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怪奇集め その手をつないでいられるうちにできること  作者: 響ぴあの


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13/16

ゴミ収集作業員と取り残された町

「これ、リアルな感じがする」

 投稿した文章を読んで感じたことだ。

 職業上怪奇と遭遇するパターンは多い。


 ゴミ収集の仕事は日々の生活に欠かせないものだ。正月など週2回のうち、1日でも来ない日があれば、ゴミはたまり、生ごみは匂う。週1回で足りている人間であれば問題はないだろうが、どちらにせよ日々の暮らしに欠かせない大切な役割を担う。この仕事をしていると怪奇現象に出会うことがあるらしい。もちろん、日々忙しくスピードを求められる仕事なので、じっくり見るわけではないが、見えてしまうことがあるらしい。


♢♢♢


 ある時、曇ったじめじめした午後の収集時間のことだった。二人一組でいつものように作業に没頭する。午前からの作業故、汗だくになり、ゴミの匂いが相まって自分自身でも決していい匂いとはいえない匂いに包まれていることは自覚していた。しかも、こんなに湿気の多い午後は蒸し暑さがいつもの倍だ。


 いつもカラスがたむろしているゴミ集積所だった。地区によっては住民がカラスの被害を防ぐために努力をしている地区も多かった。住民の質だ。意識の高い住民が多い地区では、ゴミを出す時間や出し方にモラルがあり、ネットをするなどの工夫を凝らし、カラス対策をしている。しかし、住民がゴミを出す時間を守らないとか、出してはいけないものを出すという地区も多いのは事実だった。プラスチックと燃えるゴミの分別を守らないのは日常茶飯事の地区で、いつ出したのかもわからないゴミ袋はカラスに食いちぎられていた。だから、中身がでていることも多々あったが、それを掃除する義務は収集員にはないので、放置する。しかし、住民が掃除をしない。カラスが増殖する。その繰り返しだった。しかたがなく、その地域は袋があれば持っていく程度の認識となっていた。目についたのが、袋から飛び出たおもちゃだった。それはレトロな人形で、捨てられたのは納得の古さだった。


 怖い。の一言に尽きた。一瞬体が凍り、これ以上動かないのではと思った。まるで金縛りだ。まあるい目がぎょろりとしており、こちらを見たような気がした。ゴミなので、不要なものをすてるというのは理にかなっている。職業上、何度も古いものから新しいものまで捨てられているゴミに遭遇している。正直、捨てなくても使えるなぁ、もったいないと安月給の自分は思うこともある。しかし、納得の古いごみもある。こんなになるまでよくとっておいたなと思うこともある。いちいち考えていられる時間はなく、いつも収集車に放り込んだ。


 この地区は古い神社がむかえにあり、墓地もある独特な雰囲気だ。家も古い戸建てが多く、若い人は少ないだろう。たまに古びたアパートに貧困層である若者が住んでいるような気配はある。


 この時も、一瞬躊躇したが、仕事だ。人形もろとも収集車に放り込む。一瞬の作業だった。一瞬めまいがしたような気がする。きっと疲れたのだ。毎日の単調作業と肉体労働は疲労を増殖させる。まるでウイルスだ。相方の先輩は無愛想で無口だ。滅多に世間話をする人ではない。しかし、この時、珍しく口を開いた。


「ここの地区には気をつけろ」


 珍しい無口な先輩の言葉に思わず驚きを隠せなかった。

 声はとても低く抑揚はなかった。


「どういう意味ですか」


「ここは色々な意味で治安が悪い。俺は似たような気配を若い時に経験して大変な目に遭った。お前も気をつけろ」


 たしかに、住民の治安は悪そうだ。どういう意味だろうとその時は理解が追い付かなかった。しかし、週二回の収集日にまたもや同じ人形が捨てられていたのだ。こんなに古い同じ人形を何度も捨てるだろうか。たとえ捨てるにしてもまとめて何体か、全部捨てるのが普通だろう。一体ずつ捨てているのだろうか? そんなに古い人形を所持している人がこの辺りにいるのだろうか。遺品整理とかそういったことを頭に浮かべる。でも、それ以外はいたって普通のごみのようだった。ただ、捨てる時間が悪いのか、カラスに袋をつつかれて、人形だけが飛び出していたということが二度起こっただけだ。それだけだ。いつのまにか自分に言い聞かせていた。


