友達ができました
クロードの案内で私達は王城の主要施設を見て回っていた。
記憶にある場所もあったが、新たに作られた部屋もありどこか新鮮な気持ちのまま見学している。
そうして、歴代の皇族の肖像画が飾られている部屋に入ったときのことだった。
「……セレネ。こちらが先代のフィルベルン公爵、私達のお祖父様と嫡男でいらした伯父様よ」
一枚の肖像画の前で私は立ち止まり、そうセレネに説明をする。
彼女は物珍しそうに祖父と伯父の顔をマジマジと見つめていた。
「髪色はお父様とは違うのね」
「お祖母様が同じ髪色だったの……かも、しれないわね」
「ふぅん。でも厳しそうな方ね。伯父様もお祖父様と同じ目をしているし怖かったのかしら?」
「厳しい方でしたが、よく笑う方でもありました。私は皇帝陛下と当時から親しくさせていただいていたので、ついでに可愛がってもらってましたよ」
「セレネのことも可愛がってくれたかしら?」
「ええ。きっと」
クロードの言葉にセレネは嬉しそうに微笑んでいた。
その機会を私が奪ったんだと思うと罪悪感に苛まれる。
「セレネ嬢は先代のフィルベルン公爵の顔をご存知なかったのですか? お屋敷に肖像画があると思うのですが」
祖父のことを知らないセレネが不思議だったのか、クロードが首を傾げながら問いかけた。
「今まで見た……拝見したことはありませんでした。屋敷にはなかったと思います」
「……そうでしたか」
先代や長男の顔を知っているから特に気にしたことはなかったけれど、確かにあの屋敷で肖像画を見たことがない。
大方、フィルベルン公爵が処分したのか別のところに保管しているのだろう。
「セレネ嬢、どうされたのですか?」
クロードの声につられて私がセレネを見ると、彼女は何か考え込んだ様子でマジマジと肖像画を見つめていた。
「いえ……このお顔をどこかで見たような気がして……。誰かに似ているような……?」
「皇族筋の特徴のあるお顔ですから、皇帝陛下ではないでしょうか」
「そう、かしら?」
うーん、と言いながらもどこか納得していない様子だ。
クロードはさりげなく誤魔化していたが、セレネが似ていると言っているのは恐らくエリックのことだ。
観察眼が鋭いというか、本当に人をよく見ているものだ。まだ本人には辿り着いていないが時間の問題だろう。
「では、中庭の方に参りましょうか」
「え? ええ」
ここにいたらタリス男爵がエリックだとバレると考えたのか、クロードは遠ざけるために私達を中庭へと移動させた。
中庭の噴水に来た辺りで、貴族らしき人がクロードを呼び止めて私達から離れていく。
何かを話しているのを見ていると、彼が戻って来て呼び出されたことを私達に報告してきた。
「申し訳ないですが、少し席を外します。騎士がいますが、あまり遠くには行かないようにお願いしますね」
「ええ。こちらでお待ちしておりますね」
そう言うと、クロードは足早にその場を後にした。急ぎの用件のようだ。
中庭はそこまで広くないし三人で話していればすぐだろうと思い、私は噴水の縁に腰掛ける。
「あ、あちらのお花がとっても綺麗。ちょっと見てまいりますね!」
「え? セレネ!?」
セレネはわざとらしい棒読みでそう言うと、騎士の一人を引き連れて少し離れた薔薇の区画に行ってしまった。
私とテオドールを二人きりにしたかったのかもしれないが、なんと強引な……。
困ったように彼を見ると、苦笑する相手と目が合った。
「セレネ嬢の雰囲気が以前と変わりましたね」
「ええ。大人になったのだと思います。これからの成長が楽しみです」
「そうですね。でも、アリアドネ嬢も変わりましたよね? 狩猟大会のときに久しぶりにお会いして驚きました」
ということは、以前からアリアドネと面識があったのか。
四大名家同士だから、どこかで会っていてもおかしくはないが。
それよりも、狩猟大会の話が出たのなら言っておかなければならないことがあった。
「狩猟大会のときに私を庇って下さってありがとうございます。お礼を申し上げるのが遅くなり申し訳ありません」
