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クロードとエリック(クロード視点)

 アリアドネ嬢をビル、いやエリックに任せて俺は狼が倒れている場所に戻ってきていた。

 彼女は弱った状態で現れたと言っていたが、何か引っかかったのだ。

 相手は人を騙す術も完璧ではない十二才の少女だというのに、何か違うと俺の勘が訴えている。

 杞憂であることを確かめるため、俺は狼に近づいた。


「……死んではいない。寝ているだけ? だが、この森にはそういった植物や毒草はなかったよな……」


 エリックが仕留めそこなったときは、矢が擦ってもいなかったはずだ。

 矢には毒も塗ってないから自然にこうなるはずもない。

 狼は本当に寝ているだけのように見える。まるで二十年前のあの毒殺事件の被害者のように、だ。


「あのときの材料も何もかも処分しているから二度と使われることはないはずだし、実際今までも使われていない。考えすぎか……」


 どうも、アリアドネ嬢が姉上と同じ名前だから余計なことを考えてしまったようだ。

 それに彼女と対峙したときに姉上と話しているような錯覚に陥ったことも関係しているのかもしれない。

 また、この間姉上のお金や宝石が入った隠し財産の一部が無くなっていた件も関係している。

 生前、何かあったときのためにと場所を分けてお金を隠していたことは知っていたし、その場所も見つけて盗まれないように監視はしていたのだが、いつの間にか空になっていた。

 そのことで少々過敏になっているようだ。


「同じ名前なだけで、本人なわけがないというのに……」


 久しぶりに姉上のことを思い出して少々感傷に浸ってしまう。

 同時に後悔が押し寄せてくる。

 だが今は感傷に浸っている場合ではないと、すぐに俺は頭を振った。


「狼に外傷はない。息もしている。呼吸が浅くなったり死にそうになってるというわけでもない。皮膚や目に変化もない」


 疲れてただ寝ているのかと思ったが、野生動物がこんな無防備に眠るわけがない。

 何か理由があるはずだ。


「方向から考えるとアリアドネ嬢はこっちを向いていた。なら、狼はあちらの方向から出て来た?」


 立ち上がり、狼が出て来たであろう茂みの奥を見て見る。

 すると少し離れたところに白く丸まった物が地面に転がっているのを見つけた。

 素手で触らないようにハンカチを手袋代わりにしてそれを拾う。

 見た感じは普通の餌のように見える。所々に緑色のものが見えることから、何か練り込んであるようだ。

 二つに割って緑色のものをほじくり出し、匂いを嗅いでみる。


「グアラの茎か? それとフィーレの葉を煮詰めた汁も入れたのか?」


 グアラの茎は睡眠作用があり、フィーレの葉を煮詰めた汁は痺れの効果がある。

 どちらも知名度はあるが、個だと効果が出るまでは緩やかなため組み合わせて使うことは稀だ。

 だが、上手く組み合わせると睡眠効果が上がり、ものの数秒で眠りにつくことができる。

 姉上が発見したものだからよく覚えている。


「問題は作れる人物が帝国内にいないということだな」


 非常に微量な差で効果が発揮しなくなることもあって簡単に作ることは難しい。

 姉上であれば容易に作れるものではあるが、そんなものがどうしてこんなところに?