「俺は霊感が強いんだ」

 普段は無口な先輩がつぶやく。


「人形は俺たちを待っていたのかもしれないな。そして、これは誰かからのメッセージなのかもしれない」

 真剣な表情で、よくわからないことをつぶやく中年男性。

 普通に考えたらおかしいとしかいいようがなかったが、今日は妙にすとんと理解できるような気がした。


 古びた女の子の人形はあざだらけで、薄汚れていて、服はぼろぼろだ。髪の毛もぼさぼさで、表情は変わらないはずなのにとても不気味だった。


「俺たちはゴミ収集を仕事としています。どんなものでも心を鬼にして収集しなければいけないと思いませんか。ゴミとして処分しなければいけないんですよね」


「もちろん、そのとおりだ。俺が人形から感じたのは、その人形の姿のようにここらの地区に、誰かが俺たちに助けを求めている可能性があるな」


「どういう意味ですか」


「人形が教えてくれているってことだ」


「あの不気味な人形は悪ではないのですか?」


「あの人形は何度も集積所から戻ってきて俺たちに知らせているんだよ」


 こんな空想めいたことを言う人だということは夢にも思わなかった。

 汗だくで黒ずんだ作業着を着た髪が剥げたおっさんが、真面目な顔をして空想論を語るなんてと思ったが、人形の目が何かを伝えたがっているというのは感じていた。


「ゴミを出している主がわかれば、そこに困っている者がいるかもしれない。いわゆる無戸籍とか、児童相談所の要望に応じない親とか、誘拐されて監禁状態になった人間かもしれない。俺は、何度もこういうメッセージを感じたことがある」


 油ぎった顔で作業着は汗だくのおっさんが言うセリフにしては少しばかり違和感があったが、話を聞くことにした。


「先輩は今までメッセージを感じたら、どうしていたんですか」


「俺の祖母が霊媒師でな。霊を見たり、交信することができる人だった。その遺伝を強く継いだのが俺だった。しかし、世の中、詐欺だと霊的なことを信じる者はめっきり減って、それを生業とすることは難しい時代になった。俺はゴミ収集の業者に高校を卒業してから就職することにした。それ以来、この仕事一筋だ。でも、この仕事は見える俺には時には見え過ぎて困ることも多い。目で見るわけではなく、感じるんだ。ある時は、死体を捨てた者もいた。人の大切な思い出を勝手に捨てた者もいた。大切な人の遺品を捨てた者もいた。孤独死した人の遺品を全部捨てていた者もいた。これは、ゴミ袋に触れるだけで感じるんだ」


 作業の手を止めて先輩はじっと俺の方を見た。薄汚れた手袋は、俺たちの作業の証だ。作業着の汚れも同様だ。人のために尽くす仕事を懸命にやっているんだ、俺は誇りを持って作業をしているんだ。他人には、大変そうだと言われ、雨の日も風の日も外での作業は続く。子供たちには生ごみ臭いと罵られても、それでも誇りを持つんだ。いつもそう思うことにしている。


「じゃあ、今夜あたり、ここで見張ってみよう」


 無言の圧力を感じ、仕方なく、自分も一緒にと同意する。本意ではない。こんなに不気味な場所にいたいと思わなかった。右には真紅の鳥居。左には色のない古寺と古い墓がずらりと並ぶ。古い集落ゆえ、老朽化は否めない。人間も物も古くなっているということはありうる。


「でも、何時に持ってくるか、ましてや何日前に持ってくるか。ここらの地区の住人はわかりませんよ」


「大丈夫だ。ここらには弱者の味方がぎょうさんおる」


「どういう意味ですか?」


「夜になればわかる。俺は自家用車で通勤してる。お前はバス通勤だったな。今夜は送ってやる」


 半ば強引に仲良くもないただの会社の先輩と夜にボランティア活動しなければいけないなんて、俺は不運だとつくづく思った。


 定時になり、作業服を脱ぐ。シャワーを浴びたいところだが、そのようなものは、もちろん完備されていない。ぐっしょり汗ばんだ下着のTシャツを脱ぎ、タオルで拭く。朝に着てきた私服に着替える。夜になると、日中に比べて気温が低くなる。過ごしやすくはなるが、秋口は少しばかり冷えて、風邪をひかないように一枚薄手のパーカーを羽織る。虫の鳴き声がりんりんと注がれる。秋が来たのだと感じる。ススキ野原のススキが風になびく様子がみんな同じ方向に同じ格好をして動く人間に似ているように感じていた。


