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茶番の終わり

 窓も閉じられ全員が押し黙った静寂の中、外から馬車の音が近づいてきて止まる音が聞こえてきた。

 すぐに小屋内に緊張が走る。


『本当に中にエリックとあいつがいるんだろうな!?』

『はい。薬で眠らせていますが、そろそろ目覚めている頃です。確認して下さい』

『まだ殺してなかったのか!』

『殺される姿を見たいかと思いまして待っていたのです。どうぞ中でご覧になって下さい』

『……まあ、いいだろう』


 顔を見なくても声だけで誰か分かる。

 あいつ、と言っていたことから、やはり私を誘拐するように依頼したのはフィルベルン公爵で間違いない。

 怒りよりも呆れの感情の方が大きいが、本当に愚かな人だ。

 けれど、エリックを初めとする面々は怒りの方が大きいようで、室内はピリピリした空気に包まれている。

 そうして扉が開き、フィルベルン公爵が小屋に入ってくる。

 エリックはすぐに下を向いて眠っている振りをして、私は怯えたようにフィルベルン公爵を見つめておいた。


「椅子に座っているのがエリックか?」

「はい。まだ眠っているようですね」

「起こせ」

「……はい」


 部屋の隅にいる私には目もくれず、フィルベルン公爵の興味はエリックだけに注がれている。

 それほど公爵の立場を渡したくないのか。


(私も人のことを偉そうに言えた立場ではなかったけれどね。これが同族嫌悪というやつかしら?)


 いや、今は私のことはどうでもいい。目の前のことに集中しよう。

 起こせと命令された男がエリックに近寄り、椅子の脚を強く蹴り彼を無理やり起こす。

 元々、起きていた彼はわざとらしく肩をビクつかせて恐る恐る顔を上げた。

 エリックの顔を見たフィルベルン公爵はあからさまに顔を顰める。


「……嫌みなくらいに兄と似ているな」

「ということは貴方が叔父上、ですか」

「呼び方に気を付けろ。お前よりも私の立場が上だということを忘れるな」

「それはどうでもいいですが、俺をここに連れてきたのは貴方ですか? 何のために?」

「何のためかなんて聞かずとも分かっているだろうに……。病弱で私の地位を脅かすことはないからと見逃していたのに、今更になって回復したと表舞台に出てきたお前が悪い」


 分かりきったフィルベルン公爵の言葉にエリックがため息を吐く。

 その態度が彼は気に入らなかったようで、テーブルに置いてあったグラスをエリックに向けて投げつけた。

 彼の反射神経は良いようで、難なくグラスを避けるとそれは壁に当たって砕け散る。

 壁から距離があったので誰にも破片は当たらなかったが、短気な男だ。


「これから殺されるというのに随分と余裕があるじゃないか! 私を上から見おろすな! いつもいつも小言ばかりで私のやること全てに反対して自由を奪っていた、あの兄とソックリだな!」

「それは貴方の選ぶことがことごとく道から外れていたからでしょう。良くない道に行こうとしている弟を止めていただけに過ぎないのでは?」

「お前とはこれが顔を合わせるのは初めてのくせに、知ったような口を聞くな!」


 怒鳴り散らすフィルベルン公爵にエリックは哀れみの眼差しを向けると小声で呟いた。


「……この人、本当に気付いていないんですね」

「は?」

「ところで、俺をここに連れてきたのは貴方なのですよね? 先ほどの話から俺を殺すつもりだということも分かりました。……貴方が計画して実行されたのですか? 唯一の血縁者なのに?」


 フィルベルン公爵には聞こえてなかったようで聞き返していたが、エリックは二度も同じ事をいうつもりはないようで話を変えた。


「私以外にお前をここに連れてきて殺そうとする人間がいると思うか? 大体唯一の血縁者だからこそ、お前を殺すんだ。お前が生きていたら公爵の地位をお前に譲らなければならなくなるからな」

