プロローグ
大輪の薔薇の花の如く美しいが、野心満々のエリザベス・ルービンシュタイン公爵夫人。
彼女は大罪を犯し、裁判の判決で平民となり修道女送りとなってしまう。
己の犯した罪に後悔するエリザベスは、時を巻き戻す魔法の砂時計を使い、過去にもどる決意をする。
自分を愛してくれた夫と娘の元へ・・・。
果たして彼女の望みは叶えられるのだろうか──?
2025/4/21 修正
◇※◇※◇※
ここはクリソプレーズ王国の首都にある王宮内──。
聖なる裁きを受ける聖堂。
「カーン!カーン!」と登壇に立つ裁判長の木槌を叩く音が響き渡る。
「これにて判決を言い渡す!エリザベス・ルービンシュタイン!」
裁判長は大きな声で罪状を読み上げる。
「汝は妹でもあるマーガレット王太子妃に、こともあろうに毒殺未遂という大罪を犯した!
よって王族への殺人未遂は、許しがたき死刑に値する大罪ではあるが、マーガレット王太子妃の申立てにより、王太子妃の実家バレンホイム侯爵家と、汝の嫁ぎ先のルービンシュタイン公爵両家の、これまでの威光を汚さぬようにとの計らいとなった。
従って王室内の極秘事項として王太子妃毒殺未遂は秘匿とする。
此の事は此処にいる、如何なる誰人たりとも話してはならない!」
更に裁判長は続けた──。
「ただしエリザベス・ルービンシュタイン、それでも汝の罪は重罪に変わりはない。よって公爵夫人の地位を剥奪、これよりは平民として北の極寒地アーテナル修道院送りとし今後、汝は一生涯、修道院内から出ることを禁じる事とする!」
「以上これにて裁判を閉廷する、カーン!カーン!カーン……」
王室とごく少数の側近たちの喧騒の中、裁判長の木槌を叩く音色の響きだけが、王室聖堂内にこだました。
◇ ◇
「寒いわ……」エリザベスは震えて目覚めた。
まだ早朝少し前の薄闇の中。
あの日の裁判から、既に数日が経過していた。
いよいよ今日、エリザベスは王都から極寒地の修道院へ護送される。
季節はまだ秋本番だというのに、石畳で覆われてる冷たい部屋。
格子窓から、朝焼けの光がうっすらと差し込み始めた。
殺風景な石壁と、頑丈な外鍵付の扉が目立つ貴人用の牢獄部屋。
固い軋んだ古いベッドからのっそりと起きたエリザベスは、洗面所にある水差しの水を古桶に移し替えて顔を洗う。
側に置いてあるゴワゴワしたタオルで、顔を拭くと洗面台の鏡に映る自分の姿を見た。
──ひどい顔。これがわたくしの顔?
社交界の人々が、口々に輝く星が流れるような美しい銀髪と、讃えられた自慢の髪はもやは光沢もなくパサつき、毛先は所々絡まっている。
うす暗い部屋だと銀髪ではなく老婆の白髪に見える。
くすんだ眼の下のクマが黒々として陰を落とす。
痩せこけた顔なのに、エメラルドグリーンの大きな瞳だけは異様に輝いている。
着ている灰色のひざ下が見える簡素なワンピースも、うす汚れており黒いタイツにも所々に穴が開いてる。
あの絢爛豪華な公爵夫人だった面影はまったくない。
「ふふ……これがわたくしの姿なのね、ひどく醜い……」
エリザベスは自虐的な微笑をした。
机上には水差しとインク壺と羽根ペン。
閉じられた日記帳が一冊。
そして古机の上には、そぐわない金色の砂時計が置いてあった。
ああ、なぜ、わたくしはこんな部屋に閉じ込められているの?
一体、わたくしはどうしてこんな場所にいるのか?
