あっさりとバレました
「お姉様、ちょっといい?」
書庫の扉を少し開けた状態で外からセレネがひょっこりと顔を見せる。
屋敷で私に声をかけてくるのは珍しい。何かあったのかもしれない。
「ええ。構わないわ。どうかしたのかしら?」
「お父様とお母様がまた怒鳴り合いを始めたの。うるさいから逃げてきちゃった」
「そう……。毎回よく飽きもせずに怒れるものだと感心するわね。疲れないのかしら?」
「相手への怒りが栄養になっているからじゃない?」
「それで場所も考えずに始めるのはどうかと思うけれどね」
怒りに任せて過去のアレコレを暴露しているせいで、意図せず同席してしまった使用人を勢いで解雇しているのも呆れるばかりだ。
こちらの息のかかった人を送り込めるから助かる部分はあるけれど、さすがにこう頻繁ではいずれ雇える人がいなくなってしまう。
大体、バレたから解雇するよりも手元に置いて監視していた方が外に話が出ないだろうにそれすら考えることもできないのだろうか。
「そのせいで、どんどんお父様達の本当の姿が見られるようになって情けなく感じてしまうわ。もう尊敬する気持ちが持てなくなってきちゃった……」
「そうね……」
セレネのために何かフォローをしたいところだが、全く思い浮かばない。
そもそもフォローできる箇所がない。
「一体いつまで続くのかしら? 四大名家の中身がコレだなんて……。少し前まで私もお父様達と同じだったことでも恥ずかしいと思っているのに、今はタリス男爵もいらっしゃるのよ? 外部の方にまでお見せして何を考えているのかしら」
セレネはため息を吐いて項垂れている。
両親に対する失望と自分に対する自己嫌悪があるのだろう。
気付いて改善できただけでもセレネはフィルベルン公爵夫妻とは違うのだが、過去は変えられない。
それは私自身が一番良く分かっている。
どう慰めれば……と考えていると、静かな空間に扉を叩く音が響いた。
どうぞ、と声を出すと、外からエリックが入ってくる。
「あ、こちらにいらしたのですね」
「ええ。他国の歴史を勉強しようと思いまして。タリス男爵は王城に行ってらしたのですか?」
「そうですね。少し報告がてら同僚の仕事を手伝ってきました」
「お忙しいでしょうに、こちらの事情に巻き込んでしまって申し訳なく思います……」
「いいえ。フィルベルン公爵の態度は目に余る部分はありましたから。陛下はアリアドネ嬢のことを心配されておりましたし、良い機会だと思われたのでしょう。ですから、お気になさらないで下さい。……ところで」
そう言ってエリックは困ったような表情を浮かべながらセレネの方に視線を向けた。
私もそちらを見ると、エリックを凝視している彼女の姿が目に入る。
首を傾げていたかと思うと急にハッと何かに気付いた様子だ。
「あの……私の顔に何か?」
「やっぱり! 目がお祖父様にそっくりだわ! それに伯父様にも!」
セレネの言葉にエリックの表情に動揺が見られた。
彼女は勘が鋭い。
「セ、セレネ嬢……。あまり大きな声を出されては……」
「あ、ごめんなさい! でもとっても似ていらっしゃるわ。ねぇ、お姉様。亡くなった伯父様にお子様はいらっしゃったのかしら?」
「生まれたばかりの男の子がいらしたわ」
「じゃあ……もしかしてタリス男爵が? でも、うちの遠縁の方という線もありますよね?」
「タリス男爵家にうちの令嬢や皇族の方が降嫁された記録はないし、嫁がれた奥様のご実家もそうだったはずよ」
「なのに、似ているということはそういうことになるわよね」
あっさりと正体を見破られたエリックの目は死んでいる。
「この姉妹の観察力と知識が怖い……」
「そりゃあフィルベルン公爵家の娘ですからね」
「当代の公爵がアレだから甘く見ていたよ。しかも子供だし……」
「フィルベルン公爵家の娘ですからね」
「意味のない台詞なのになぜか妙な説得力」
ここまできたら隠すつもりはないのかエリックは早々に観念したようだ。
深呼吸した彼は一転して真面目な表情を浮かべる。
「このことは」
「秘密に致します」
「秘密なんでしょう? 分かっているわ」
「理解力と話が早い……」
