1-3 鬼神の記憶
キールは苔の生えた岩に鎮座するそれの姿に既視感を覚える。
片手で持つには少し大きく平べったい造形と盃につがれた仄かな酒の香り。
見る者の目を奪うほど鮮やかな朱色。懐かしい、そんな思いが頭をよぎる。
「これは、、、」
懐かしさの原因は思い出せないが、何をすべきかは分かっている。
手が自然と伸びてゆき、盃に触れ、掴む。
キールはそのまま盃を煽って、注がれている酒を飲み干した。
「っ!!」
刹那キールの視界が白に染まる。
そして、いつかの記憶が脳に一気に流れ込んでくる。
いつか、どこかの世界で、1人の少年が鬼神となって死んでいくまでの記憶が。
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雪が深々と降り積もる冬の日。
越後国の雪深い村に透き通るような青い瞳をした赤子が突然現れた。
出自不明な赤子は村で唯一の寺に預けられ、そこで育てられることとなった。
赤子はすくすくと育ち、丈夫で活発な少年となった。
少年は野山を駆けまわり、次第に越後国の山奥で修業をする者達と接触するようになる。
すぐに少年は修行者と共に厳しい修行を積むようになり、彼らの使う魔術すらも体得した。
その頃に、少年は寺を出て放浪の旅を始める。
越後国から北に向かった少年は、そこで隠と呼ばれる人々と出会う。
かつて帝の兵に住処を負われた彼らは山に逃げ込み、そこで鍛冶・製鉄技術を磨いていた。
火を見続ける彼らの片目は失明し、肌は焦げたように黒かったが、少年は隠に混ざって鍛冶の技術を学んだ。いくつかの山を回り、少年が青年となり隠達の下を離れる時には少年も片目の視力を失っていた。
隠の山を旅立った青年は都を目指す。
かつて隠達を追いやった帝の住まう場所を見てみたかった。
青年の身体は屈強に成長しており、肌は浅黒く、特徴的な瞳は青すぎる程に青かった。
都への道中で青年は人々の悲惨な生活を目の当たりにする。
中央の土地支配者からの搾取に加え、派遣された徴税人による労役などで人々は疲弊しきっていた。次第に青年は中央への憎悪を募らせていき、各地で徴税人や管理者を打倒し人々を引き連れて移動するようになった。青年は恐れられ帝に歯向かう者として、鬼と呼ばれるようになる。
鬼となった青年は連れてきた人々と共に都の手前、近江国にある大江山に籠る。
青年はそこで隠達のように独自の集落を形成し、生活するようになった。
こうして青い瞳の青年は大江山の“隠”達の頭領、酒吞童子となったのである。
青年は中央権力に歯向かう“隠”の頭領として何度か都に姿を現した。
時には仲間達を率いて異形の姿で深夜の都を徘徊し、また、時には貴族の館に忍び込み姫君を攫ったりもした。青年は決して都の人々を殺すことは無く、攫った姫君も丁重に扱った。
しかし、そんな青年達による王権へのささやかで大胆な抵抗を中央権力が許すことはなかった。
4人の強兵が大江山に送り込まれ、酒吞童子は騙し討ちによって敗北する。
大江山は丸10日間燃え続け、王権への反逆者達は“鬼”という異形の存在として歴史の中で処理された。
真実は強兵の襲撃を逃れた一握りの者達のみが知ることとなった。
彼らはかつての自分達の頭領を神として祀るようになる。
死後、彼らの信仰によって神性を与えられた青年の記憶は異世界の少年へと引き継がれた。
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流れ込んでくる記憶に脳が焼けるように熱くなる。
キールの目の前では酒吞童子愛用の盃が輝きを増していく。
全ての記憶が流れ込み、輝いていた盃が消滅する。
キールはその場に倒れ込んだ。
身体的な疲労の上に精神的な負荷。
もはやキールには立ち上がる力も残っていなかった。
ザッ、ザッ、ザッ
遠のく意識の中で、キールは自分に近づく兵士達の足音を聞く。
何も為せずに死ぬのか。最後にそんな思いが頭をよぎり、キールは気絶した。
「死んでいるか?」
倒れ込むキールに馬に乗った壮年の男とその部下の兵達が近づく。
男は馬を降りると、キールの脈と胸元にある首飾りを確認する。
男は少し安堵したように息を吐くと、兵達にキールを運ばせ森を去るのだった。
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