いつものエリザベスの懺悔が始まった──。
今、わたくしは自分の人生を死ぬほど後悔している。
夫だったエドワード公爵と幼き娘のリリー。
「会いたい……」
死刑をまぬがれたとはいえ、夫と娘への、わたくしの悪業と公爵家を汚した罪は二度と消せないわ。
自分への忌々しさと、愚かさの罪はつぐないたい。
「その為には……!」
エリザベスは、じっと金色の砂時計を見つめた──。
砂時計の金砂は、すでに中央のくびれた容器の中を通過し、管下へと全砂が落ちていた。
時が止まったかのような静寂さだ。
まるで、己の汚れた命の刻限が停止したような“儚さ”すらエリザベスには思えた。
……リズや…………
……リズや、エリザベス……
亡くなったわたくしのおじい様の記憶が蘇る…………
幼いエリザベスがおじい様の胸に、抱かれながら砂時計を持って遊んでいる。
おじい様はその砂時計を指さしてニコニコ顔でおっしゃった──。
『リズや、良くお聞き、この黄金の砂時計は、祖母がとても大切にしていた宝物なんだよ』
『宝物?』
『そうだ──内緒にお前にだけ秘密の時計をあげよう、この金の砂時計はたった一度だけ時を巻き戻すことができる、お前がどうしても苦しくて、つらくて、哀しくなったらわしが呪文を教えてあげるから、同じように唱えて願いを試してごらん、クリソプレーズの瞳を持つお前ならきっと願いが叶うだろう……』
◇ ◇
──おじいさまから亡くなる前に頂いた黄金色の砂時計。
子供の頃は砂がキラキラと落ちるのが綺麗で、面白くてひっくり返して遊んだっけ。
大人になってすっかりと忘れていたのに……。
大昔に亡くなった祖母の砂時計を、こよなくずっと大切にしていた祖父。
牢屋に入れられた運命の日、なぜか突然おじい様との思い出が夢に出てきたんだわ。
生前、わたくしがおばあ様と同じ緑の瞳をしていたので、おじい様は誰よりもわたくしを可愛がってくれた。
捕まる前に屋根裏部屋の箱から、こっそりとこの砂時計を持ち出していた。
おじい様の教えてくれた、不思議なお話は本当なのか信じがたいけれど……。
──ううん……試してみよう、リズ、昨日あなた決めたでしょう。もう時間はないのよ!
ダメで元々よ、試すなら今しかない──!
エリザベスは自分自身に必死に言い聞かせた。
もしもおじい様がおっしゃった通りなら一度だけ時を巻き戻せる。
願いは一つだ、わたくしは時を遡って、二人に償いたい!
エリザベスは椅子から立ち、砂時計の机の前に向かって膝を折り曲げた。
そのまま両手を組んで祈りの姿勢を取る。
大きく深呼吸した後、言語とは思えない不思議な呪文を唱えた。
「※#%!$×※#%!$×+*+*※#×+*+*※#%!$×」
呪文を唱えきった後、エリザベスは静かに砂時計をひっくり返した。
サラサラサラララ・・・金の砂は静かに落ち始めた。
──エリザベスは精魂込めて念じた──。
(どうか、どうか愛すべきクリソプレーズの緑の女神様、お願い致します、わたくしの時間をお戻しください!)
更にエリザベスは続ける──。
(もしもこの願いを叶えてくださるのなら、わたくしの精一杯の知恵と勇気と努力をもって良き妻、良き母になれるよう精進いたしますことをここに誓います。)
(どうか女神様、一度だけわたくしの願いをお聴き入れくださいまし……)
エリザベスは頭を垂れた。
◇ ◇
──どのくらいの時が流れただろうか。
金色の砂時計は、まるで彼女の念じた声を聴き入れたかのように、突然「カチっ!」と最後の砂が落ちきった!
瞬間────。
七色の光が暗い部屋の全体を照らしだした!
それはパアーッと輝いて、そのまま不思議な虹色の光はエリザベスの肢体をみるみるうちに覆っていく。
「…………!?」
エリザベスは、大きく大きくエメラルドグリーンの眼を見開いた!!
「わたくしが光り輝いている………!」
ふわふわと宙をただよっているような不思議な感覚である。
エリザベスの意識は静かに遠のいていった──。
初めまして、星野 満と申します。(*^。^*)
こことは違う世界=異世界恋愛ファンタジーに魅かれております。
生まれて初めての投稿です。
まずは、初めての作品を楽しく書きながら、無事に完結することが最大の目標です。
どうかよろしくお願いいたします。
※尚、このお話の舞台は17-19世紀辺りのヨーロッパ貴族のスタイルをモデルにしていますが、現実の歴史とは一切関わりがありません。
作中に出てくる人物、自然、文化・宗教・風俗等は全て架空世界のものです。
あくまでフィクションでありますので、異世界として楽しんでいただければ幸いです。
尚、異世界転生ではないです。乙女ゲームは利用したことがないので自分には難しすぎました。