皇帝からの呼び出しと処遇
「皇帝陛下から呼び出されるなんて、貴女一体何をしたの!?」
王城の控え室にて、私はフィルベルン公爵夫人の怒号を聞きながら用意された紅茶を飲んでいた。
さすが王城で出されるものは味が違う。産地はどこのだろうか。
「聞いているのかしら!? 離宮に招待された翌日に呼び出されるなんて、貴女が何か粗相をしたからに違いないわ。セレネ、貴女も一緒にいたのでしょう。一体何があったの?」
「え? あの……昨日、説明したでしょう? お姉様が帰ってきたときもリーンフェルト侯爵が説明してたと思うのだけど……。それに王城の人がお父様の執務室を捜索していたじゃない」
すでに言ってあるのに、再度聞かれることが不思議で仕方ないらしく、セレネは戸惑いがちに応える。
けれど、フィルベルン公爵夫人はそれと皇帝から呼び出されたことが繋がらないようで顔を真っ赤にさせていた。
「そうよ。執務室に勝手に入られたこともそうだし、ニコラスも昨日から帰ってきていないではないの。どう考えても貴女がしたことの尻拭いをやらされているとしか思えないわ」
「セレネとリーンフェルト侯爵が説明したと思いますが、私は何も粗相をしておりません。お父様が帰宅しないのは本人に問題があって王城に連れて行かれたからです」
人の、というか私の話を聞かないから、こうなるのは想定内だ。
セレネなんてゴミでも見るような目で母親を見つめているではないか。
「そんなはずないわ! 皇位継承権を持っているのにどうして陛下がニコラスを王城に連れて行くのですか! 」
「皇位継承権を持つ者として相応しくない行いをしたからでしょう……。都合の悪いことは見ない振りをするのはお止め下さい」
「それは貴女でしょうに。親にまで何をしたのか隠すなんて……。しかもアレスまで呼び出されるとは……。ああ、頭が痛いわ……」
ダメだ。皇位継承権を持つ夫が陛下から罰せられるわけがないという自信があるからか、こちらの話を一切聞こうともしない。
こうなったら直接皇帝から聞くしか勘違いを正すことはできないだろう。
早く呼びに来てくれないかとため息を吐くと、苦笑するセレネに慰められるように肩に手を置かれた。
「それにしてもお兄様も呼ばれたのに、どうしてまだ来ていないのかしら?」
「学院の授業を終えてから来るみたいよ」
「……陛下からの呼び出しよりも学院を優先したの?」
「困ったものよね」
セレネと話していたら部屋の扉をノックする音が鳴り、苛立ちを隠そうともしない様子のアレスが部屋に入ってきた。
彼はフィルベルン公爵夫人を見るとすぐに駆け寄り、肩をそっと抱いた。
「こんなに憔悴してどうしたのですか? 父上は一体どこに?」
「あの子のせいでこんなことになっているのよ……。あの子が離宮で何か粗相をしてその責任を取らされるのだわ……」
フィルベルン公爵夫人の言葉を受けて、アレスは私を鋭い目で睨みつけてくる。
皇帝から呼び出されたのは私のことだけではないのだが。
「ですから、お父様の自業自得だと言っているではありませんか」
「父上がそのようなことをするわけがないだろう。デタラメを言うな!」
「デタラメかどうかは、陛下のお話を聞いてからにしてくださいませ」
「聞かなくとも分かる! お前の性格は良く分かっているからな」
「お兄様……大声出して怖い……」
「あ、いや。セレネに対して怒っているわけではないんだ。あいつがおかしなことを言うから……」
斜め下を向いて体を震わせているがセレネの目は冷め切っている。
あれは完全に耳障りだと思っている目だ。
どうしよう。どんどんセレネが冷めた子供になりつつある。
「お兄様が怒るの見たくない。お姉様じゃなくてセレネを見てちょうだい」
「もちろん、セレネが一番に決まってるよ」
優しくセレネを抱き寄せるアレスとは対照的に彼女は顔が見えないようにしながら私に向かって頬を膨らませる。
それに対して苦笑を返すと、王城の人が私達を呼びに部屋に入ってきた。
彼に謁見の間まで案内され、中に入ると皇帝と皇后、それにクロードにフィルベルン公爵がすでに待機している。
「急に呼び出して驚いただろう」
玉座から声をかけられ、フィルベルン公爵夫人は恭しく頭を下げる。
私達も皇帝に頭を下げて彼の言葉の続きを待つ。
「……娘からは夫が何かをして王城に連れて行かれたと聞いております。ですが、夫は皇位継承権を持つ公爵。こうして家族全員が呼び出されるようなことになるとはどうしても思えないのです」
皇帝が話すのを待っていたというのに、フィルベルン公爵夫人は何を言っているのか。
隣のセレネなど「本当に喋らないで……」と口を動かさず小声で呟いている始末だ。
皇帝も一瞬、何のことを言っているのか不思議そうな顔をしていたが、すぐに把握したのか呆れ顔になっている。
