09. バレンホイム家の晩餐会(1)
※ エリザベスの家族が登場です。
※ 2025/4/25 修正
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王都内のバレンホイム侯爵邸内──。
今夜のバレンホイム家の食卓は、とても豪華な料理や飲み物が従者によって、ひっきりなしに運ばれてくる。
それもそのはず、先日のロバート王子と妹のマーガレットが婚約が決まり、侯爵本家だけ内々での祝賀晩餐会をしているのだ。
いつもの晩餐ならメイン料理は、魚か肉か1品で、それを家族全員で同じ料理を食するのが決まりだが、今夜は各々が自分の好みの魚や肉を、事前に何種類もリクエストする形式をとった。
おかげで厨房の料理人たちは、いつも以上に汗だくになって働き、それを運ぶ従者たちも忙しげに働いていた。
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食堂テラス内──。
暖色系のクロームイエローの灯りに燈された部屋には、父のマクミラン侯爵と妻のセーラ夫人とその子供たちがテーブルを囲んで座っている。
長兄のカーラルフィールドと姉のエリザベス、そして妹のマーガレットが席について、卓上テーブルには従者たちがひっきりなしに、豪勢な料理が次々と運んでくる。
『まあまあ、どうしましょう。お母様、私、本当に信じられません……』
マーガレットが頬を染めて、小鳥が鳴くような声で戸惑っている。
ただでさえ食が細い次女だが、胸が一杯なのか目の前の豪華な料理にはほとんど手をつけていない。
『本当ですね。ロバート殿下があなたを“ぜひ婚約者に”と聞いた時は、母も扇子を落とすくらい驚きましたよ。正直、あなたは幼い頃から病弱でお嫁に行けるのか? と危惧してたくらいでしたからね。まるで夢のようですよ!』
母親のセーラはいつになく興奮気味で、珍しく赤ワインを何杯もおかわりしているせいか声がやけに大きい。
『はいお母様。私も未だに夢を見ている気分ですわ……』
マーガレットは両手を頬に当てて、ぼおっとした声で頷く。
セーラ・バレンホイム侯爵夫人。年は43歳。
高く結いあげたボリュームの銀髪はまだまだ艶やかで美しく、整った顔立ちは娘のエリザベスを太らせたような顔だ。
ただ、なぜか瞳は緑色でなく青である。
エリザベスの緑瞳は母方の祖母の隔世遺伝であった──。
『来月の王太子の戴冠式が行われる日と同時に、婚約のお披露目をしたいとの通知が、先ほど王宮の使者から頂いたよ。──我がバレンホイム家にとって最大の吉事なのは間違いない。マリー、まさかお前が王太子妃になるとはな!』
と父親のマクミランも驚きを隠しきれずに、嬉しそうに好物のビーフステーキをむしゃむしゃと頬張って満足気にいった。
『ははー! まさかマリーが婚約するとはな、どうしたリズ、妹に先を越されたぞ。さぞや悔しかろう!』
兄のカールがグラスに注いだ大好きな辛口の白ワインをグビッと飲みほして、意地悪くエリザベスを茶化した。
『⋯⋯⋯⋯』
エリザベスは大好物のほろほろ鳥のステーキを黙々と食べていた。
が、カールの発した言葉でフォークを肉にグサッと刺して、お肉と骨の堺目へナイフを入れた手をピタっと止めた。
みるみる顔が赤くなり、口は堅く結んで俯くも、そのナイフを持つ手はブルブルと怒りで震えている──。
エリザベスは手に持つナイフを、兄のカールにスパーンと投げつけそうな一触即発の空気であった。