「いえ……聞くに堪えないものでしたから。いつもあのような対応をされて我慢していたのかと思うと、アリアドネ嬢は僕が思っていた以上にお強いのですね。僕と似ていると思っていたことが恥ずかしいです」
「私とテオドール様がですか?」
「はい。自分に自信がなくて人と喋るのも苦手で周りの目を気にして下を向いている僕と似てる部分があるって勝手に思っていたんです。でもそれは僕の思い込みでした。あのときのアリアドネ嬢は凜としていて自信に満ちあふれていました。それを見て気づいたんです。僕と違って成長できる人なんだって」
テオドールは自分に自信がないようだが、人と話すのが苦手と言う割にはしっかりと私と会話ができていると思うのだが。
両親を亡くしたことも関係しているのだろうが、それにしても自分の評価が低すぎる。
何か理由があるのだろうか。
「だから僕もアリアドネ嬢のようになりたいと、思って……いるんで、す」
最後は消え入りそうな声だった。
テオドールは今の自分が好きではないのだろう。
「どういった面で私のようになりたいと思っていらっしゃるのですか?」
「今のアリアドネ嬢は迷いがないように見えます。自信に満ちあふれています。博識で大人とも対等に話せる姿を見て、僕もそうなりたいって」
「知識などこれからいくらでも増やせますし、私のようになりたいという決断もされたではありませんか。目標が出来たのですから焦らず積み重ねていけば」
私の言葉にテオドールは力なく首を振った。
「僕は全然勉強ができないんです。家庭教師からは僕と同年代の子供はこれくらいはもう出来ているってよく言われますし」
「誤差です誤差」
「リーンフェルト侯爵はその頃には学院で学ぶような難しい授業も受けてたって」
「受けてないわよ……!」
「え?」
「こ、個人の感想です」
オホホ……と淑やかに微笑みを浮かべるが、つい心の声が漏れてしまった。
クロードが十一歳の頃は貴族教育を詰め込まれている真っ最中だ。
十歳の頃に家に来たから、あの頃はほとんど何も知らない状態で私はよく知識をひけらかしては自慢していたものである。
嫌な記憶まで蘇ってしまった。本当に情けない。
けれど、これでテオドールがなぜ自信を持てないのかが分かった。
家庭教師が余計なことを言って精神的な重圧をかけるせいだろう。
それで燃えてくれる性格なら問題はないが、彼はそうではない。
「でも、今のリーンフェルト侯爵は素晴らしい方です。期待に応えたいですし、褒めて欲しいとも思います。たとえ好かれていなくても……」
「好かれていないということはありませんよ。リーンフェルト侯爵から大事にされておいででしょう?」
「唯一の跡継ぎですからね……。リーンフェルト侯爵のようになりたいと思っても全然近づけもしませんし、失敗ばかりで。おまけにこのような性格ですし、いつか失望されてしまうのではないかと怖いのです」
クロードは決してそのような人間ではない。
それは長年見てきた私だからこそ分かる。あの子は困っている人を放っておけないお人好しな人間だ。
何故か勘違いされているのを見ていると、少しお節介を焼きたくなってくる。
「自分の良さは自分では分からないですものね」
「え?」
「テオドール様は私を庇って下さったことから、善悪の判断もついて正しいことも間違っていることも臆することなく発言できる強い方だと思います。勉強だけができる方よりもよほど人間としての魅力がお有りです。それにテオドール様はご自分の欠点をご存知です。欠点を知る方は誰よりも強い、と私は思っております」
「それは……さすがに良く言い過ぎではないですか? そんなに褒められるような人間じゃないです」
「私から見たら、ということです。テオドール様は悩まれているご様子でしたので、誰にも負けていない点があるのだと知って欲しかったのです」
全部駄目だ。自分に価値はないという思考に捕らわれるとずっとそこに留まり成長することが難しくなる。