頭の回転が速いのは相変わらずのようだ。
「皇位継承権を持っていようといまいと行ったことに対する罰は平等に受けてもらう。フィルベルン公爵の立場を考えて罪状を説明していなかったことで勘違いさせたようだな」
「……で、では、本当に夫が? あの子ではなく?」
「そなたらはアリアドネを何だと思っているのか……。そもそも十二歳の子供のしたことで家族全員を呼び出すはずがなかろう……!」
ピシャリと言われ、フィルベルン公爵夫人の顔色が悪くなる。
話が通じない相手を前に皇帝の機嫌が悪くなっているのが私からも分かった。
「まずは、正当な血筋であり、フィルベルン公爵位を授かるはずだった者に来てもらおう」
皇帝が手を上げると、外から正装姿のエリックが入ってきた。
彼の姿を見たフィルベルン公爵は忌々しげに見ている。
フィルベルン公爵夫人とアレスは『正当な血筋』という言葉が引っかかっているのか、訳が分からないという表情を浮かべていた。
もしかしたらエリックが成人したら爵位を譲渡するという条件を知らなかったのだろうか。
「彼はエリック・ルプス・フィルベルン。先代のフィルベルン公爵の嫡男であったヴィクトルの息子だ」
「……それと夫が王城に連れて行かれたことに何の関係があるというのですか?」
「二十年前にニコラスにフィルベルン公爵位を継がせたのは、エリックがまだ生後間もない子供だったからだ。彼が成人したら公爵位はエリックに譲渡するという条件で継がせた。文書も残っている」
「そ、それは本当なのですか? 夫は何も私には……。あなた!」
フィルベルン公爵夫人は婚前に何も聞かされていなかったことに憤り、キッと公爵を睨みつける。
彼は悪びれる様子もなく口を開いた。
「あいつは病弱ですぐ死ぬと思っていたし、成人したとしても公爵の仕事はできないと思ったから言わなかっただけだ! それの何が悪い!」
「公爵でなくなるというのであれば、結婚などしませんでした! よくも私を騙してくれましたね!」
「聞かなかったお前が悪い!」
「夫婦喧嘩は後にせよ!」
皇帝の一言で広間は静寂に包まれる。
一番上に立つ人間というのは大変そうだ。
「今日、そなたらを呼んだのはフィルベルン公爵位をエリックに譲渡するためだ。そして、昨日起こったエリック並びにアリアドネとテオドールの誘拐、殺害未遂についての処分を言い渡す必要があったからこそ」
誘拐と殺害未遂と聞いてフィルベルン公爵夫人とアレスの顔色が変わった。
ようやく理解できたのか、二人はフィルベルン公爵を信じられないというような目で見つめている。
「お、夫がやったという証拠があるのですか……?」
「その場に私とリーンフェルト侯爵が同席していた。フィルベルン公爵は自分が依頼したことを自白している。彼が犯人であることは明らかだ」
「そん、な……」
「母上!」
崩れ落ちたフィルベルン公爵夫人を支えるようにアレスもしゃがみ込む。
「こんな、ことをするなんて……。社交界でどう言われるか……。私の人生終わりだわ」
「俺だって跡継ぎから外されるかもしれないんですよ。学院で笑いものになってしまう……」
呆れたことに彼らは自分達のことしか考えていないようだ。
その場に白けたムードが一気に漂う。
「では、もう説明は不要だな。今日をもってエリック・ルプス・フィルベルンはフィルベルン公爵となる。ニコラス・フィルベルン、並びに夫人とアレスは公爵位を退いた後、ソリア離宮に移ってもらう」
「あんな皇都の外れの!?」
確かに皇都の外れにはあるが、比較的新しい建物で広いしさほど不便はないはずだ。
静かな場所だし、色々と植物を育てるには良い場所である。
社交界の中心にいたフィルベルン公爵夫人にとっては追放されたと感じるかもしれないけれど。
街に出るのに少々不便かもなと思っていると、皇帝が再び口を開いた。
「ただし、アリアドネ並びにセレネに関してはこれまでと同じくフィルベルン公爵の屋敷で暮らすこととする。養育者はエリックに一任し、そなたらとの面会も私の許可無く行えないものとする」
「お待ちください! なぜアレが屋敷に留まるのですか! それに養育者がエリックになるなど許可できません!」
「私共の扱いに思うところがあるからですか? ならば、きちんと平等に接しますのであの子だけ屋敷に留まるなど許可なさらないで下さいませ」
てっきり私もソリア離宮に行くものとばかり思っていたから、これは私も驚いた。
元からそういう流れになるはずだったのかと思い、クロードを見ると彼はこちらを見て優しげな笑みを浮かべるのみ。
……全く読めないが、平然としているところを見るとそういうことなのだろう。
