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カフェテリアでの出会い

初日の授業はそれ以外に何も問題は起こらず、無事に一日を終えることができた。

 学院にアレスがいるから校内で出くわしたらどうしようかとも思ったが、そこは学院側がこちらに配慮してくれているのか見かけることすらなかった。

 昼食時もセレネとテオドールが目を光らせてくれていたお蔭で他の生徒から絡まれることもアレスに遭遇することもなかったのである。

 つくづく彼女らに守られているなと思う。

 大人としては情けなくも思うが、守ろうと思ってくれる彼女らの気持ちが嬉しい。

 こんな気持ちがあるなんてあのときの私では絶対に知り得なかったことだ。

 だからこそ、何かがあったときに私も彼女達を守りたいと、そう思っている。




 そんなこんなで平穏に過ごした一週間。

 生徒達が学院に慣れて各々気の合う友人や利害関係の一致する者を見つけてグループが固まった頃だろう。

 私やセレネに近寄る者もいたけれど、どうにも良い影響を与えないような人しかいなかった。

 情報を聞き出せるのならば付き合いも考えたが、誰にでもいい顔をする人は信用できない。口も軽いだろうし。

 ということで、結局私達は特に親しい人を作らなかった。

 対してミランダは上位貴族の令嬢と多数友人になっている。

 上位貴族しかいないところに彼女のプライドの高さが垣間見えるようだ。


「私、ミランダさんは好きになれないわ」


 昼食時に大所帯でカフェテリアに向かうミランダを見かけたセレネは苦々しく呟いた。

 初日に嫌みを言われたが、それ以降はこちらに来ずに遠巻きにしているだけだから被害らしい被害もないのに随分と嫌われたものである。


「誰が聞いてるか分からないのだから、心の中で思うだけにしておきなさい」

「だって……。あれじゃまるで、ご自分が学院で一番地位が高いと言っているようなものじゃない」

「実際に四大名家の令嬢なのだから、あながち間違ってはいないわ」


 ミランダがそう振る舞うのも仕方の無い部分はあると思う。

 四大名家の中で令嬢がいるのは三家だが、互いに交流はなく面識もない。

 幼少時からエレディア侯爵家の令嬢ということで行く先々でチヤホヤと女王様のように扱われていたら自分が四大名家の令嬢の中で一番だと思っていてもおかしくはない。

 なんせ子供だもの。

 実際に見たセレネと私が大人しくしているから、余計にそう思っているのかもしれない。

 私の噂も影響しているとは思うけれど。


「四大名家の筆頭は紛れもなくフィルベルン公爵家でしょう?」

「まあ、そうなのだけれどね」


 当主のエリックが若いこともあって、侮られている部分はあるのかもしれない。

 親がそういう思考であればミランダも影響されていそうだし、その考えを変えるのは中々に難しい。

 けれど、私はどうするつもりもないので彼女に関しては突っかかってこない限りは無視するしかない。


「いずれ彼女も気付くときがくるわよ。……とにかく、私達もカフェテリアに行きましょう」

「はーい。テオドール様も一緒だったら良かったのに」

「皇太子殿下に呼ばれているのだから仕方ないわ」


 そう言いながら私は先日見かけた皇太子の姿を思い出す。

 どこからどうみてもあの皇帝の生き写しとも言える容姿をしていた。

 利発そうな子だったので次代も安泰だろうなと考えながら、カフェテリアに入り空いている席を探す。


「全学年がいるとさすがに二人で座る席は空いていないわね」

「譲ってもらう?」


 などと話していると、とあるテーブルから声をかけられた。


「セレネ様。よろしければこちらのお席にいらっしゃいませんか?」


 顔を見てみると、同じクラスで面識があり上位貴族である伯爵家令嬢が座っている。

 同席している彼女の友人と思しき人達は微笑みながらセレネを見つめていた。

 彼女達はセレネだけを見て私には目もくれない。