 ここにあるということは誰かが作ったということになるが……。

 だが、作れる人間は帝国にはいない。


「単純に考えればアリアドネ嬢だが……」


 この場に居た唯一の人物だから、一番に怪しむべきは彼女。

 彼女のことを詳しく知っているわけではないが、毒や薬に詳しいなどという話は聞いたことがない。

 大体、十二才の少女が作れるとも思わない。

 けれど、他にこれを置いた人間に心当たりがないのだ。


「仮に、彼女が作ったとしたら……」


 あり得ない話ではあるが、もし、もしもだ。

 仮にそうだとしたら、帝国はとんでもない人材を手に入れられるのではないだろうか。

 しかし、あまりに都合の良すぎる考えに思わず鼻で笑ってしまう。

 皇族の数が減り、これ以上の減少は止めなければならないことから、外部からの攻撃に対応するため毒の知識のある者を帝国は求めていたから。


「……姉上さえ居てくれれば」


 帝国で毒の知識と作成において姉上の右に出る者はいなかった。

 また、政治にも精通していて相手の裏をかくことにも長けていた。

 策を練らしても標的以外は巻き込まないその手腕はかなりのもの。

 これからの帝国に絶対不可欠な人だったのに、姉上は殺されてしまった。

 あの場に俺がいたら止められたはずだったのに……。

 姉上は決して殺されるような人ではなかった。

 ただ、毒を作って利用されていただけ。使われたのは姉上の意思ではなかったし、ただあのクズに認められたい一心で研究していただけだった。

 ああなる前に俺がもっと歩み寄って話合うべきだった。

 俺が死なせてしまったようなものである。


「だからせめて姉上の汚名をそそぎたかったのに……」


 それなのに姉上は今も稀代の悪女と言われ、忌み嫌われている。

 いくら四大名家の一人となっても、俺一人の力ではどうすることもできなかった。

 こんなんでは姉上に顔向けができない。

 何も変えることができない自分が悔しくて仕方がない。


「また、姉君のことを考えていたのですか?」


 突然声をかけられ、俺はピクリと体を震わせた。

 振り返ると呆れたような顔でエリックがこちらを見つめている。


「いきなり声をかけないでもらえるか」

「終わりそうもなかったもので。それよりもきちんとアリアドネ嬢をお送りしてきましたよ」

「ああ。助かったよ。ありがとう。で、初めて目にしたフィルベルン公爵家はどうだった?」

「腐ってましたね」


 心底軽蔑するようにエリックは吐き捨てた。

 普段温厚な彼が言うくらいだから相当だろう。


「そこまで露骨だったのか?」

「露骨も露骨ですよ。何なんですか、あの家は。生まれたばかりの俺を排除して爵位を奪ったのは俺の運がなかったからで納得できますけど、あんなに無能でクズの集まりだとは思いもしませんでしたよ」

「無能とクズまで言うか」

「騎士はアリアドネ嬢が妹の乗っていた馬を無理やり奪って行ったって言ってたんですよ? 彼女の話から判断すればセレネ嬢の護衛が馬に何かをして興奮させたから起こったことなのに。つまり、上の人間がそうするように命じたということです。アリアドネ嬢を探す様子もなかったのが証拠でしょう。それに彼女は馬に乗るのが初めてだとも言っていました。これが無能でクズじゃなければ何なんですか」


 よほど腹が立ったのか、エリックは止まらない。

 だが、初めてで馬が暴走して森に入ってしまったというのに、あの家の対応の悪さは俺もどうかと思う。

 だが、これがフィルベルン公爵の命令であったなら全て辻褄が合うが、さすがに娘が最悪死ぬことになるかもしれないのにやるだろうか?

 と、考えたが忌まわしき実父のことを思い出して、やる人間はやるという結論に至った。

 ああ、そういえば……。


「……確か、陛下に報告したのはフィルベルン公爵家ではなかったな」

「はあ!? 本当に何なんですかあの家は! 娘をなんだと思ってるんですか!」

「落ち着け」

「落ち着いていられますか! 仕事ができなくても、家族間が上手くいっていれば俺が波風立てることもないからと自力でのし上がろうとしていたってのに」

「娘にアリアドネと名付けている時点で上手くいっているわけがないだろう」


 認めるのも嫌だが、姉上の名前は今も忌み嫌われている。

 事件当時赤子だったエリックはあまりピンときてないかもしれないが、当時の記憶がある者はわざわざ娘にその名前を付けたりなどしない。


「俺はリーンフェルト侯爵から姉君のことをよく聞いていたから、そこまで嫌悪感はありませんけどね。それよりも、他家のことに口を出すのは良くないことですが、アリアドネ嬢への対応は度を超えています。何とかして彼女を助け出せないでしょうか?」