「別に私もそなたらのアリアドネに対する態度だけでエリックに託そうと思ったわけではない」
「では、なぜ!?」
「私はアリアドネの毒や薬の知識と技術を買っているのだ。その才能はいずれ帝国の力となる。その人材をきちんとした場所で育てたいと思ったのだ」
「……やはりあのアリアドネ・ベルネットと同じ名を持つから毒に詳しくなったのか……」
「同一視する方がどうかと思うがな。……恐らく独学だろうが、狩猟大会でのあの"餌"を見るに、習得するのに相当の努力をしたと思われる」
あれもすでに皇帝の耳に入っていたのか。やはりクロードは見つけて報告していたのだな。
「餌? ですか」
「そうだ。グアラの茎とフィーレの葉を使ったものだとリーンフェルト侯爵から聞いている。あれは作るのが非常に難しく帝国でも作れる者はそういないほどだ」
「そんなものを娘が作ったのですか!? なんと恐ろしい……」
あれ、作るのが難しかったのか。
身近にあるし、悪戯に動物を殺さなくて済むからちょうどいいと使っただけだったのだけれど。
「そういうことではない。その知識と技術があることが素晴らしいと言いたいのだ。今はリーンフェルト侯爵に頼り切りになって育成もあまり上手く行っていないのが現状だ」
「知識がある人は増えましたが、作るとなるとどうしても難しいところがありますからね」
「その通り。なので、アリアドネに毒や薬の教育をしたいと考えている」
「な、何を仰っているのですか! 娘は陰気な性格で人を妬み虐めるような子です。そのような知識を与えたら悪用するに決まっています!」
「これまで悪用したことなどないだろう。報告も上がっていないしな。そもそも、なぜ娘を信用しないのだ……」
皇帝からの問いにフィルベルン公爵はグッと押し黙った。
自分の不倫が原因だからなど口が裂けても言えないだろう。
多分、もう知られているとは思うけれど。
「い、いえ。信用していないわけではありません。ただ、セレネに対する態度を見ているとどうしても知識を良いことに使おうとしているようには思えなくて……」
「つまり、アリアドネとセレネを一緒にしておくと何をしでかすか分からないということか」
「ええ、その通りです。セレネが苦しむことにはなってほしくないのです。なのでセレネとアレが屋敷に留まることに不安しかないのです」
「だったらちょうどいい。セレネに聞いてみようではないか。セレネ、そなたはアリアドネと一緒に暮らすのは耐えられぬか?」
「むしろお父様達と暮らすことの方が耐えられません。私が家族の中で信頼し愛しているのはお姉様だけですもの」
セレネの言葉にフィルベルン公爵は絶句したまま膝から崩れ落ちた。
彼女はそんな父親に目も向けず、真っ直ぐに皇帝だけを見つめている。
「私はお姉様のお蔭で自分の至らない点に気づけました。ただ甘やかされるだけでやることなすこと肯定されて自分が正しいのだと勘違いをして酷い態度を取っておりました。ですがお姉様は諦めずに私に、私のために辛抱強く注意して下さった。本当に私のことを思ってくれるのはお姉様だけなのだと気づいたのです」
「貴女……あれだけ贅沢しておいてなんてことを言うの!」
「その贅沢はもうしません。エリックお兄様のお屋敷で暮らすことを自覚し、皇室ひいては帝国の足を引っ張らず皇位継承権を持つ者として恥ずべき行いはしません。ですので、お姉様と離さないで下さい」
切々とした訴えだった。
今、この場で家族と縁を切ろうとしている罪悪感と罪深さを分かっているのか、セレネの手も声も震えている。
「まだ十一歳だというのに立派なことだ。いや、もう十二才になるんだったな……。立派なお手本が隣にいることで大きくなれたのだろう。その二人を引き離すことはさすがの私でも心が痛む……。そうは思わんかニコラス」
「あ、いえ…………はい……」
「あなた!」
セレネの言葉についにフィルベルン公爵は陥落したようだ。
公爵夫人の方は納得していないようだが、夫の決めたことにこれ以上強く言うことはできないだろう。
「ではもう異論はないとして、この場を終わらせよう。アリアドネ」
「はい」
いきなり私の名前が呼ばれ、背筋を伸ばして皇帝に視線を向ける。
固い声色とは違い、彼の目は慈愛に満ちていた。
「今日からそなたは、アリアドネ・ルプス・フィルベルンだ。ルプスの名に恥じぬようこれからも怠ることなく勉学に励んで欲しい」
「陛下の期待に応えられるように、また帝国の力となれるよう努力してまいります」
淑女の礼をすると、皇帝は満足そうに何度も頷いた。
こうして、アリアドネの両親とアレスは離宮行きとなり、私とセレネはエリックという養育者を得られたのである。
ちなみに私とセレネはしばらく王城に滞在し、その間に屋敷や離宮の準備をすることとなった。




