急ぎの報告(クロード視点)
報告があるからと急遽呼び出されて部屋に入ってみると、心なしか怒っているようにも見えるエリックが立っていた。
一体何があったのか。取りあえず聞いてみよう。
「アリアドネ嬢達を案内していたんだが、急ぎの報告とは?」
「まずはアリアドネ嬢に対するフィルベルン公爵夫妻の態度のこと。それと屋敷に滞在していて気になるものを見つけたので、その報告です」
「分かった。では、まずアリアドネ嬢に関することから聞こうか」
気になるものの方が聞きたい欲に駆られたが、優先順位を誤ってはいけない。
俺の言葉を聞いたエリックは軽く頷いた後で口を開いた。
「アリアドネ嬢に対する態度は表面上は上手く取り繕っていますね。失礼な態度は取っていませんが彼女のために先回りして世話をする使用人は皆無でした。公爵夫妻も彼女に話しかけることはありませんし。ですが、妹のセレネ嬢だけは人目を避けた場所で時折話している姿を見かけますね」
「良くはないが悪化もしてないということか」
「ええ。それとなぜアリアドネ嬢が差別されているのか判明しました。呆れる理由でしたね」
そう言ってエリックは彼が見たことを話し始める。
少し前に朝食時に公爵夫妻が揉めて言い合いになり、興奮したのか過去の浮気の話になった。
その際に浮気相手から夫人への嫌がらせがあり、産後に体調を崩して寝込んでしまったと。
過去を思い出したくないからと悔しさと怒りでそのときの鬱憤をアリアドネ嬢で晴らしているのだろうと。
「夫人が不倫相手の子爵家が没落して、と言っていたのが少し気になりまして調べました。報告によると当時の子爵家は事業の取引をほぼ切られたのと領地の災害のせいで没落したようですね。その後に子爵夫妻が病死したみたいでした」
「……フィルベルン公爵がそれに関与している可能性は?」
「と、俺も思ったのでそこも調べました。事業の取引先の多くはフィルベルン公爵の息がかかっているところでした。証拠はありませんが、恐らく関与していると思われますね」
取引を切られただけなら領地収入もあるし没落まではしなかっただろうが、災害もとなると不運が重なったこともあって耐えきれなかったのだろう。
しかし、取引を切るのは違法ではないとはいえそこまでするとは……。
「それと、その言い合いの後でダイニングに居た使用人達がすぐに解雇されました。よほど浮気したことが後ろめたいと思っているのか、はたまた詮索されたくないからなのか分かりませんが。で、すぐにまた使用人を雇っていましたよ」
「後先を考えない人間なんだな」
「俺もそう思いました。で、ですよ。気になるものというのはここから先です。フィルベルン公爵は事業で不正を働いているという噂を使用人から聞きました。まあ盗み聞きですけれどね」
「あまり後ろ暗いことはするな……」
「聞こえてきたのだから仕方ありません」
悪びれる様子もないか。
あんな男に爵位を奪われたのかと怒る気持ちも分かるから強く責められないな。
「で、不正の証拠でも見つかったとか?」
「ええ。見つけました。事業は完全に人任せにしているようで書類はそこまでありませんでした。ですが、帳簿を見つけまして不明瞭な支出があったのでこれも調べてみたら、どうも裏カジノに資金を援助していたようですね。更に驚くことに裏カジノを経営している男爵がラディソスの密輸に関わっている可能性が出てきまして……」
「そこに繋がるとは思わなかったが、これで前進したな」
「まさか夫妻のケンカからここまで判明するとは思っていなかったので、自分でも驚きです。出来すぎていて怖いくらいですよ」
「確かに出来すぎているな……」
捜査が難航していたラディソスの流通経路があっさりと判明したこともそうだ。
いくら調べても尻尾を掴めなかったのに、ここで出てくるのはどうにも違和感がある。
まるで張り巡らされた糸に俺ら、もしくはフィルベルン公爵がかかったみたいな感じだ。
この感じは覚えがある。
そこに行くように誘導されているような、一切無駄のない流れ。
こんなにも綺麗に罠を張れる人間の心当たりは一人しかいない。
アリアドネ・ベルネット。
余計なものは何ひとつなく、全てが一本の線で繋がるように綺麗で上品な糸を紡ぐ天才。
思えば、ある時期から姉上の存在が感じられるようになった。
