徐々に判明する事実
護衛とクロードと共にエドガーに会いに行き、応接間に通される。
エドガーはクロードがいたことに一瞬不快そうな表情を浮かべたが、小声で私が説明したおかげで追い出されずには済んだ。
「では、以前頼んでいたことの報告をしてもらえるかしら」
「リーンフェルト侯爵に聞かれても問題はないの?」
「聞かれて困るようなことはないから構わないわ」
「了解。ならまずラナン地方の茶葉の件について報告させてもらうよ」
そう言ってエドガーから聞かされたのは、ラナン地方の茶葉を学院に納品したのはネルヴァ子爵家だということ。
「貧民街で見かけるようになった薬師の件はどう?」
「かなり難航したけれど、西方諸島の人間だってことは掴んだよ。それに支援している家もね」
「言葉に独特のイントネーションがあって分かったのかしら」
「そんな感じ。で、支援していた家はオドラン子爵家。と言っても実際は子爵夫人が支援していたみたいだね」
点と点が線で繋がるとはこのことか。
なんとなく全容が掴めてきた。
「薬の成分は?」
「実物がここにあるよ。はい」
そう言ってエドガーは薬が入って居るであろう薬包紙をテーブルの上に置いた。
確認しようと手を伸ばしかけると、横からクロードが先に取ってしまう。
抗議するように睨み付けると、彼は苦笑しながら肩をすくめた。
「その体に確認させるわけにはいきませんからね。毒に耐性のある俺が先に確認する方が安全です」
「……不満はありますが、まあ構いません」
クロードは薬包紙を開けて中の粉の匂いを嗅いだり、指につけて舐めたりしている。
少しして毒は入っていないと確認できたのか、私に薬包紙を渡してきた。
同じように私も匂いや味を確認する。
「基本は滋養強壮の効果があるものが使われているわね。中にマカレアそれにルカブ……この配合だったら手足のしびれも呼吸器系に影響が出るのも頷けるわ。爪の変化はそういった体調の変化から生じたものっぽいわね」
「ですが、入っている量が少ないですし致死量には至りません」
「多少具合が悪くなる程度だものね。回復しないようにギリギリの分量を入れていた、というところかしら」
「一定期間飲ませた後であれを使うと?」
私はその言葉に頷いた。
エドガーがいるからナルキスの名前を出さないようにしたのだろう。
クロードが配慮できる子に育っていてくれて頼もしい限りだ。
「学院で飲んだお茶にはケナの葉も入っていたけれど、何の毒性もないし他のものと反応もしないから単純にマカレアを体内に入れることが目的のようね」
「ほぼ同時に多くの人に飲ませるにはそれしかないでしょうしね。ということは、オドラン子爵夫人が犯人なのでしょうか」
「混入させたのは彼女でしょうね。指示をしたのはヘリング侯爵だと思うわ」
ヘリング侯爵の名前を聞いたクロードの目つきが鋭くなる。
相当恨みを抱いているようだ。
「あの男はもう七十代なのに元気なことですね」
「あんなプライドの高い男が尻尾を巻いて逃げて、そのままにしておくはずがないもの」
「……確かに。ですがスビア伯爵家にネルヴァ子爵家……その両家が主犯の可能性もあるんじゃないんですか?」
「ありえないわ」
昔の両家の当主を知っているからこそ、それはないと断言できる。
計画を立てて実行に移せるだけの能力がまずない。ヘリング侯爵に媚びへつらう姿しか見たことがない小物だった。
率先して危ない橋を渡るような人たちではない。
だからこそ、彼らは今回の計画が上手くいくと信じて表に出たのではないか。
それか全ての罪をあのときの私のようにオドラン子爵夫人に被せるつもりか。
前回上手くいったから、今回も大丈夫だと甘く見たところもあると思う。
「まるで見てきたことのように話すんだねぇ」
楽しそうなエドガーの声に私はハッと我に返る。
そういえば、彼がいたことをすっかり忘れていた。
「……見てきた、と言ったら?」
「ハハハッ! 面白いけど、さすがにそれは無理があるでしょ。とてもじゃないけど信じられないよ」