 それに気付いたのかセレネは一気に気分を悪くしたようでムッとしている。


「空いている席がひとつしかないようだけれど?」

「ええ。ですので、セレネ様に声をおかけしました。フィルベルン公爵家のご令嬢に中位、下位貴族と相席させるわけにはまいりませんもの」

「お姉様とご一緒するから遠慮するわ」


 断られるとは思っていなかったのか、伯爵令嬢の表情が強張っているし友人達も顔を見合わせている。


「ですが、四六時中アリアドネ様とご一緒だと気が休まらないのではありませんか?」

「……そう。貴女方はそう思っているのね」


 伯爵令嬢達を見おろすセレネの目はそれはもう冷めたものだった。

 一瞬反発して何か言うんじゃないかと身構えたが、上手く受け流している様はさすがフィルベルン公爵家の令嬢である。

 大人になったものだと思っていると、セレネは彼女達に向けていた目を私の方に移した。


「気分が変わったので皆さんとご一緒するわ。お姉様を一人にしてしまって申し訳ないけれど」

「分かったわ。皆さんと仲良くね」

「ええ。今の学院のことなどを知りたいし、皆さんに色々と詳しいお話しも伺いたいわ」


 言い終わると同時に伯爵令嬢達に見えないようにセレネは私にウインクしてくる。

 何も見えていない彼女達はセレネが同席することに沸き立ち、一気に歓迎ムードになった。


「セレネ様、こちらにどうぞ」

「すぐに給仕を呼びますわね」

「その前にメニューをお見せしないと」


 慌ただしくなるテーブルを余所にセレネは小声で「その誤解を詳しく聞かせてもらおうじゃないの」と呟いていた。

 ウインクしてきた時点で何か裏があると思っていたけれど、私の噂の詳しい情報を仕入れるつもりなのか。

 聞いて怒ったりしないことを祈ろう。


「では、私は空いている席を探しに行くわ」


 セレネにそう言い残して私はテーブルから離れてカフェテリア内を見回した。

 すると真ん中辺りに一人しか座っていないテーブルがあることに気が付く。


(あ……いい場所が空いているわね。それに彼女とはお近づきになりたかったからちょうど良かったわ)


 一週間様子見した結果、仲良くなりたいと思っていた人が空いたテーブルに座っていたのだ。

 このような機会を逃してなるものかと近寄っていくが、彼女は私が近寄ってきたのに気付いていない。


「失礼。ご一緒してもよろしいかしら?」


 声をかけると、下を向いていた女子生徒が顔を上げる。

 メガネをかけて三つ編みしている彼女は私の顔を見た途端に固まった。

 フィルベルン公爵令嬢だからか、噂を聞いてかは分からないが。


「ご存知かもしれないけれど、私はアリアドネ・ルプス・フィルベルンよ」

「……あの、カティア・ボナーと申します」

「ボナー男爵家のご令嬢だったわね。ご一緒してもよろしくて?」

「え? はい。どうぞ」


 そちらの席にと手で示され、私はようやく席探しの旅を終えることができた。

 すぐに給仕を呼んで注文を済ませた私は一息ついてカティアを見ると、彼女は落ち着かない様子で目を泳がせている。


「緊張なさっているのかしら?」

「……あ、はい。まさか四大名家のフィルベルン公爵家の方から声をかけられるとは思っていなかったので。それに新興貴族の我が家をご存知だったので驚いてしまって……」

「ボナー男爵家は貿易で有名だもの。各国に人脈を築いて、今まで帝国とは一切取引しなかった国とも仕事をしているでしょう? 今の帝国には勢いのある新興貴族の存在は必要不可欠だと思っているのよ」

「……皆さんがアリアドネ様のような方だったらよろしいのですけれどね」


 勢いをなくして伏し目がちになるところを見ると、カティアは色々と古参貴族に言われてきたのかもしれない。

 伝統と血筋を重視する方が多いから容易に想像できる。


「ところで注文を済ませた後で伺うのもあれなんですけれど、私と同じテーブルでよろしかったのですか? 私、未だに学院に馴染めなくて友人もいないですし、新興貴族なこともあって変に注目を集めてしまうかもしれません」