隠し財産の一部がなくなったこともそうだ。
誰かが俺達に知らせようと裏で糸を引いている。
そしてそれは姉上でなければできないこと。
いや、けれど現実的に考えてそれはありえない。死んだ人間は生き返らないのだから。
「出来すぎていても解決の糸口を見つけられたんだから良かったじゃないですか。アリアドネ嬢の件で屋敷に入り込むことに成功しましたし、狩猟大会で彼女を保護できたお蔭ですね」
そうだ……。思えば全てはそこから始まっている。
「そもそも何故、彼女はあの場所にいたんだ?」
「乗馬の練習をするところから森に入ったからでしょう?」
「違う。真っ直ぐ進んでいれば俺と出会った場所にはいないはずだ」
「乗馬をするのが初めてだったんですから、馬の制御なんて出来ないでしょう?」
「そもそも、それがおかしい」
乗馬が初めてでもセンスがあればすぐに乗れるようになることもあるとは分かっている。
けれど、あのときは馬が暴走したというトラブルがあった。
彼女は子供だ。通常であれば落馬していてもおかしくはない。
なのに彼女は取り乱すこともなく落ち着いていた。
興奮した馬であればあんな手前ではなく、もっと奥まで行っているのが普通だ。だが、あのとき馬は落ち着いていて彼女はそれを制御していた。
狼に出会ったというのに不安な様子も見せていない。
それにあの場で発見した餌……。姉上であったなら造作もなく簡単に作れるもの。
もしも……仮に彼女が姉上であったとしたら全て納得がいってしまうのだ。
俺は確認するためにエリックに視線を合わせて、逸る気持ちを抑えながら口を動かす。
「噂を話していた使用人は以前からいた使用人なのか?」
「いいえ。新しく雇った使用人だったと思いますよ」
「では、エリックが屋敷に来てからアリアドネ嬢が外出することはあったか?」
「ええ。孤児院の院長に会いに行くのに何度か出かけることはありましたね」
「そのとき、何かおかしなことはなかったか? 不審な行動というか……意外な行動というか……」
「シスターや子供達と話をしていたようですけれど。……ああ、そういえばあまり感じの良くない元ごろつきみたいな若い男と言葉を交わしていましたね。ちょうど俺が他の人と話しているときだったので会話までは分かりませんけど、公爵令嬢があのような人間と話すのかと思ったんですよね」
「その男の名前は?」
「なんでしたっけ? エド……なんとかって呼んでたような」
「ダークブラウンの髪に赤目で色黒。細身でお前と同じくらいの背丈の男か?」
確認をするとエリックは「何で知っているんですか?」と首を傾げた。
その男は恐らく、姉上が利用していた情報ギルドの今の長だろう。
あの事件の後でいち早く貴族派の貴族の名簿やら計画やらの証拠を陛下に差し出して見逃してもらった記憶がある。
以降は目立った活動はしていなかったが、まさかアリアドネ嬢と接触していたとは……。
しかも、あのギルドは限られた貴族でしか名前を知らない。
なのに、彼女は知っていて交友関係もある。
アリアドネ嬢が姉上でなければ、十二歳の子供が接触できるはずがない人物なのだ。
そういえば初めて会ったときに俺のことをアリアドネ嬢は『クロード』と呼んでいた。
これはもう間違いない。どういう訳か分からないが、姉上は今アリアドネ嬢として存在している。
自覚した途端に胸のドキドキが抑えられない。
姉上がいる。今、ここに。生きて。
興奮して息が上手く吸えない。また姉上と会えるなんて。
「リーンフェルト侯爵、どうしたんですか?」
「神から褒美を与えられて喜びに打ち震えている」
「こわ」
「何としてでも事件を解決してアリアドネ嬢をあの悪鬼から救いだそう」
「この短時間でどうしてそういう考えになったんですか? 怖すぎるんですけど」
こんなお膳立てされているのに、失敗したら姉上から呆れられてしまう。
成長した俺を見て欲しい。褒めて欲しい。あわよくば頭も撫でて欲しい。
「いや、まあいいですけどね。俺もエリック・ルプス・フィルベルンとして生きる覚悟を決めたので」
「そっちの覚悟も決まったのなら良かった。まずはフィルベルン公爵の不正を立件できるか調べよう」
「了解です」
見ていて下さい姉上。俺は貴女に誇れる弟として立派に役目を務めてみせます。