「可哀想だから助けたいなんて、考えが甘いな」

「甘くて結構です! 俺は……純粋に両親を信じて認めて欲しくて努力する謙虚な従姉妹を見捨てることはできません」


 親を信じて認めて欲しくて努力する……。

 その言葉に俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 同じ名前なだけだと思っていたが、まるで姉上のように盲目的なまでに親を信じている少女。

 決して認めるはずがないのに、愛されようと叶うわけもない夢を見て努力することの一途さ。

 結果、どうなったかは俺が一番良く知っている。


「ここでアリアドネ嬢を見捨てたら、俺は絶対に後悔します」

「そ、うだな……」

「リーンフェルト侯爵もそうなのでしょう? 今も後悔してる」


 エリックの言う通りだ。俺はずっと後悔している。

 あのときこうしていたら、という感情に今も捕らわれている。


「だったら、今度こそ助けてあげてください。同じ名前なのも何かの縁です。姉君もきっとそうしろと言うのではないですか?」

「姉上がそういうことを言うのは想像が付かないが、そんなこともできないの? と高笑いをするのは想像がつくな」

「高笑いするタイプなんですね……」


 する。姉上は絶対にする。

 相手を挑発するのが得意だった人だ。今も俺を見てニヤニヤと笑っているかもしれない。

 けれどもし……もしも、アリアドネ嬢を助けられたら姉上は俺を褒めてくれるだろうか?

 よくやったと頭を撫でてくれるだろうか?

 ずっと望んでいたことをしてくれるだろうか?


「また何か別のことを考えていますね……」

「うるさい」


 もうこれは癖なのだから、毎度指摘しないで欲しい。

 姉上のことはともかくとして、エリックがアリアドネ嬢を助けたいという理由でフィルベルン公爵家に関わろうという気持ちになってくれて良かった。


「ところで、アリアドネ嬢を助けてどうするつもりだ? フィルベルン公爵の座ももらい受けるのか?」

「そこは……まだ考えていません。犯罪を犯してもいないのに奪うのはあの男と何も変わらないじゃないですか」

「娘を差別して虐めていたとしても?」

「……法律上では罪を犯しているわけではありません。悔しいですが……」


 確かにその通りだ。差別くらいの家族間の揉め事に国は介入できない。精々、ヘリオス陛下が苦言を呈するくらいのものだ。

 今回の件だって証拠があれば親子を引き離すことは可能かも知れないが、証拠がなければ手出しも出来ない。


「ですが、アリアドネ嬢をあの家から引き離す方法があるはずです。あの家にいればいつか殺されてしまうかもしれません」


 その可能性は否定できない。

 今日だってただアリアドネ嬢の運が良かっただけで死んでいてもおかしくはなかった。

 どうもフィルベルン公爵は皇族が皇帝一家だけだから、次いで地位が高いと勘違いしているのかもしれない。

 実際に皇族の数が少なく補佐する血縁が必要だったからヘリオス陛下が大目に見ている部分もあるにはある。

 だが、陛下はとっくに仕事のできないフィルベルン公爵に見切りを付けている。

 エリックが公爵の正当性を主張するのならヘリオス陛下は喜んで手を貸すだろうが、彼にはまだその気はない。

 アリアドネ嬢を助けたいとフィルベルン公爵家に関わろうと意識しただけでも良かったと今は思うべきだろう。

 問題のアリアドネ嬢に関しては、フィルベルン公爵が罪を犯していなくても彼女が毒に詳しく作成にも精通していたとすれば助けることは可能だ。


「これから忙しくなるな」


 未だに憤っているエリックを横目に見ながらポツリと呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「そこは……まだ考えていません。犯罪を犯してもいないのに奪うのはあの男と何も変わらないじゃないですか」 馬に乗せて、その馬を暴走させ、何らかの危害、死んでも構わないとの行動を犯罪とは考えな…
[気になる点] いつかじゃなくて今日殺されるところだったのですよ。危機感の無い男たちですね。
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