「俺が爵位は要らないと言ったとしても、ですか?」

「お前が要らないと言ったところで、成人したら爵位を譲ることは決まっていた。陛下が命じればそうなる。お前個人がどうこうできる問題ではない。だから死んでもらう。それだけだ」

「……であれば、アリアドネを巻き込む必要はなかったでしょう? どうして彼女まで」


 フィルベルン公爵は私を一瞥するとハッとバカにしたように笑った。


「アレはいるだけで不愉快でしかない。セレネを騙して自分の味方につける卑劣さも軽蔑する」

「……ご自分の不倫が周囲にバレそうになる存在だから嫌っているだけでしょうに……」

「なんだと……」

「何故、俺が公爵の不倫を知っているのか驚いている様子ですね。ここ最近ずっと屋敷で世話になっていたというのに……。メガネを外して前髪を上げただけで分からなくなるとは」


 いや、そんなまさか……と言いながらフィルベルン公爵はエリックの顔をマジマジと凝視している。

 この小屋にいる人間は彼以外味方なこともあって、エリックは余裕の笑みを浮かべていた。


「タリス男爵か……! よくも騙していたな!」

「騙さないと貴方に殺されるから仕方なくですよ。爵位を奪うために赤子だった俺を殺そうとして母が助けを求めて逃げたくらいですからね。間に陛下が入ってくれなかったら俺はとっくに死んでいたでしょう」

「お前が生まれなければ私が正当なフィルベルン公爵になれていたんだ! 私の邪魔をするお前が悪い! お前もアリアドネも私の人生には必要ない……!」

「もう良いだろう。エリックとアリアドネを誘拐して殺すように依頼したのはそなただということはハッキリした。これ以上、あの子を傷つけるようなことは言わせるな」


 突然割って入って来た静かな凜とした声に全員の時が止まった。

 私が声の主の方に視線を向けるとフィルベルン公爵も同じようにそちらに目をむけていた。

 注目されていると分かったのか、声の主はフードを脱ぎ顔を露わにする。

 そこに居たのはアラヴェラ帝国の皇帝その人。

 声でなんとなく誰か予想は付いていたが、まさか皇帝本人がこの場にいるとは思わなかった。

 私は純粋に驚いただけだが、フィルベルン公爵は目を見開いて絶句している。

 何か言い訳をしようと口を動かしているが声が出ないようだ。


「見苦しい言い訳は結構だ。そなたの考えはよく分かった。到底、皇位継承権を持つ公爵としてあるまじき発言と行動だな。情けない……」

「お、お待ちください! 私は人に唆されただけで、進んでこのようなことを考えたわけではありません!」

「あれだけ言っておいてよくそのような言葉を言えるものだ。爵位の譲渡については以前の取り決めの通りにする故そのつもりでな。譲渡後の待遇については期待するな」

「そんな! 私は皇位継承権第四位ですよ!? 私達家族を皇位継承から外すことは今の帝国にとって痛手でしょう? 国にとって何が一番良いのかお考えになって下さい!」


 自己保身に走るフィルベルン公爵に皇帝は冷ややかな視線を向けている。

 すでに何の期待もしていないのが見て取れる。


「エリックはまだ若い。これから結婚をして子をなせば、そなたの継承順位は下がる。そなたを公爵から退かせたところで皇室を脅かすほどではない。それに、エリックの才能と優秀さはタリス男爵時代からよく分かっているので心配も無い」