「フィルベルン公爵家の令嬢という時点で注目を集めているもの。それに私は見聞を広める意味でも色々な立場の方のお話しを伺いたいと思っているわ。同じような考えの方ばかりだと考えが凝り固まってしまうもの」

「しっかりとした考えをお持ちなのですね……。新興貴族であろうと平等に接して下さるなんて嬉しいです」


 立場にこだわりはないが、下心の方が大きいので褒められると罪悪感が湧いてくる。

 二年ほど前に流通していた禁止薬物のラディソスがどこから入って来たか、各国に伝手のあるボナー男爵家だったら調べられるのではないかという期待があったのだ。

 けれど、カティア自身が非常に良い子であり誠実で素直、噂に惑わされない貴重な人物であることは会話の中から分かった。

 私は個人的に彼女と親しくなりたい、と感じた。

 共通の話題があるかどうか確かめようと口を動かそうとしていると、背後からクスクスという小馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきた。


「あら、アリアドネさん。セレネさんは伯爵家のご令嬢の方々とお食事しているのに、貴女は男爵家のご令嬢と同席ですの? まあ、同類のようにお見受けするし、お似合いですわ」


 振り向かなくてもミランダだと分かる。

 今この場にセレネがいなくて助かったっとホッとしながら私は振り返る。

 相も変わらずご友人方を引き連れたミランダが得意げな顔で立っていた。


「まあ、ありがとう」


 ニッコリと微笑みながら口にすると、ミランダは「は?」と言って固まった。

 まさか感謝の言葉を述べられるとは思ってもいない反応だ。


「たまたまこの席が空いていて、たまたまカティアさんと同席して彼女の誠実な人となりや素直で嘘をつけないところが好ましいと思っていたのよ。これから親しくなれればと思っていたところだったので、お似合いだと言われて嬉しくなってしまって」

「え!? アリアドネ様が私とですか!?」


 ポカーンとしているミランダ達とは対照的にカティアは見るからに動揺している。


「あら、ご迷惑だったかしら?」

「いいえ! とんでもないです!」

「まあ、良かった」


 軽く両手を叩いて、ウフフと笑う。

 最初はうわぁ……と思っていたけれど、思いがけず良い結果をもたらしてくれたミランダには感謝だ。


「……フィルベルン公爵家の令嬢ともあろう方が新興貴族の男爵令嬢と仲良くなるなんて、私からしたら考えられませんわ」

「考え方は人それぞれだもの。ミランダさんがそう思われるのならば、そう行動なさればよろしいのではなくて? お互いに価値観が違うのだからここで議論するのは時間の無駄だわ」

「四大名家の価値を下げようとなさるから申し上げているのです」

「……他の男爵家とお付き合いのある四大名家もいらっしゃるのはご存知でその言葉を述べられたのかしら?」


 笑顔を消して真顔で問うとミランダはグッと言葉に詰まった。

 当然だ。エレディア侯爵家以外の四大名家は男爵家とも付き合いはあるのだから。

 価値を下げるなどとんでもないことだ。


「私のやることに文句を仰りたいだけだというのは今のでよく分かったわ」

「なっ! 私は」

「ところで、私まだ昼食を頂いている途中なのだけれど、もういいかしら? お昼休みの時間がなくなってしまうのだけれど」


 唇をワナワナと震わせたミランダは返す言葉が見当たらないのか言葉に詰まっている。

 数秒待って返事がなかったので、私は彼女に背を向けて食事を再開した。

 時折カティアに話しかけていたのだけれど、彼女は私の背後を気にしながらも健気に返事を返してくれる。

 一応、ミランダの言うことは気にするな、これからも仲良くして欲しいと伝えて昼食を終えた。

 席を立った頃には、すでに背後にミランダの姿はなかった。

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