「冗談よ。当時の人から話を聞いて、私の目から見たりして判断しただけ」
「良く観察してるねぇ」
「子供の頃からそういった環境にいたから鍛えられたのよ」
クロードめ、ハラハラしながら私を見るんじゃない。
せっかく誤魔化したのが無駄になるではないか。
笑顔のまま、私はテーブルの下で彼の足を踏んづける。
グッというくぐもった声が聞こえてきたが、こちらを見るのは止めてくれたようだ。
「報告としては以上かしら? また新たに頼みたいことがあるのだけれど構わない?」
「勿論。うちはアリアドネ様の駒みたいなもんだからな」
「その発言には反論したいけれど、話が長くなりそうだからまあいいわ。……とりあえず旧ラギエ王国から内乱のときに逃げた貴族の情報はもう出そろったかしら?」
「半分くらいはできたけど、さすがに各国に散り散りになっているから時間がかかってね」
「じゃあ、その半分だけでもいいから先に渡してもらうことは可能かしら?」
私の言葉にエドガーは肩をすくめた。
仕事途中だから渡すのに抵抗があるのかもしれない。
「依頼人のご要望とあればお渡ししますよ」
「本意ではないということが感じ取れる言葉ね」
「当たり前。中途半端な物を渡すなんてプロ失格でしょ。けど、欲しいと言うならそんなプライドは捨てるべきだと思ってね。……ということでこれ」
エドガーは自分の机から書類を持ってきて私に渡してくれた。
私は彼に礼を言い、報酬の一部を渡した。
すると、彼は私の目を見て口を開く。
「ところで、調べてたらヘリング侯爵が黒幕っぽいが、そっちは調べなくていいのか? 帝国を出てからの足取りとか」
「大体予想はついているもの」
「え!?」
隣から大声を出されて、私は顔を顰めながらクロードを見上げる。
彼はばつの悪そうな顔をしていたが、言いにくそうに口を開いた。
「二十二年前、ヘリング侯爵と一部の貴族は忽然と姿を消したんですよ。だからどっち方面に逃げたのかも分かっていなくて」
「ああ、そういうことね。……エドガー、悪いけれど席を外していてくれるかしら?」
「了解。必要のない話は聞かないって決めてるからね」
あっさりと了承したエドガーが部屋を出て行ったのを確認すると私はクロードに向かって話し出す。
「地下水路を使って逃げたから追えなかったんでしょうね」
「はい?」
「昔、帝国の地下水路を作ったじゃない。あれの責任者は貴族派の人間だったからヘリング侯爵が逃走するときのためにこっそり水路内に作らせたのよ。あと隠し部屋もね」
「……設計図にも地図にも載ってない水路や部屋が存在するんですか?」
「するから言っているのよ。確か王城と学院、貴族の住まう屋敷に繋がっている水路の上流に隠されていたの。突き当たりから地上に出ると近くに港があるからそこから逃げたのでしょうね」
話を聞いたクロードはガックリとうなだれている。
私が生きていれば情報提供して捕まえることもできたかも、とか思っているのだろうか。
「……他に、ヘリング侯爵のことで知っていることはありますか?」
「知っていること……」
私の能力が買われていたから、会合だとかに顔を出す機会はそれなりにあった。
けれど、あの当時そこまで興味がなかったからジックリ聞いていないのだ。
ああ、でも毒の件で意見を求められたことは割とあったような、気が……する。
(そういえば、あまりに残酷すぎるから私が適当に理由をつけて出来ないって言ったことがあった。今考えればその計画に今回のことが似ている……)
だとしたら、水路のことを思い出せて良かった。
帝国に入るとなるとその水路を使うはず。水路には部屋もあるから潜伏するとしたらそこだろう。
もしかしたらすでにそこにいるのかもしれない。
手遅れになる前に先手を打たなければ。
この計画は絶対に事前に止めてみせる。
「以前、ヘリング侯爵から提案されて私ができないと言った計画があるのだけれど……」
声を潜めながら、その計画をクロードに事細かに説明し始めたのだった。
ついでに廃屋の件と倉庫の件も話し、彼らに任せることにした。