「それで、タリス男爵の本当のお名前は何と仰るの? ここにいらしたのはフィルベルン公爵になるために? どうして男爵を名乗っていらっしゃるの?」
「好奇心が旺盛すぎる……」
急に現れた従兄という存在にセレネは目を輝かせている。
知らないことがあったらなんであっても知りたいというのが彼女の性格なのかもしれない。
「俺がフィルベルン公爵になるということは、君達は四大名家のご令嬢ではいられなくなるってことだけど理解してる?」
「分かっているわ。でも、令嬢でなくなっても一番近い皇族の血が流れているのだから立場が大きく変わることはないはずよ。そうでしょう?」
「恐らく新たな爵位を授かるのではないかしら? 皇位継承権がある以上は待遇が悪くなるはずがないですもの」
「……あの二人から、よく君達みたいな令嬢が生まれ育ったものだと驚くよ」
片方は別人なわけですけれどね。
それでも、セレネの成長には驚かされるばかりだ。
「お姉様なんて特によ。ろくに教育も受けさせてもらえなかったのに、誰よりも優しくて賢くて綺麗で品があって所作も綺麗で刺繍もお上手で完璧なのだから……!」
「セレネ嬢はアリアドネ嬢が大好きなんだね」
「当たり前だわ。私がお父様達の言うことを信じて我が儘ばかり言っていたときも、いつもお姉様は私に注意してくれていたもの。お父様達から怒られるって分かっていたのに、私のために言ってくれていたの。誰よりも優しくて令嬢としてのあり方を知っている人なのよ。人として大事なものを持っているお姉様を私は尊敬しているの」
自信を持って答えるセレネの言葉に私はアリアドネに対して良かったねと声をかけた。
上辺は私がしたけれど、中身……根底の部分は紛れもなくアリアドネの功績だ。
「ありがとうセレネ。そういう風に思っていてくれて嬉しいわ」
「私こそ見捨てないでくれて感謝しているのよ。お姉様のお蔭で私は自分が愚かだったことに気づけたのだもの」
セレネは満面の笑みを浮かべている。私も笑顔でそれに応えた。
タリス男爵はそんな私達を眩しそうに眺めている。
「二人はとても良い関係なんだね。その関係を壊しかねないと思うと気が引けるかな」
「それはそれ、これはこれよ。実際お父様は公爵として相応しいかと言われれば違うもの。長男の子供であるタリス男爵がいらっしゃるなら正当な公爵はタリス男爵だし、私もそうした方がいいと思うわ」
「……まだまだ幼いと思っていたけれど、よく周りのことを理解しているんだね」
「私は意外と大人なのよ」
エッヘンと胸を張っている姿はどこからどう見ても子供なのだが、突っ込むのも野暮なので止めておこう。
「だから私はタリス男爵が従兄だってことは秘密にするわ。それで公爵令嬢でなくなったとしても平気。自分の地位は自分で作るから。それにそうした方がお姉様にとって良い環境になるのは間違いないし」
「私より自分のことを優先していいのに……」
「私はなんだかんだで上手く生きていくことができるから平気よ。それに、どっちみちお父様が公爵のままだったらいずれ沈んでしまうもの。傷が浅い内に陸に上がった方が良いと思うの」
「一理あるわね」
「でしょう? なので、タリス男爵がどうしようと考えていても咎める気なんてないわ」
私としても本来の目的が果たせそうだからありがたい。
セレネもまともな従兄がいることが分かって安心した部分もあるだろう。
これで話は終わりかと思っていたら、セレネが思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、本当のお名前は何と仰るの?」
「……エリックだよ」
「じゃあ、エリックお兄様ね。従兄がいると知れて本当に嬉しいわ」
「俺もずっと人に言えなかったことを打ち明けることができて心が軽くなったよ」
「ですが、公表されるまで内密にしておきますのでご安心下さい。平和的に解決されることを祈っております」
まあ、平和的に解決などしないだろうけれど。
そうして数日後、エリックは皇帝から呼び出されたと言って我が家での任務を切り上げて後任の人に託し姿を消したのだった。




