルフィーナ王妃と、専属侍女のロザリ―が王太子夫妻の件で相談中である。
『はあ、まさかあのマーガレットが、そこまで思い切った行動をするとは思わなんだ』
メルフィーナ王妃が、珍しく肘掛椅子に頬杖をついて考え込んだ。
『左様でございますね、やはり公妾の件を知り、そうとう王太子妃は動揺されたのではないでしょうか』
侍女のロザリ―も同意する。
『だがな、ロバートがあのままでは、世継ぎはおろか子すら設けられなかった。苦渋の決断だったのだ』
『王妃様。さしでがましいようですが、今回のことでよもや御子が出来る可能性がでて参りました。今後も公妾の件を勧めますか?』
『無論じゃ、もしマーガレットが妊娠したとしても、あの弱き身体では産むことすらままならんだろう。もちろん無事に王子ができれば万々歳だ。いくら公妾がいても、王妃はそのまま王太子妃のマーガレットになる』
『かしこまりました、それでは公妾の件はこのまま推し勧めます』
『なるべく、慎重にことを勧めよ。特にエリザベスには慎重にな』
『左様でございますね。現に、今はエドワード公の奥方で娘御もいますから、簡単にはいかないでしょう』
『そもそも、最初からこの縁組は間違ってたのだ。甥のエドワードの嫁はバレンホイム家の娘でと、先代のジョージ公は遺言を残していた。だが姉でなく妹のマーガレットがエドワードに嫁げば、もっと穏やかに暮らせたろう──我が息子のロバートが子供の時の鬱憤など晴らさずに、素直にエリザベスと結婚してれば、このように拗れることなどなかったのだ』
メルフィーナ王妃は大きな溜息をついた。
『左様でございますね、失礼ですが、あの頃のエリザベス様は王妃によほどご執着されてたのか、ロバート様のいるところ常にいらっしゃいました。今も前のように王妃の地位が手に入るならば、公妾になる気持ちもあるやもしれません。私がいうのも何ですが、あの方は王妃になる為に、生まれついたような御方に見えます』
ロザリ―も、右眼にかけている片眼鏡のレンズを、キラッと光らせて自らの気持ちを吐露した。
『ロザリ―、わたしも同じ気持ちじゃ。元々ロバートが王子の頃から、エリザベスを王太子妃にと国王も私も話をしていたのだ。あの女子の濃い緑の眼と銀髪の美しい容姿、まさに“緑の女神”の姿に生き写しじゃ──性格は多少高慢ではあるが頭脳明晰、とにかくどこにいても威風堂々として目立つ。まさに王女の如きの貫禄であったからな』
『同意でございます──』
王妃の愚痴はまだ続く──。
『まったく我が息子の馬鹿さ加減には腹が立つ。どうしてもマーガレットと結婚したいというから仕方なく許したのだ。王子の立場で恋愛など二の次と、一度は説き伏せたのに何度も乞うから許してやったのだ。
まさか、エリザベスへの怨恨からとは思わなんだわ!』
『左様でございます、王妃様の優しさが結果として仇となりました』
『そうじゃ、我と国王は親同士が決めた政略結婚だった、国王も私も愛などなかった。ただ王国の為、両家の為と己の気持ちなどは二の次であった。だが私は世継ぎを産み王妃として、ライナス王の温厚なお人柄にだんだん惹かれていったのだ』
『そうで御座いましたね⋯⋯』
ロザリーはしみじみと同意する。
『結婚とは、お互いが時間をかけて徐々に愛情を育んでいくものだと信じてきた──だが、ある日突然、王がアドリア妃をガーネット王国から持ち帰った時の、あの裏切りは未だに私は忘れられない。──我はこのまま身を投げたいほど苦しんだ。だが王とて人であり男である。若いアドリア妃を愛してしまったのなら、それは世の常、許すしかない』
『王妃様……』
『だからロバートの懇願に一度は折れてやったのだ!王子でも恋愛結婚なら末永く幸せになるだろう、私のような苦しみはないだろうとな。だが間違っていたわ。男は愚かな生き物よ、若く美しい女子が現れればそんなもの一瞬で壊れるに違いないわ!』
『王妃様のご心情、心よりお察しいたしまする』
ロザリ―はお答えしたが内心驚いていた。
メルフィーナ王妃が、ここまでご自分の思いを素直に吐露したのは初めてだからだ。
──よほど、マーガレット王太子妃と、ロバート王子の確執に衝撃をうけたのかもしれない。
『ロザリ―』
『はい、なんでしょうか』
『私は甥のエドワードも息子のように可愛い。エドワードはとても優しくていい子だ。エリザベスと別居してなければ、公妾候補など選ばなかった──エドワードには、エリザベスは荷が重すぎたんだと思う。エリザベスが公妾になって世継ぎを産めば、離婚も可能だ。エドワードはまだ若い、あの美しく人柄のよい甥ならもっと他にいくらでも良い妻ができるだろう。一度、セルリアン領の避暑にいった折にでも、我からも公妾の件、説得して見ようと思う』
『左様でございますか。それではエドワード公のことは王妃様にお任せいたします』
一礼してロザリ―は、王妃の居間から出て行った。
だが、ロザリーは王妃には頷いたものの、正直、納得していなかった
──王妃様はそういいなさるが、果たしてエドワード公が妻の公妾に首を縦に振るものだろうか?
エドワードは、別居されても奥方一筋だとの情報が入っていたからだ。
だが王妃のいう通り、新たな若く美しい淑女が現れたら男などわからない。
公爵家の世継ぎもこのままではできない。
ならば王妃のいう通りかもしれないとも思った。
王妃の予言は的中する。
今夏、エリザベスに新たなライバルが出現するのである。