 先輩の車に乗せてもらい、治安と気味の悪い地区へ行く。昼間いつも来ているにもかかわらず、全然違う印象だった。まず、街灯がほとんどない。薄暗く、人通りはほとんどない。人家もあかりがついておらず、廃墟が多いのかもしれない。取り残された町、そんな印象を持った。


「聞こえてきたな」

 先輩は窓を開けて耳に手をあて、遠くの音を聞くしぐさをする。

 じっと耳を傾ける。すると、ぴーひゃらぴーひゃらとなにやら秋祭りらしき音色が聞こえる。


「平日に秋祭りですか?」


「いや、違う」


 閑散とした町とは対比的に太鼓と笛の祭りらしき音が遠くから響く。ただ、どの程度遠いのかまではわからない。


「ここの地区の守り神が霊感の強い者を呼んでいるんだ」


「先輩のことですか?」


「おまえさんも、相当霊感はある方だと思うがな。今まで、何も気づかなかったのか? 鈍感な奴だな」


 霊感が強いなんて感じたことはなかった。でも、他人と比較なんてしたこともなかった。ただ、この仕事についてからは不思議なことを経験することはあったが、それが普通だと思っていた。ゴミ集積所はいらないゴミの集まり。それは、人々の使い古した物や執着した思いが時に混ざっていることもある。混沌としたゴミという括りの中で、必要とされなくなった物の悲しみを受け取ったこともあったのかもしれない。物の思い。人の思いが集積所には置いてある。かつてはゴミではなかった大切に扱われていたものがそこにはある。


「さて、音の主が俺たちを呼んでいる。蛍のような光がいるだろ。あれが導いてくれるのさ」


 目の前には夜にそびえたつ神社があり、墓場が草原のように広がっている。光がないので、あまり良くは見えない。しかし、目の前の蛍のような光が闇夜の町を想像以上に照らし、俺たちの車を導いた。


 祭りの囃子はどんどん音が大きくなる。こちらであっているということだろう。太鼓の音がどどんと耳に響く。笛の音色は思ったより甲高い。光はある一見の古い家の前で最高潮に光を見せた。


「ここに、俺たちを待っている者がいる」


 誘拐された少女がいるとか、誰かが監禁されているという可能性も考えていた。

 でも、誰もいる気配がない。


「おじゃまします」

 ゆっくりゆっくり靴のまま家に上がらせてもらう。鍵もかかっておらず、人が住んでいる気配はない。相当前に引っ越したのかもしれない。


 気づくと先輩が手を合わせていた。


「この方が俺たちを呼んだんだな」


 目の前には骸骨となった性別や年齢不明の遺体があった。

 もうだいぶ前になくなっているようで、ただの骨と洋服しか残ってなかった。この人が生まれた時に喜ぶ親がいて、家族や友達がいて、最期にこんな形で孤独死してしまったのだろうか。この姿からは全く想像もつかなかったが、これは誰にでも起こりうることなのかもしれない。ここが、この人間の住処ではなく、誰かに監禁されたものだったとしたら――?


 人生はどこで歯車が狂うのか想像もつかない。


「きっとあの人形はあの人の大切なもので、俺たちと波長があったんだろう。俺たちがこの地区担当になってから、毎日俺たちに何かしらのメッセージを送っていたんだろうな」


「あの人形以外にもありましたか?」


「俺は、あの集積所に行くと、いつも異変を感じていたぞ。たとえば、カラスがやたら同じ方向に俺たちをいざなう時が何度もあっただろ」


「俺たちはこの地区の担当になったのも何かにいざなわれた。そうだと思わんか?」


 その通りだ。俺ももしかしたら、昔から霊感のようなものがあったように思う。黒い人影を見たことは何度かあった。気づかぬうちに見えていることもあるのかもしれない。


 俺たちは仏となった何者かを警察に連絡し、事情聴取を受け、帰宅した。

 あの人は、きっとここにいるということを伝えたかったのかもしれない。でも、誰にでもこの声は届かない。なぜならば、死んでいるのだから――。


 死者にできることは非常に限られてしまうのが現実だから。

 生なるものに助けを乞う。これしかないのだから。




♢♢♢


「こんなことってあるのかな。この無口な相方のおっさんに話を聞いてみたいね」


「きっとそのおっさんは、ネットとかしないんじゃないかな。違う電波で世界と繋がってるタイプでしょ」

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