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知らず駅の駅長 いざな

 知らず駅に行く切符を手にした私たちは、4時44分といういかにも、あやしい時間に踏切に立つ。腕輪をかざし、恋人つなぎで絆を見せつける。通称ここだよ踏切で電車が止まった。普通止まるはずのない場所で電車に乗る。人は誰も乗っていない。これは幽霊列車なのだろうか。でも、ここで取り引きをしないと、私たちに幸せはない。


「ようこそあの世とこの世の間にある知らず駅へ」

 イケメンボイスと呼ばれる部類の若い男性の声が聞こえる。

 一瞬にして景色がぐるりとかわる。空の色が普通ではない。青から紫に変化した。

 無人駅だという噂の知らず駅には美しい駅長のような人が佇む。

 まるでずっと前から私たちのことを待っていたかのように。

 その人は笑っているかのようだけれど、無表情でもあり、美しい顔をしていた。

 正確に言うと、人なのかどうかもわからない。しかし、見た目は人そのもので、それ以外の何者でもないという印象だった。雪女の男版のような美しい雪色の髪の色をしており、風がないのに髪がなびいていた。


「対人嫌悪症だと医師に告げられたんだ。だんだん他人に対して嫌悪感と潔癖症が発動するようになるって。しかも寿命も短くなるらしい。記憶も薄れるらしい。呪いの病、あんたならば治癒に協力できるんだろ」

 珍しく子犬が吠えるような勢いで懇願している凛空。


「それは、非常に厄介な病気になってしまいましたね。私は取引のナビゲートをしますが、治癒させる能力は持ち合わせておりませんよ。あなたたちは、この世にはいない何者かと接触した人と記憶の取引をしてください。私は、電車を運行するのみ」


 駅員の格好をしているだけあって、案内人だったのだろうか。


「あなた、何者?」

 いぶかしげな表情で問いかける。


「私はいざなと申します。いざなうという意味から名前をつけられたようですね。つけられたようと申しますのは、名前というのは己でつけるものではなく、つけられるものじゃないですか。あなたたちだって、名前を己でつけることはできなかったはずですよ。凛空さん、真奈さん」


 丁寧にお辞儀をする。名前を知っているのも少しばかり不気味だ。いざなの物腰は柔らかく、口調は優しい。怖い存在という印象はない。しかし、知らず駅はこの世とあの世の間にあると言われている実に厄介な駅だ。いざなうの意味は、連れていく、誘うだろうか。ということは、やはり危険な場所にいざなうということだろうか。危険な人物なのかもしれない。


「あなたは、命の保証のない危険な場所へ連れて行くの?」


「命の保証は致しますよ。ただ、ここに帰ってきた時に、別人のようになった人間は多々いました。そして、必ず幸せになれる、完治するという保証はできませんが。でも、最善を尽くして天命を全うするというのが人間の性だと思いませんか。実に人間らしいと思うので、私は応援いたします」


「この世界にはルールが大切だってここだよ踏切のお姉さんが言っていたわ」


「あんたのせいで、踏切に囚われたままだと嘆いていたぞ」


「私のせい? 御冗談を。彼女は自ら私と離れたくないと懇願したのです。仕方なく、彼女にはあの場所の番人としてこの世にとどまっていただきました。時に、人間の恋心というのは厄介ですね」

 それに対して、感情を感じている様子はない。


「彼女が自ら望んでここだよって言っているってことですよね」


「そうですよ」


「知らず駅は誰でも来ることができるのですか?」


「来るべき人が来るということは否めません。この世とお別れしたい人やあなたのように病のために呪いを解こうという理由で来る人もいますね。いざなわれると言ったほうがいいかもしれません」


「あなたたちも、誰かにいざなわれてきたのではないですか。呪いの病に詳しい人物に出会ったり、踏切にしても誘導されるかのようにその場に行ったはずですよ」


 それは否めないことだった。確かに、阿久津教授に出会い、呪いの病について教えてもらい、ここだよ踏切に行くことを決意した。それは何かが誘うような一連の流れがあったように思う。この人に会うことも必須だったのかもしれない。人は時に自分が進むべき道を選べないことがある。それは、偶然を装う必然なのかもしれない。


「いざなさん、あなたはどこへ連れて行ってくれるのですか?」


「呪いの病を解きたいのならば、人形の町へ行ってみましょうか。あそこは呪いを解きやすいともっぱらの評判です」


 少しばかり笑ったようにも思えるが、このような表情の人は滅多に見たことがない。非常に柔和な表情の中に、どこか一抹の棘を潜ませているような印象だ。何を考えているのかさっぱりつかめない。そして、敵か味方かもわからない。