「そんな若造よりも私の方がお役に立てます!」

「ほう……。事業や領地を他の者に任せきりで、裏カジノに援助していたことも把握していなかったそなたがか?」

「う、裏カジノ? ……まさか、援助などしておりません!」

「そなたはしていないだろうが、任せていた者がやっていたのだ」

「では私の責任はないではありませんか! 勝手にしたことまで私の責任になさるおつもりですか?」


 本当にこの人は一族のトップという自覚がないのだな。

 才覚もないし、トップになるための教育も受けていないのだから仕方の無い部分もあるが、それでもだ。

 公爵になった後でいくらでも勉強できたはずだし、家を背負って立つ覚悟も持てたはず。

 それをせずにぬるま湯で満足していたのだから、こうなっても仕方あるまい。


「下の者の不手際はそなたの管理不足が原因だろう。ならばその責任は上に立つそなたが取るのが当たり前だ」

「そん、な……」

「では、詳しい事情は城で聞こう。フィルベルン公爵を連れて行け」


 皇帝の言葉を皮切りに、外から騎士が入って来てフィルベルン公爵を取り押さえる。


「お前ら……! 私は皇位継承権第四位の人間だぞ! このような扱いを受ける者ではない!」

「構うな。連れて行け」


 なおも喚くフィルベルン公爵の声に耳も貸さずに騎士達は彼を外に連れ出した後、馬車に乗せて去って行った。

 いなくなったことで、クロードがエリックを縛っていたロープを外す。

 私とテオドールを縛っていたロープも他の人が外してくれて自由となる。


「大丈夫であったか?」


 違和感から手首をこすっていると声をかけられ、私は皇帝に視線を合わせる。

 彼は私を心配そうに見つめており、父親からの心ない言葉に傷ついているのではと案じているようだ。


「大丈夫です。さすがに私を殺そうとするとは、と思いましたが、側にテオ様とエリック様、それにリーンフェルト侯爵がいらっしゃったので、そこまで傷付きはしませんでした」

「そなたはあの者よりもよほど大人だな……」


 あの人よりも子供の人を探す方が難しいのではないだろうか。

 というか、クロードがなんとも微妙な表情を浮かべて私を見ているのが気になる。

 大方、相性の悪かった私と皇帝が普通に話しているのを見て余計なことを考えているのだろう。


「……今回の件で陛下に余計な心労をおかけしたことを申し訳なく思っています。私のことは気にせず、公平な処分を望みます」

「そなたの地位が下がったとしてもか?」

「これ以上、どう下がるというのでしょう?」


 実際、公爵令嬢として扱われていなかったのだから、爵位をエリックに譲ったところで私に対する態度はそこまで変わることはないだろう。

 今まで通りと考えれば、実のところ何も困らないのだ。


「しかし、陛下。アリアドネ嬢には私と同じ、いえそれ以上の類い稀なる才がございます」

「クロード以上の? ということは毒に関することで合っているか?」

「ええ。彼女とテオドールを誘拐した犯人に武力を行使することなく無効化できたのはそのお蔭です。その才はこれからの帝国に恵みをもたらすと私は思っています」

「クロードがそこまで評価するのは珍しいな……。一応心に留めておこう」


 ナイスアシストだ、クロード。

 さりげなく私を売り込んでくれるとは、出来た弟ではないか。ありがとう。


「では、私も城に戻ろう。クロードはテオドールとアリアドネを屋敷まで送り届けてくれ。セレネがいたく心配していたからな」

「畏まりました」


 そうして皇帝とエリックが出て行き、私達も待っていた馬車に案内される。

 テオドールに先に乗ってもらい、私は後ろを振り返ってクロードを見上げた。


「助かったわ、ありがとう。……よくやったわね」


 クロードの腕をポンッと軽く叩くと、彼は素っ頓狂な声を上げて膝から崩れ落ちた。

 なぜだ。


「え? 義父上? 何で膝から崩れ落ちたんですか?」

「リーンフェルト侯爵は私のファンなのでこうなりました」

「え!?」

「多分熱狂的なファンです。恐らく」

「ええ!?」


 我ながら雑な誤魔化し方だが、あながち間違っていないような気がするのは気のせいだろうか。

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― 新着の感想 ―
癖ェェェェェェェェェ(例のハムスター)
[一言] いやファンというより、寧ろ信者と呼んだ方が適切な感じすらしますわなw
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