……非常に耳が痛いが。
「人と比べてしまうのはどうしようもないことですが、テオドール様には他の方にはない人の痛みに気づけて寄り添える優しさがございます。……ここだけのお話しですけれど、リーンフェルト侯爵はお人好しで困っている人を放っておけない方なのです。そういう面はテオドール様と似ておいでです」
「僕とリーンフェルト侯爵が似てる?」
「ええ。近寄りがたいと思っていらっしゃるかもしれませんが、一度きちんとお話ししてみれば印象も変わるかもしれません。あと話は変わりますが、成長のために自分なりのやり方を見つけるのに色々と試してみるのもよろしいかと」
「ありがとうございます。自分なりのやり方……きっと、アリアドネ嬢はそうやって強くなったのですね……」
強くなったというか、中身がアリアドネ・ベルネットだからです。
「僕も強くなれるでしょうか?」
下を向いていたテオドールは上を見上げて呟いた。
彼ならきっと強くなれると思う。
「変わろう変わりたいというお気持ちがあれば人は変われます。セレネだってそうですし」
私もそうだったように……。
私の言葉を受けてテオドールは上に向けていた視線をこちらに向けた。
どことなくスッキリとした表情を浮かべた彼は明るく笑っている。
「やはりアリアドネ嬢は僕よりも……いえ、アリアドネ嬢は賢く前だけを見る方ですね。見習うべき箇所が沢山有りますし、近くで見ていたいと思わされます」
自分を卑下する言動をまずやめようとする意識を持ったのなら大丈夫。
だというのに、テオドールは顔を真っ赤にして急に慌てだした。
「あ、いえ! 近くで見ていたいというのは決して深い意味はなくて! 良い影響を与えてくれるからということで! 話していると前向きな気持ちになれるから!」
ああ、確かに女性として見ているという風に取れなくもない。
言われてそういう発言だったなと思うくらいにまったく気付いていなかった。
なんだか、家に来たころのクロードを思い出す。
よく『嫌みじゃなくて! 姉上は凄いと言いたいんです!』と慌てていた。
そういう意味でもテオドールとクロードは似ている。
昔のクロードを見ているようで懐かしい気持ちになった。
どこか大人びているけれど、年相応の言動や行動を見ると微笑ましくも思う。
「テオドール様のお役に立てるのであれば嬉しいです。また何かあればお話しを伺いますし遠慮無く仰ってくださいね」
「ありがとうございます。それで、あの……」
落ち着かない様子でテオドールは手をモジモジとさせている。
クロードとの仲を取り持って欲しいとかそういうことだろうか。
何を言うのか待っていると、彼がおずおずと口を開いた。
「ぼ、僕とお友達になってくれません、か?」
「ええ。私でよろしければぜひ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! じゃあ、愛称で呼んでもいいですか?」
「え、ええ。もちろん」
おや、意外と押しが強い面も持っているのだな。
心を開いてくれたことも関係しているのだろうけれど。
「ちなみに普段は何と呼ばれているのですか?」
おい、お前、あいつが多いですね、と心の中で呟いた。
すぐにそういうことじゃないと突っ込みを入れて、真剣に考える。
「そうですね……。ではアリアと呼んでいただけると嬉しいです」
「分かりました。僕のことはテオと呼んで下さい」
そうしてテオ様、アリアと二人で呼び合い、笑い合った。
ふと視線を感じてそちらを向くと、何故か顔を真っ赤にして両手で頬を押さえて嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねているセレネが目に入った。
絶対に彼女が思っているような仲にはなっていないのだが……。
その後、用事が終わったクロードが戻って来て帰宅することになった。
何やら彼が意味ありげな視線を私に向けているのが気になったが、私よりもまずテオドールのことを見た方がいいのではなかろうか。