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第1幕 第3話

才能なんて曖昧で不確かなものを証明する術なんて無いのだろうが、それでも確かに"天才"というやつは存在する。

こちらが先に歩き出していてもすぐに抜き去っていって。

何年もかけてようやく手が届くか否かというものを、そいつらはあっさりと手に入れる。

その差はもしかしたら努力で埋まるのかもしれない。

けれど、歩く速さが違って。歩ける距離が違うのならば。辿り着ける場所はおのずと変わってくる。

だから遅咲きのピアニストであった父が、才能を——音楽に愛された証を息子に求めた気持ちも、俺は痛いほどわかっていた。

だからこそ、憎くて憎くてたまらない。

この手に演奏者としての才能が無いことが、憎らしくて、妬ましい。

それを考えるたびに胸の奥に重い何かが募っていく気がして、まるで水槽の中にいるみたいに息苦しい。

だから逃げた。

全てを放り出して、何もかもなかったことにして。誰も俺のことを知らないこの街に逃げ込んだ。

いまから10年以上前の話だ。

そして、今も逃げ続けている。


今日も新しい住処は見つからない。

昨日のことがあったせいで音楽室にいく気にもならず、俺は珍しく授業が終わってすぐ帰路についた。しかし1人でぼうっとしているとまた余計なことを考えてしまいそうで施設に帰る気にもならず、少しだけ寄り道をしていくことにした。

とはいえ、別にすることもない。

放課後に遊ぶような仲の良い友達がいるわけでなし。

かといって昨今の若者のように1人でカラオケに入るようなキャラじゃない。

こういう時自分の無趣味さが虚しくなるが、仕方ない。なんて彩のない十代なんだとか考えてはいけない。うん。

特に何も思い当たらないので、俺はぶらぶらと街をうろつくことにした。工場地帯でも見にいってみようか。でも基本的に立ち入り禁止だから近づける訳じゃないんだよな。というか有名になりつつあるのは工場"夜景"だった気がする。

そうして当てもなく彷徨って、辿り着いたのは道の駅みたら室蘭だった。すぐそばに水族館もあるけれど学校帰りに男子高校生が1人水族館ってどうなんだろう、と思いやめる。とりあえず小腹が空いてきたので、臨海広場横の屋台で焼き鳥を購入した。

木のベンチに座り、ほぼ無心で肉を口に運ぶ。そういえば大抵のところで焼き鳥を頼むと鶏肉と長ネギの串焼きが出てくるという話を聞いた気がする。北海道広いからなぁ。文化くらい違うんだろう、多分。

時刻はいまだ夕暮れ前。今日は比較的涼しいけれど、夏の最中だけあって日が暮れるのも遅い。俺は呑気に静かな海を眺めて、楽しそうに波打ち際で遊ぶ親子の声を聞いていた。

甘めのタレが肉に絡んで上手い。

ぼんやりそんなことを思っていた、その時。


たし、と柔らかいものが膝の上に乗った。

反射的に振り返れば、そこにいたのは。


「……犬?」


中型犬、だろうか。そこそこでかい。毛色は黒っぽくて、足先や胸元だけが白い。

その前足が揃って俺の膝の上に乗せられ、伸び上がるような姿勢で突き出された、特徴的な髭のような毛並みに包まれた鼻先が、匂いを嗅ぐようにふんふんと動いている。ナントカ動物園だとかいうテレビ番組で見たことのある犬種だ。しゅな、シュナウザー?だっただろうか。

とにかくその犬は丸い瞳をきらきらと輝かせて、俺の手にある焼き鳥をじぃっと見つめている。


「どこの子かわかんねぇけど……焼き鳥はともかく玉ネギはまずいんじゃないか、お前」


訴えかけるような瞳に思わず話しかければ、わかっているのかいないのかくぅんと鼻を鳴らした。なんだ、可愛いなお前。


「どっから来たんだ?ご主人は?」


わしゃわしゃと顔周りを撫で回すと、犬はされるがままになりながら目を細めた。先ほどまでぴんと立っていた大きめの耳が、緩く垂れている。よく見ると胴輪がついていて、そこから紐状のリードが伸びていた。もしかして主人ぶっちぎって焼き鳥に食いついたのかこいつ。アグレッシブだなぁ。

無意識に動きの止まっていた手が不満だったのか、そいつは俺の手や指をぺろぺろと舐めてから掌を鼻先で押して自分の頭に乗せる。もっと撫でろと言わんばかりのその仕草に思わず笑みが零れる。警戒心はどうした、警戒心は。


それからしばらく俺はその柔らかな毛並みの触り心地を堪能していた。動物に触るとなにかがどうにかなってストレスが和らぐって聞いたことがあるけれど、本当かもしれない。なにより可愛い。

そんなことをしているうちに、背後から慌てたような声が近づいて来た。俺の身体越しにそれを確認した犬が片耳だけを立てて、わんっ!と元気よく声を上げる。きっと主人が迎えにきたんだろう、と俺は振り返って。


「すみません、ご迷惑を——……て、あれ?」

「あ、」


色素の薄い髪。黄色がかった目。整った顔立ちの、青年。

昨日見た人物を思い出す俺の感覚が気のせいでないことは、相手の反応から明らかで。

彼、——確かしらぬいさん、は俺の顔を見て、ぱちくりと目を瞬かせた。

沈黙が痛い。

いや、だって。もう二度と会わないんだと思って、あんな失礼なこともしたし、でも突然謝るのも。

この間、10秒弱。混乱した頭でぐるぐると考えた結果口をついたのは、こんな言葉だった。


「こ、この子の名前なんていうんですか」



結果として、スタンダード・シュナウザーという犬種で名前は"りぃ"であるとの情報を得た。

いや、うん。そうじゃなかった筈なんだ。

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