「人形の町って?」


「人形が人間として生活しているんですよ」


「なんか不気味よね」


「捨てられたおもちゃがたくさんあります」


「お化け屋敷間半端ないな。俺、無理」


「ちょっと、あんたそんな弱気で、病気が進行してもいいの? これはそもそもあなたのために行ってるのよ!!」

 腰に手をあて、私は説教モードだ。眉は確実に上がっているだろう。


「ご安心ください。人形の町はみんな今は人間の姿をしています。あなたが捨てた人形がいても一見わからないでしょうね」


「ってことは、めっちゃ美人な人形ちゃんもいるってこと?」

 凛空は目を輝かせる。


「人形は人間の理想の等身で作られてますからね。かなりスタイルがいいとか顔立ちがきれいだとは思いますよ」


「男の夢が詰まった町ってことか」

 ワクワク感が半端ない。こいつのために、私何を頑張っているんだろうって我に返る。でも、女好きだけれど、基本純粋で根が真面目。そして、数いる女性の中から私を選んでくれた奇特な男。私なんかのどこがよかったんだろうと思うけれど、幼馴染だからかもしれない。ずっと知っている。でも、忘れてしまうことはとてもとても怖いことだ。


「いざなさんは、送り届けてくれたら、もう迎えに来てくれないのですか?」


「取り引きが済めば、あなたがたは自動的にこの場所に戻ってくるのです。その後はまたナビゲートしますよ」


「このような都市伝説系の駅は怪村と言われるような一歩立ち入ると村人が襲い掛かって来るとか、殺されそうになるようなことを覚悟しなければいけないのですか?」


「いや、彼らはとても優しいですよ。特に人形の町の人々は捨てられたという痛みを知っているので、優しいと思います。だから、襲い掛かるということはありませんが、あるルールを破ってしまうとあなたたちが人形にさせられる可能性はあります。私たちはルールで成り立っていますから。呪いを解くにはある程度のリスクは仕方がないのです」


「ちょっと、人形になったら、私たち帰れないじゃない」


「いいえ、帰れますよ。人間のふりをした人形としてこちらの世界で生活している者は割といます」

 平然とありえないような話をするいざなはとても怖くも思えた。


「出発しますか?」


「その前に、ここだよ踏切の彼女について教えてください」


「彼女とは生前交流がありました。しかし、ここには時間という概念がないので、あくまであなたたちのいる世界とは別なのです。ここにいれば、お腹がすくこともないですし、時が止まっているのです」


「だから、踏切の時間のルールに気づいた私たちに切符を渡したということ? 時間という概念がないルールだから」


「ご名答。そんな感じです。人形の町にもルールがあります。でも、あなたたちは異世界には行くべきではないでしょう。やはりリスクが大きいですよ。この電車で異界へ行くよりも、あなたたちの世界で異世界に行った者から話を聞くだけで同じ効果が見られます。今はインターネットもありますし、恐怖体験、不思議な体験をした人間から話を聞き、怪奇魂かいきだまをもらう方が得策かと」


「あなたは何者なのですか?」


「ただの案内人ですよ」


 いざなは髪をなびかせ、美しい微笑みを見せる。それは、女性のようでもあり、中性的だ。


「さて、いきましょうか」

 いざなは笑いかける。白銀の髪の毛はまるで雪が輝くようだ。この世の者の髪の毛の色とは思えない。まるで、作り物のような色合いだった。私たち専用の電車には他に乗客はおらず、まるで終点の誰も乗っていない電車のようだった。


「ルールってたとえばどんなものがあるのですか? 踏切ではルールは時間でしたよね。だから、知らず駅が開く時間を教えてもらえた。そして、それが怪奇魂かいきだまという切符だった」


「そうですね。人形の町ならば、人形に共通する何かを探してみればおのずとみつかりますよ。その町によってルールは違います。これは、人間たちが住む町でも同じではありませんか。異世界へ行った人にもルールが存在しているかもしれません。異世界が開くタイミングとか、どんな人が行ってしまうのか、とか」


「たしかに、学校でも校則というルールがあるし、交通規則や犯罪になる基準はルールで定められている。家族の形もルールがあって、私たちは法律に沿って生きている」


「友達との関係でもスマホでの連絡方法でも既読スルーはやめとけみたいな暗黙の了解があったり、付き合うっていうのも当人同士のルールだったりするよな」


「でも、怪奇魂なんて人間には出せないぞ。怪奇体験をした者から話を聞くと、このネックレスで、怪奇魂を受け取ることができます。メリットは、話をした人は、怖くて忘れたい怪奇体験を忘れることができます。このネックレスがつないでくれますよ」


 一見普通のネックレスだが、石の部分は底の見えない黒いものに覆われている。


「では、元の世界へ送りましょう」

 いざなが台詞を言い終えると、がたんがたんと電車は進み始めた。


 残された私と凛空は少しばかり心細くなり、手を握り合う。

 こんなちっぽけな動作でも私たちは幸せに浸ることができる。

 私たちは幸せになるために少しばかりの犠牲や我慢が必要なのかもしれない。

 でも、一緒なら怖くない。大丈夫。自分に言い聞かせる。


 電車が進むにつれ、見慣れた街並みがそびえたつ。なぜか人はいなかった。電車が到着した。


「健闘を祈ります」

 いざなは帽子を取って丁寧にお辞儀をした。まるで駅員のコスプレをしているかのような美しいブルーの瞳をしている。本当は何者なのだろう。


 こうして、私たちは怪奇集めを始めることとなる。蒼野凛空の未来のために。


「ちゃんと一緒に乗り越えようね」

 夕空の下私たちは誓い合う。どんな困難にも、病める時も健やかなるときも――。凛空の瞳は藍色に染まる。私たちは固く手をつなぎ肩を寄せた。

 

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